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第一話「追放 25歳にして牧場暮らしへ」

「トレイン、お前は今日限りでクビだ。今すぐ出ていってくれ」


 朝一番でギルドマスターに呼び止められたと思ったらこれだ。

 ギルドマスターは俺の部屋の荷物をまとめたのであろう、ズタ袋を床に放り投げた。


 俺に好意的だった受付嬢と酒場のウェイトレスがギルドマスターに抗議してくれている。

 だが俺の目にはどこか他人事のように映っていた。


(やっぱりな)


 そんな思いが頭をよぎる。

 クビにされた原因も分かっていた。


 この「黒のギルド」所属のエース冒険者パーティーの不興を買ったのだ。

 元から折り合いは悪かったが、ここまで大胆な手段に出るとはな。


 ギルドのトレーナー(訓練士)の一人だった俺は、数日前の入会試験で5人の子供達を落第判定した。

 ただ、それだけ。


 だが、この5人。エース冒険者パーティーの取り巻きだったのだ。

 取り急ぎ追加の人員を欲しがっていたエース冒険者パーティーから、もちろん合格させるように言い渡されてはいた。

 いや、はっきり言えばそう脅された。


 だが断ったのだ。



 冒険者は過酷な職業だ。常に死と隣り合わせ。

 世界各地にあるダンジョンへ潜り、貴重な素材や魔石、食材などを持ち帰る。

 パーティーは当然戦闘力の高いもので構成されるが、それだけでダンジョン探索は行えない。

 偵察、解体、荷物持ち、連絡、そして時にはおとりとして低ランクの冒険者見習いが雇用される。


 ヘンチマン(子分)と呼ばれる、習慣化された制度だ。


 まだ冒険のイロハも知らない困窮した者たち、しばしば身寄りのない子供が採用される。

 それなりのランクのパーティーから口利きがあれば最小限の試験と訓練でHランクの冒険者になれる。


 悪しき慣習さ。

 だが飢えた者が食い扶持を稼ぐには持ってこいの手段でもある。五体満足であるうちは、だが。

 約半数はヘンチマンの頭文字Hのランクを突破できずに死んでいく。地獄ヘルランクとも揶揄される。

 生き残っても多くの者が手や足や視力、そして心に傷を負いヘンチマンすら引退していくのが現実だ。


 俺のように。


 Dランクの冒険者だった俺も膝に矢を受け、冒険者としてやっていけなくなったクチだ。

 しかし俺には悪運があった。


 【訓練士トレーナー】のスキルを得ていたのだ。

 おかげでギルドのトレーナーとしてこの2年、暮らしていけた。


 それも今日までのようだが。



 苦い回想から我に返ると、ギルドマスターは受付嬢の抗議から逃げるように奥の部屋へ引っ込んでいく所だった。

 受付嬢たちの説得も虚しく、ギルドマスターの決定を覆すことは無かった。

 俺は受付嬢とウェイトレスの2人の礼を言い、勝手にまとめられた荷物の入ったズタ袋を背負った。


 受付嬢が俺との別れを惜しんでくれる。


「すみません……私じゃ力になれなくて」

「いいって事さ。嬉しかったよ」


「これから先どうするんですか? どこかのギルドにツテはあるんですか?」

「そうだな……きっと奴らが手を回してるから、まっすぐ別のギルドへってワケにはいかんだろうさ」


 振り返った先、ギルドのホールに併設されている酒場側のテーブルを顎で示す。

 そこにはこの黒のギルドのエース冒険者パーティーのメンバーがニヤニヤ笑ってこっちを見ていた。


 分かっている。奴らがギルドマスターに苦情を言って俺を追い出させたのだ。

 この都市でも有力なパーティーだ。

 近隣のギルドには根回ししていると見て間違いない。



「ひとまず、南の牧場でも行ってみるさ」

「あっ、なるほど。去年のゴブリン大発生の時の牧場ですね」


 1年ほど前にゴブリンの大群によって荒らされた牧場。

 トレーナーの俺まで駆り出されて防衛を手伝う程の大軍勢だった。

 街の補助金で損害は補填されたが人員の不足だけは簡単に埋められるものではない。

 牧場長を直接救ったのが俺であり、何かあったら力になると言ってくれた。

 まずはあの人を頼ってみよう。


「じゃあ世話になったな。町で会ったらよろしくな」

「本当に行ってしまうんですね……トレインさんが居なくなったらここは……」


 受付嬢は言葉を飲み込んだ。

 彼女も分かっている。


 エース冒険者パーティーの奴らに、いよいよ歯止めがかからなくなる、と。


 奴らはヘンチマン、若い冒険者達を消耗品としてしか見ていない。

 平然と囮や先行偵察に使い、生き延びてレベルアップした者だけを取り巻きパーティーとして仲間にする。


 だから常にヘンチマンを補充している。

 有名になっている冒険者だし、よそのパーティーより払いも良い。

 孤児院やスラムを回って子供達をスカウトしている位だ。


 死んだヘンチマンに報酬は払わないからな。

 報酬も高めに設定できるってものさ。 


 そのやり口に抵抗していた最後の一人が俺だった。


 だがもう知った事ではない。

 ギルドマスターまで抱き込んで追い出しにかかったんだ。

 俺にできることは、もう無い。

 自分の明日からの身の振りで精一杯だ。



「まぁ、俺に出来ることがあったら、相談くらいは乗ってやるさ。元気でな」


 笑顔を作り、別れを惜しんでくれる受付嬢の前から去った。

 この受付嬢とウェイトレスが最後の味方だった。


 ギルドの正面扉をくぐろうとしたのだが、大男の足で塞がれる。


「おっと、俺達に挨拶はないのかよ、トレイン」

「散々忠告はしたはずだ。今さらかける言葉もないさ」


 トップ冒険者パーティーのメンバー、戦士のブラッキーだ。

 俺を脅してきた奴でもある。



「トレイン、やりすぎたのさお前は。だが這いつくばって謝るなら許してやってもいいぜ」

「やり過ぎてるはお前達だ。ヘンチマンを酷使して実力以上の狩場に出ている。いつか痛い目に合うぞ」


「へへ……それも立派な戦術だぜ。冒険者は危ない橋を渡るもんさ!」

「渡っているのはお前達じゃない。子供達だ」


 ブラッキーは俺の言葉を鼻で笑い飛ばす。

 口元を歪めるような笑い方が本当に嫌だ。


「貧乏なガキ共に仕事を与えてやってるんじゃねえか。感謝こそされども文句言われる筋合いは無いな」

「──ッ!」


(子供を生死の境に追い立ててその言い分か!)


 辛うじてその言葉を飲み込んだ。

 口論で解決出来る問題じゃない。

 しかも俺はヘンチマンを雇う立場ですら無い。


 俺は正義の味方でも何でも無い。

 少なくとも、この走れなくなった膝では非道に抵抗するのがせいぜいだった。

 心に汚物を擦り付け合うような会話は時間の無駄だ。

 

「どいてくれ。もう俺に用は無いはずだ」

「ふんっ、負け犬が。あ、そうそう。俺達は明日からBランクに格上げだ。<黒雷>ってパーティー名になるからな」


 ギルドを去る俺の背中に向かって、そんな台詞を投げかけてきた。


 パーティーリーダーがBランクになれば名付きの固定パーティーを名乗れるようになる。

 名付きのパーティーになれば依頼料の取り分が増し、メンバー確保や依頼の優先権ができたりと権限が増す。

 専属の事務方や解体士などをギルドの費用で雇うことができ、指名で依頼を受けることもできるギルド内ギルドと化す。

 つまり、ヤバい仕事や極秘任務を請け負うことが可能になる。


「そういう事か……」


 <黒雷>は専属の訓練士を雇うのだ。

 そして訓練などせずに認定だけしてダンジョンへ連れて行くに違いない。

 使い捨ての駒として。


 そのために俺が邪魔だったんだろう。

 奴らの目を盗んで、子供達に余計な知恵を入れると踏んでいたんだ。

 だから追放した。


 そんな所だけは知恵が回るもんだ。

 通りの人混みに紛れ込みながら、くそったれ、とつぶやいた。


 こんな業界からは足を洗ったのだ。

 もう、関係無い。



───────────────



 幸いにして牧場長は両手もろてを挙げて俺を歓迎してくれた。

 牧場での暮らしは思った以上に俺に馴染んだ。

 訓練士としての経験の応用か、馬の調教を主に任されて評判も上々。

 馬達はとても素直で、人間よりよっぽど上等な生き物に思える。




 追放されてから一年が過ぎ、俺は【テイマー・動物】のスキルが順調に伸びていた。

 その日も【テイマー・動物】のスキルがレベルアップし俺は小躍りして喜んだ。


 早く宿舎に戻ってステータスカードで確認しよう。

 そう思った瞬間、脳裏で何かが噛み合い、一体になる感覚を味わう。

 頭の中がスッキリして晴れやかになり、たえなる音楽を聞いたように感じた。


「もしかしてこの感覚──噂に聞いた【スキル進化】では!?」


 俺は走れぬ足を引きずりながらも宿舎へと急いだ。




 続く

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