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第十話「圧力 スラムのノワール」

「ヘンチマンが一人も集まらない? どういう事だ?」

「申し訳ありませんトレインさん。 私が方方ほうぼうで勧誘したのですが……」


 クレリスが涙目で謝る。

 ランチとブランカリンが慰めているが、別に責める気は無いぞ。

 その怒鳴りつける俺からクレリスを庇います、みたいな陣形はやめて欲しい。


「やはり黒のギルドが根こそぎかっさらってるのか」


 シュワルツ達<黒雷>のパーティーは特にヘンチマンを使いまわしている。

 いや、使い捨てている。

 もはや誰もそれをとがめる者がいない。 

 

 孤児不足、みたいな現状なのだろうか。


 ヘンチマンは冒険者の雑用係として冒険やダンジョンに同行する素人だ。

 本来は十分な訓練と知識を与えられたFランク以上の冒険者のみが入れるダンジョンや危険区域に同行できる。

 ごく最低限の生存術だけを叩き込まれHランクの冒険者となる。

 だがその任務は過酷だ。先行偵察や最悪、囮に使われて還らぬ人となる。

 しかし手に職も無く生きる術を持たない貧民にとっては確かにチャンスとなるのは否定できない。


「そうですね……孤児院も貧民街も歩き回ってもみましたが、みんな女の子ばかりで」


 女性のヘンチマンもそれなりにいるが、男性の方が5倍いると言われている。

 同じ危険を冒すなら、体を売るという手段が女性にはあるからだ。

 恐ろしい病でいつかは死に至るが、ある日突然死ぬという事だけ滅多に無い。


 クレリスは孤児になってすぐ聖職者の才能を見出されたので、特に貧民街の住人にある種の負い目を感じている。

 俺から言わせれば、孤児になった時点で十分不幸なのだから大きな差では無いと思ってしまうが。

 

「じゃあ今日はクレリスと2人で回ってみようか」

「はいっ! あっ、ちょっと待ってくださいね。来ていく服を……」


 なんでだ。

 いつもの聖職者服でいいじゃないか。白いし。


 出発が1時間遅れた。


 仕方なくギルドの敷地の正門前で待つ。

 建物の修繕で騒音と業者と材料の出入りが激しい。


「おやァ? 誰かと思えば、陰気なトレインじゃないか」

「ノワール……白のギルドに何の用だ。」


 ノワール


 黒のギルド<黒雷>パーティーの1人だ。

 鋭い目つきの長身でスタイルだけはS級。

 しかしその人柄はとても良くない。

 ブラッキーの相方で恋人という点からだけで嫌というほど分かる。

 ナイフや短刀を使いこなし軽、その身のこなしは一流だ。



「死神ギルドに拾われたってのは本当だったんだねェ。死神と陰気、お似合いさね!」

「お前には関係ない事だ」


「つれないねェ。これだから陰気な坊やは」


 高笑いと共にノワールは去っていくが途中で振り返ってニヤニヤ笑いを投げかけてきた。


「あっ、そーそ。ヘンチマンのガキ共を雇うのは諦めるんだネ。無駄足を踏むだけさ。その壊れた膝でネ! あはははは!」



 俺達がヘンチマンを雇おうしてた事は耳に入ってた訳か。

 こそこそと嗅ぎ回ってくれる。

 クレリスが遅れてくれて良かった。

 この胸糞が悪くなるだけの女と言葉を交わさせたくない。


 そこから更に30分待たされ、気合の入ったクレリスと共に貧民街をスカウトして回った。

 

「トレインさん、どうですか? 今日の私……」

「綺麗だ。まるで貴族の令嬢様みたいだぞ」


 貴族の令嬢を間近で見たことは無いが、社交辞令くらいは言っておこう。

 本当に綺麗だが、美人というよりは可愛いの方向性だ。

 とりあえずクレリスが喜んでいるのでセーフ。

 貧民街でスカウトして回る格好としてはアウトの気がするが黙っておくことにする。


 子供達への手土産代わりの串焼き肉を買い込んで貧民街、つまりスラムへと向かった。



「……どなたも引き受けてくれませんねえ」

「ああ、しかし何か引っかかる」


 断り方の歯切れが悪い。

 何かを隠している印象だ。


 条件も破格の報酬を約束しているのだが。

 よそのギルドの相場が1日当たり大銅貨1枚。黒のギルドは他のギルドより1.5倍の報酬、大銅貨1枚と小銅貨50枚を約束している。

 俺達は黒のギルドの更に倍、大銅貨3枚を約束する。

 しかも3食付き、先行偵察や囮はさせない。クレリスの回復魔法も保証している。

 スラムの相場としては法外とも言える値段のはずだ。


「いっそ報酬を更に倍位にしてしまいましょうか。将来的には冒険者になって頂くのですし」

「そうだな……いや、やはり駄目だ。常識や相場ってもんがある」


 すでにやり過ぎている。

 確かに命懸けの冒険に同行するのだから、いくら積んでも良いと思ってしまう。

 だが、それでは周囲から浮いて妬みの的になってしまう。

 金銭感覚もおかしくなるだろう。

 長期的に見て、ヘンチマンのためにならないと思う。


 ふと気がつくと、先程断った一人の男の子が建物と建物の狭い隙間から俺達を手招きしている。 

 必死の形相だ。


「どうした? 何か困ったことでもあるのか?」

「おじ……兄ちゃん達、今はヘンチマンは雇えないよ。黒のギルドから命令されているんだ。白のギルドの勧誘は断らないとひどい目に合わすって」


「なん……だと……!?」

「ひどいです!」


 歯切れ悪い断わり方はそのせいだったのか!


 圧力


 こんなスラムの子供達にまで、そんな理不尽な事を強いているとは。

 怒りのあまりに震えた。

 俺は正義感じゃないし、綺麗事を好むタイプでもない。

 それにしたって限度がある。



「おい! そこのスカム(くず)! ちょっとこっちへ来なッ!」


 俺達の背後から金切り声が飛んできた。

 ノワールだ。


「何勝手なことをしてるんだいッ! お楽しみが台無しじゃないか!」


 ノワールは激しく男の子を引っ叩いた。

 男の子は地面に転がり、口元から血を流し始めて泣く。


「ノワール! お前の差し金か!」

「間抜けなトレイン。アンタの姿は見ていて実に楽しかったよ!」

 

 ノワールの前に立ちはだかり男の子を庇う。

 クレリスに目配せして回復魔法を唱えてもらった。


「まだ勝手な事を続けるのかい? アタシもそれ以上は黙っちゃいないよ」

「勝手な事をしてるのはお前だ! 年端も行かぬ子供を、しかも叩くとは」


「アンタに言われたくないね。都合の良い時だけスラムのスカム共をカネで買い叩く。それが勝手で無くて何だというんだい?」

「お前達みたいに子供を使い捨てる奴らよりはマシだ。彼らだって生きてるんだぞ」


「生きてるからこそさ。命張る時は張ってもらう。スラム出身のアタシが言うんだ! スカム共はアタシの子供で家族さ。見捨てやしないよ。アタシは親として甘やかさず世間の厳しさを教え育ててやる。あんたが文句言える筋合いじゃないね!」

「ぐっ……」


 気圧された。

 ノワールの言うことには一理ある。

 俺の考えが甘かった。自分の子供という言葉が心に痛い。

 割の良い仕事を与えて、はい終わり、じゃあ駄目だったんだ。

 知らずの上から目線と傲慢さ。それに打ち据えられた。


 スラムクイーン。

 ノワールの隠されたあだ名だ。

 俺はそれを知っていた。思い出すべきだった。


 反省しよう。

 そして考えを改めることが出来た。

 ノワール、心の中で礼を言うぞ。

 自分の子供同然。確かにお前から学ばせてもらった。


 だが、それはそれ。

 スラムの有り方を知るのと、その子供達を犠牲にするやり口を受け入れるのとは別の話だ。

 むしろ、学んだからこそ、そこは否定していかねばなるまい。


 ヘンチマンとして雇うだけではノワール達<黒雷>と大差は無い。

 彼らを、その家族や生活ごと共にしていく覚悟、それが必要だ。


 ノワール、高笑いをして去っていくお前のその背中に誓おう。

 俺も無責任で身勝手な雇い方だけはすまい、と。

 

 クレリスの治療を受けた男の子は服代わりのボロ布から泥を払っている。

 しゃがみこんで目線を合わせながら、もう一度、いや今度は頼んでみる。



「すまない。もう一度だけ話をさせて欲しい。勇気ある少年よ」

「い、いいけど……ヘンチマンにはなれないよ」


「構わない。俺達はヘンチマンが欲しかったんじゃないんだ」

「え?」




「君に、仲間・・になって欲しい」




続く

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