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第十四話「黒雷 ノワールの最期」

注)今回は少々のグロ表現があります。苦手なお方は読み飛ばして頂けますようお願いします

────────────────────


 読者諸氏は寄生蜂種というのをご存知だろうか。

 世界に5000種以上が存在していると言われ、日本にも300種以上が生息している。

 これらの蜂は他の昆虫の幼虫などに卵を産み付け、宿主の体を餌にする。

 寄生蜂はほとんどが小型で気性も穏やかであり、特定の虫にしか卵を産み付けない。


 だが、もしそれらの蜂がとても巨大で人間にも襲いかかるとしたら──


 このメガ・ブラコニドは寄生蜂をモデルにした架空のモンスターである。

 実在の寄生蜂とは生態も全く異なる事に注意されたい。


────────────────────


 

  

「メガ・ブラコニド!」



 B級のモンスターとして極一部の冒険者のみが知っているレア・モンスター。

 その生態は謎に包まれている。

 生物に寄生して繁殖するモンスターだったとは。

 尻の先にある針は刺して毒を注入するものではなく、卵を産み付けるための管なのか。


 ともかく、刺されたら終わりだ。

 セバスチアンは更に3匹のメガ・ブラコニドを引きつけつつしのいでいる。


「セバっ、ハンス。<黄金期>を使うんだ!」

「承知! トレイン様のために、絶対の勝利を!」


 セバスチアンが白い煙のようなオーラに包まれ若返る。

 あっという間に3匹のメガ・ブラコニドを倒した。


 クレリスによるブラッキーの切断した腕の治療も終わった。

 寄生の侵食は止まったようで、紫色の腫れがそれ以上広がる様子も無い。

 押さえつけておいたブラッキーを自由にする。


「ボス部屋へ進む。クレリス、できるだけ《ホーリーライト》をチャージしてくれ」

「かしこまりました! 《ホーリーライト》かける10! 更に《ホーリーライト》かける10!」


 まぶしくてクレリスの周囲が見えない。

 クレリスの手元にレーザー用触媒として10個、残りの10個は視界確保のためになるべくクレリスの体から離す。



 慎重にボス部屋へと近づくと、メガ・ブラコニドの羽音が大きくなった。

 気づかれたか。


 メガ・ブラコニドは30匹あまりが部屋の中を激しく飛び回り、興奮状態にある。

 床にはノワールらしき影が倒れている。


「クレリス、最小チャージの《ホーリーレーザー》で空中にいるメガ・ブラコニドを薙ぎ払ってくれ! 地面に当てるなよ!」

「分かりました! 2つこねこね《ホーリーレーザー》!」


 クレリスが《ホーリーレーザー》を横薙ぎに一閃させると、メガ・ブラコニドの体は真っ二つに裂かれる。

 次の瞬間、ボス部屋の壁が爆発した。


「な、何だ!?」

「わかりません!」


 《ホーリーレーザー》の追加効果だろうか。

 じっくり研究したいのだが、これだけの威力の祈念スキルを試せる場所はそうそう無い。


 メガ・ブラコニドはクレリスに襲いかかるがセバスチアンが鉄壁のガードで寄せ付けない。

 おかげで俺も剣を構えてはいるが、届く範囲にメガ・ブラコニドが近づく事は無かった。


 俺もメガ・ブラコニドの1匹や2匹程度なら勝てるだろうが、クレリスのサポートに専念する。

 また転んだりしたら、セバスチアンが真っ二つだからな……


 メガ・ブラコニドはほぼ壊滅し、残った3匹が天井へと消える。


「クレリス、追撃の《ホーリーレーザー》だ!」

「はい! 残り全部こねこね《ホーリーレーザー》!」


 暗くて見えなかった天井を《ホーリーレーザー》が薙ぎ払い照らした。



「縦穴!」


 繋がった。物理的にも。

 メガ・ブラコニドは生態がまだまだ知られていないモンスターである。

 ダンジョンの深層に出現するからだ。

 本来は20階層にいるはずもないメガ・ブラコニドがここで繁殖していたのは落とし穴系のトラップがボス部屋と繋がったからだった。

 より弱い敵が多く生息する低階層はメガ・ブラコニドが繁殖する格好の場所だったろう。

 あるいは縦穴を掘る習性でもあるのだろうか。


「セバスチアンは縦穴を警戒してくれ。飛行型モンスターが出現する可能性がある」

「かしこまりました」


 俺とクレリスは討ち漏らしが無いか、慎重に確かめつつノワールに近づいた。



「ノワール……うっ……」

「トレインさん、これは……」


 ノワールはまだ息があった。

 もはやノワールと言える状態には無かったが。


「クレリス、ブラッキーを連れてきてやってくれ」

「はい……」



 ノワールは苦しそうにもがいている。

 首から下は既に全身紫色に染まってしまった。


「た、助けて……死にたく……ない」


 かける言葉は無い。

 俺の手で始末してやろうとまで考えた相手だが、いざこうなってしまっては。


「スカムの奴ら、アタシを見捨てやがって。恩知らずのクソ共……」

「言ってる事とやってる事が違い過ぎたんだよ。お前は命令して子供達に命をかけさせていた。いざとなれば子供達だってお前の命を盾にするに決まってる」


「畜生、あいつら……家族として扱ってやったのに」

「家族の指を切り落とす親があるか! そんなんだから……ッ!」


 言葉が詰まって出ない。

 こいつは死の間際までそう(・・)だ。


「子供を食い物にしてきたお前の末路だ。蜂の子供にその体を食われるその姿こそお前の最期に相応ふさわしい」

「トレイン、トレインッ! くそっ、呪ってやる……!」



 ブラッキーはよろよろとクレリスに導かれノワールの前に来たが、その姿を見た途端に狂乱して逃げ出した。

 セバスチアンに後を追ってもらう。



 ノワールはブラッキーの姿を見た一瞬だけ安らかな笑顔になったが、ブラッキーの絶叫を聞いて驚愕から絶望へと表情を変えた。

 もはや人のものとは思えぬ四肢を動かし、四つん這いにブラッキーを追いかけようとする。


「ブラッキー、待っておくれよ……」


 その言葉を合図にノワールの大きな紫色の腹部が不定形に蠢き……


 産まれた。



 どちゃり、と。




──────────────────


 <黒雷>にとっては悲惨な幕引きとなったが、俺達白のギルドのパーティーは無事に帰還した。

 ブラッキーも右腕を失っては冒険者として終わりだろう。


 いずれ似た後釜がやってくるだろうが、当面はスラムの子供達も安全に暮らせるかも知れない。

 今回、ヘンチマンとして生き残った7人を更に仲間として白のギルドに加えなければならない。

 ブラッキーや他の<黒雷>の前にだけは姿を見せられないから。


 亡くなった者達の回収した亡骸を引き渡し、運べるだけ運んだメガ・ブラコニドの死骸も売り払う。

 この死骸と俺達の報告の研究成果は、他のパーティーの被害を減らしてくれるだろう。


 メガ・ブラコニドの幼虫は簡単に回収できた。

 人間の肉を溶かし内臓を食らう割に木や植物を溶かすのは苦手だったようだ。

 ズタ袋を何重にもして入れておけば問題なく持ち運び出来た。

 その不思議な溶解液と麻痺毒には様々な用途があるようだ。

 


「食べられそうなモンスターを狩れなかったのが残念でしたな」


 セバスチアンの言葉が凄惨な結果を濁してくれて助かった。

 戦闘後、うっかりまたリンクチェインを無造作に解除してしまったため、抑えていた恐怖と緊張がフィードバックしクレリスは再び服を湿らせてしまう事になった。


「責任案件! 責任案件ですっ!」


 不思議な造語をひねり出しながら俺の背中を叩いている。

 もうちょっと強めに叩いてくれるとマッサージになるんだが。

 

 回収した12匹のメガ・ブラコニドの成虫と87匹の幼虫は思った以上に高値で競り落とされた。

 売上が金貨9000枚にもなったが、<黒雷>と揉める前にこちらから折半を提案して余計な査問会の介入を防ぐ。


 わざわざ査問員のフォルミン自身がその知らせを伝える役を買ってやってきた。


「ほぉ~ら、やはりトレインさんからはカネの匂いがしました。一枚も噛ませてくれないとはツレないですねえ」


 次は何層へ潜るのか、何なら付いてくまで言い出したので無理やり追い払った。

 査問員が現地入りなんて聞いたことがない。


 俺とクレリス、セバスチアンの3人で金貨4500枚。

 スタリオの餌や馬蹄交換、カートの借賃や食費など諸々の経費を差し引き、ギルドの取り分を3割に設定。

 1人金貨1000枚と、冒険としては最上の結果になった。

 しかしクレリスとセバスチアンは実入りのほとんどを拒否する。


「新しく加わった子供達にお金を使ってあげてください。私はトレインさんの責任案件で十分です」


 何語か分からない使い方をしている。

 気に入ったのか、責任案件。


「私はトレイン様に仕える騎士。主と同じ報酬を頂くなど不遜の極み」


 要は俺が2人分の報酬を受け取って、そこから自分の膨大な食費を工面して欲しいとの事。

 今は俺が影のギルドオーナーとしてひとつの財布でやりくりしているが、いずれ個別に分けていかねばなるまい。

 子供達も早い子はそろそろ基礎体力が仕上がってきている。

 冒険者になるかギルドの内側で働くかを決めて貰う前に基本的な読み書きを覚えさせたい所だ。

 クレリスとセバスチアンの装備も新調してあげたいし、荷車カートの良いのを所持すれば輸送能力もまだまだ向上するだろう。

 何より俺の【テイマー・全】のスキルをもっと研究したい。クレリスとセバスチアンの潜在スキルもだ。


 やりたい事が多すぎる。

 特にギルド内の人員を増やす必要を痛切に感じた。




「人員、ですか?」


 ブランカリンが呑気に聞き返す。

 冒険者としての正式メンバーはまだ3人しか居ない状態だから、ブランカリンは事務全般をひとりでこなしている。

 ランチと2人で食事係までこなしているから決してサボっているわけではない。

 子供達とセバスチアンだけで40人前は常に食べるから、その準備は毎回大仕事だ。    


    

「ああ、一人だけ心当たりがある。明日会ってみよう」

「浮気ですかっ!?」


 誰だ!? 今の発言は。

 俺は女性だとは一言も言ってないぞ。



 女性だけど。




 続く

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