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第十三話「突入 叡智の巨塔(後)」

「……順調ですね」

「むしろ何事も無かったな」


 突入初日は無事過ぎる行程で終わった。

 ただひたすら歩いて深層を目指しただけだった。


 この叡智の巨塔は登りダンジョンだ。上の階層が深層となっている。

 低階層を探索しても割に合わないのでひたすら上層を目指した結果、モンスターと遭遇する事も無く一日が終わった。

 全員特に疲れた様子も無い。


 ダンジョンは生き物だと言われている。通路や部屋が常に人知れず変わり続けているのだ。

 通路は人体で言えば血管と消化器官を兼ねていると推測されている。

 嘘か真かはさて置き、太い通路から細い通路へと枝分かれしていく傾向があるのは間違いない。

 明確には区別されていないが、太い通路を動脈、細い通路を毛細管と呼ぶ習慣がある。

 上層への通路は必ず動脈上にあり、動脈は滅多に形を変えないので上層下層を目指して歩いているうちに迷うことはまず無い。


 1日で6層を突破し、7層目に入る事ができた。

 少人数のおかげもあり、かなりの進軍速度だったと言える。


「俺の膝が足を引っ張る事にならなくて良かった」

「私に担がせて頂ければ、もう1階層進めたのですがな」


 スタリオがブルルとセバスチアンにいななきかけている。

 何か挑発めいた事を返したのだろう。セバスチアンもニヤリと笑い返した。


「明日一日は普通に歩いて、明後日からは俺の【テイマー・全】のリンクチェインを張ろう」


 リンクチェインで繋がれば身体能力が飛躍的に向上する。

 当然進軍速度も劇的に上がってくれるが、人に見られるわけにいかない。

 他のパーティーと遭遇する確率が極端に低くなる階層までは通常移動で済ませたい。


 翌日、十分な休息と念入りな朝食を摂り荷物をまとめていると、集団が近寄る音を察知してセバスチアンが警戒態勢に入る。

 おそらくは他の冒険者パーティーだろうが、それも友好的とは限らない。ダンジョン内は実質、無法地帯だからだ。

 人間の本性がむき出しになる魔境でもある。


「おらっ! きびきび歩け、ガキ共!」


 怒鳴り声で既にうんざりさせられる。

 <黒雷>のブラッキーだ。

 向こうもこちらに気付き、しばし無言で睨み合いの状態になる。


 乗馬したブラッキーとノワール。

 今回は<黒雷>パーティー全員ではなく、2人だけの突入のようだ。

 その代わりにヘンチマンとして子供を14人ほども連れて、いや先に立たせて先導させている。


「何もしやしないさ。まだ行き(・・)だからね」


 ノワールがニヤニヤ笑いながら通り過ぎた。

 帰り、つまり実入りが良さそうなら容赦しない、と言っているのだ。


 正直、今の俺達ならブラッキーとノワールごとき、一瞬で殺すことはできる。

 そんな黒い誘惑が心にあるのは認めている。正義や義侠心では無い、欲望だ。


 だが子供達を巻き添えには出来ないし、口止めしきるのも難しい。

 無理やり事を荒立てるのは得策とは言えない。

 彼らが通り過ぎるのをじっと待つ。


「私の可愛いスカム(くず)ちゃん。ノロマ達に別れの挨拶をおし」


 ノワールが離れ際に一人のヘンチマンの少女に命令した。

 少女は不思議そうな顔をしながらも俺達に向かって手を振る。



 小指が無い。



 ノワールは始末する。

 我慢するのは今だけだ。


 決意を固めた。




 だがその決意は無駄に終わる。

 

 


 その日も無事に進軍を続け、15層へと達した。

 ブラッキー達が先行したせいか、大した遭遇も無く進めた。


 20層あたりからは少人数パーティーで突入する事は滅多にない。

 少し早いが【テイマー・全】スキルでリンクチェインを出し、クレリスとセバスチアンに繋いだ。

 これで俺達のパーティーは最大ポテンシャルを発揮する事が出来る。



 それは20層で起きた。

 ボス部屋と呼ばれる階層の節目ごとにある巨大空間。

 そこへと近づいた時に前方から叫び声が聞こえてくる。



「パーティー決壊だろう。ブラッキー達かも知れない。気をつけよう」


 ヘンチマンの子供7人が泣き叫びながら逃げてくる。

 狂乱状態だ。

 セバスチアンとクレリスに子供達を捕まえて落ち着かせるように指示する。


 幸い7人に大きな怪我は無い。

 話を聞き出そうとした所で、よろめきながら壁伝いにブラッキーが姿を表した。


「ガキ共……早く戻ってこいッ!」


 ブラッキーは右肘を抑えている。

 肘の先、前腕部が紫に腫れ上がっていて動かないようだ。


 本音を言えば始末してしまいたい。

 だが冒険者協定もあるし、どんなモンスターに襲われたのか情報を聞き出す必要もある。


 クレリスに回復魔法を使うように指示した。

 


「ブラッキー、その腕はどうした? 状況を説明しろ」 

「腕は麻痺毒だから心配いらねェ。それよりノワールが囲まれた。早く助けに行けッ!」


 自分が逃げて来て人に命令か。

 ノワールは正直見捨てても構わない。

 だが残りのヘンチマンの子供達は見捨てるわけに行かない。


 クレリスが悲鳴をあげた。


「トレインさん! この傷は変です! 普通の麻痺毒じゃありません! 回復の祈念も効きが悪くて」


 ブラッキーがクレリスを怒鳴りつける。


「うるせえ小娘! 俺の腕よりノワールの救援に行けッ!」

「落ち着けブラッキー! 闇雲に突入しても被害が増えるだけだぞ。説明が先だ」


 ブラッキーは唸り声をあげたが大人しく説明し始めた。

 ボス部屋には殺人蜂キラー・ビーが20匹ほどいて、ブラッキーが蜂を引きつけてノワールがレアな素材である黄金ハチミツをくすねる作戦をとった。

 ヘンチマンの子供達には松明を振らせて囮にしたが、3匹ほど倒した所でヘンチマンは恐怖で敗走。

 ブラッキーも右腕を刺されて武器を持てなくなり、ヘンチマンを連れ戻しに来たという状況だ。


「追いかけてるうちにノワールの悲鳴が聞こえた。殺人蜂に気づかれたに違いねェ。今すぐ救援に行かないと麻痺してる間に噛み殺されちまう!」


 殺人蜂はC級のモンスターだ。毒針を持ち全長は人間よりも大きい。

 だが変だ。殺人蜂の毒針は激痛によるダメージを与えるし、紫に腫れ上がったりはしない。


「おいブラッキー、それは普通の殺人蜂じゃ無──」


 クレリスが金切り声の悲鳴をあげた。

 ブラッキーの右腕がありえない方向に曲がり、グニャグニャと膨らみうごめいている。

 紫色が腕全体に広がっていく。


「お、俺の腕が、俺の腕がァ!」

「腕を切り落とすしか無い! セバ──ハンス!」


 セバスチアンの方を振り返って指示するが、セバスチアンは俺達から背を向けている。


「トレイン様、蜂が来ますッ!」


 前方の暗がりから複数の羽音が響いてきた。

 蜂の正体が分からない。

 ブラッキーは狂乱している。


「ハンスは蜂を防いでくれッ! 俺がブラッキーの腕を切り落とすまで! クレリス、ブラッキーを抑えてくれ!」


 ブラッキーの腕に剣を突き立て切り落とす。

 ストンとわらでも切るかのように軽く切れた。


 紫色に変色し切り落とされた腕から、白い大芋虫が何匹も這い出してくる。


 ブラッキーは寄生・・されていた。


 

「ハンス! 絶対に刺されないでくれ! こいつは寄生生物だ!」

「承知!」



 振り返りながら蜂と交戦するセバスチアンの背中に声をかける。

 切り捨てられた巨大蜂の死骸を見て、その正体と名前を思い出した。



「メガ・ブラコニド!」 

 

  

 

 続く


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