氷の魔王は喧嘩を買う
――あぁ、どうしてこうなったんだろう。
目の前の出来事に頭痛がする。
勇者とか、魔王がどうのこうのとか、そういうそれらを言い出すこの男等に。
俺は確かに魔王――魔王種ではあるが、どこぞの戦闘狂――あのバカ今度は森人族の最強とか呼ばれてる奴に喧嘩を売るとか言ってたが大丈夫なのだろうか――とは違って平和的な方だ。
確かに力はあるが、それを言ったら他の奴等もあるだろうし、別に俺は最強じゃない。
戦闘狂でも殺戮者でもない、敵対した奴等は確かに氷漬けにしたが、敵対もしてない一般市民にいきなり攻撃はしてないと思う。
それなのに、だ。
この目の前の少年――勇者……名前は、確かユウキとか言う名前で、金色の所から送られてきたのだ。
確か転移魔方陣で勇者をどうのこうの……だったか。
全くもってアホらしい、前王は酷く優秀で賢王と呼ばれていたのに、あのようなアホが王になってからだ、周りは止めただろうに、金色以外は確か反対していたはず。
魔族がどうのこうのと嫌っていたから黒色は信じてないのはまだ良い――いや、外交問題に繋がるから良くないのだが――が獣人族や森人族の赤色と緑色は何故信じなかったんだろうか。
まさか、人族以外を嫌うタイプか?
確かに大昔は居たが、流石に千年は前だぞ!?
人族が森人族や獣人族を奴隷にして居たのは最低でも千年は前の出来事だ、今じゃあ金色でも普通に奴隷じゃない森人族や獣人族も多い。
当然奴隷も居るが、それはそれ。
何だかんだ悪いことをしたならば奴隷になったのは自業自得だ。
特に前王の時は金色の違法奴隷はかなり減った、一部の潜伏が上手く、どうしても尻尾をつかませないようなのもかなり減った。
本当に奴隷になったのは自業自得な奴等しかいないぐらいには。
それなのに、だ。
現王になってから金色はまた前に戻った気がする。
このような召喚、恐らく前王ならば
「別の世界から人を連れてくるだと? そんなの人攫いと同じだろうが! そんな事をしてみろ、死刑は間違いないだろうな?」
と(黒い)笑顔で言うだろうなと、もういない前王のことを思っていたのだが……
「魔王、お前の悪事は知っている!」
……あぁ、そういえばこんなのいたな……本当に、頭が痛い。
悪事って何だよ、悪事って、魔王種であることが悪事ならば生まれは変わらないんだぞと言ってやろう。
俺が何をした? 人族を虐殺でもしたか?
別に人族に限らず俺は敵対した――いわゆる盗賊とかお前ら基準で悪人扱いの奴等――しか殺した覚えはないぞ?
まさか攻撃の余波で誰か死んだので悪人ですはないだろうな?
流石に見てもいなければ一切気づいてもいない相手を殺した――しかも事故だろそれ――からって流石に死刑はありえないだろ、殺した人物が王族なら確かにありえるのか?
でも俺、魔王種だから王族に近いんだが?
黒色の王はもう九百年ぐらい変わってないが、そろそろ引退を考えてるらしく、魔王種を探してると聞いた。
つまり王になれるだけの強さと賢さが必要なわけだ。
言っちゃ悪いが、魔王種自体少ないし、俺が知ってる魔王種の中では戦闘力は三番目位だが、賢さは恐らく俺が一番だ、言葉の誘導やらは……二番だろうか? 流石にアイツに勝てる気はしない。
戦闘力のある魔王種は基本脳筋というか……俺が勝てないと思った二人は片方戦闘狂、片方脳筋だ。
流石にあれらに書類仕事がどうとかは無理だろう。
そもそも王に戦闘力が必要なのかと言われれば……魔族自体が結構脳筋が多いからなぁ……自分より強い奴には従わない――例えそれが王でも――って奴結構いるから戦闘力は最低限そこらの魔族は倒せるぐらいはないといけないんだよな。
……そういえば俺の母親は前王の妻だったな、王族だな。
つまりは王弟……に近いのか?
前王の子供が現王、その後前王が引退後産まれたのが俺。
多分百歳前後は違うが、まぁ人族の考えに合わせたら一世代か二世代は違うが……流石に寿命がほぼ無いに近いからなぁ……数百年とか俺らにしたら数十年とあんまり変わらないだろ。
魔王種はどこぞの竜族と同じでマナを取り込んで生きてるからなぁ……でもマナの取り込みには竜族の方が上手いからな、たまにマナを取り込めなくなってどんどん衰弱する場合がある。
……まぁ、そんなの数千年に一度、あるかどうかだ。
あっても死なない場合が大半だしな、余程無茶しない限り魔王種や竜族は簡単には死なないし。
「勇者様……!」
あぁ、また勇者のことを忘れ……勇者、だと……?
へぇ? これが? 勇者だというのか?
――ふざけるな。
勇者の名を持って良いのは、最低でも三国に認められた者だけだ。
勇者の何を知って、何故その名を呼んでいる?
「勇者モドキが勇者の名を名乗るなど、何を考えている金色は……!」
「なっ! 勇者様は確かに勇者の名を名乗るに相応しい方ですわ!」
「勇者の名をそう簡単に呼ぶなど、それ自体がおかしいだろうが」
カレッジは名を与えられても簡単に名乗ってはいけない。
呼ばせてもいけない、名乗って良いのは、その名を使った行事だけだ。
勇者は毎年祭りに参加し、その時のみ勇者の名を使って良いのだ。
それ以外は余程のこと――それこそ国や、世界が滅びそうな時のみだ。
……勇者の名を最初に与えたのは確か最悪と呼ばれた竜族の襲撃から守った少年に与えられたのだ。
『勇敢なるものにこの名を与えよう、初代勇者ことカレッジの名を――!』
今でも思い出せる、初代勇者であるカレッジ。
俺とアイツは確かに親友で、八百年以上も昔のことなのに、今でも思い出せる……
アイツは当時産まれたばかりで、しかも人族による差別がまだまだ多く、どうしても違法奴隷が多かった時期。
俺はこの黒い髪に蒼い瞳で、自分で言うのもなんだが、見た目がよかったから色々と狙われて、近づくものを全て凍らせて、山奥に居たら"氷の魔王"なんて言われていた。
でも、誰も近づかないなら、それで良いとも思っていた俺に、カレッジは
『でも、それじゃあ詰まんなくね?』
『……は?』
『ほら! もっと世界は広いんだからさ! なんなら俺と旅しねぇ? ちょうど仲間もいなくて寂しかった所だし!』
強引に、俺を連れ出して、確かに俺に世界の素晴らしさを教えてくれた。
確かに美しかった、確かに綺麗だった、確かに優しかった。
世界はこんなにも美しく――人はこんなにも優しかっただろうか。
当時は確かに人族と他種族が近くなった時期でもあるが、根付いた人族以外の、森人族や獣人族イコール奴隷みたいな意識は無くならなかったし。
森人族や獣人族が多かったが、魔族や森人族以外の精霊族も意外と捕まっていた。
だから、まだ幼かった俺は、人族から逃げて、力をつけて、いつしか全てが醜いものだと、そう思ってしまったのだろう。
それを崩したのは俺の初の親友でもあるカレッジだった。
『アイリクール! 見ろよ! 海が綺麗だぜっ!』
『はしゃぎすぎだ、馬鹿者、どうせ一ヶ月はここにいるんだから直ぐ見飽きるだろうよ』
『お前なぁ……! こんなに綺麗なのに冷静だな、おい!』
……最高の、親友だった。
死んでしまったのが悲しくて、数百年は立ち直れなかったぐらいには仲が良かったのだ。
親友であり、恩人でもあるカレッジ、そんなカレッジを汚すような存在。
それがこの勇者モドキと現在の金色の姫……だろうか?
他に魔法使いと戦士が居るが、何故全員――勇者モドキは除く――女なのだろうか。
勇者モドキを合わせて六人パーティなのだが、これがいわゆる"はーれむぱーてぃ"という奴なのだろうか? 今思うとカレッジは何を言ってるんだとちょっと思うが、当時カレッジが"はーれむぱーてぃ"は作らないとか言っていたのを少しだけ思い出した。
「彼は! ユウキはお前のような悪人とは違い、心優しい勇者様なのだぞ!」
「ユウキは勇者の名に相応しい者よ、何を言っているのかしら?」
「ユウキにゃんの素晴らしさは、魔王みたいな悪人には分かんにゃいかもしれないけどね?」
「……ユウキを、侮辱するなら、許さない」
「ユウキ様は勇者の名を持つことを許された勇者様ですわ!」
「……はっ! カレッジのことすら知らぬ阿呆共が……他のことはどうでも良いが――」
この五人は駄目だな。
この勇者モドキを信じすぎだろう、あぁ、好きな人のことを信じたいお年頃か?
お前が好きな相手がお前ら基準の善人とは限らないんだが?
「――カレッジを侮辱するなら容赦はしない」
さて、この阿呆共を消し去ろうか?
いや、直ぐに殺さず罪を償わせた方が良いんだったな、殺したらそれで終わりだからとカレッジが酔っぱらって言ってたし――今思うと本当に何言ってるんだろうと思うが――簡単には殺させないさ、死刑すら生温い……!
「あぁ、一応言っておくが……魔王種の力を甘く見るなよ?」
これでも"氷の魔王"の名を持っていただけはあるんだぞ?
当時はもっと弱かったにもかかわらず、魔王と呼ばれ、恐れられる程度には当時から強かったんだ、当然今だって衰えてはいないからな?
――氷の魔王は喧嘩を買う