09 : 星の魔女と試練の影【1】
緋宮 杏子の自宅 - 私室
VRデバイスを装着してベッドに寝転んでいる黒髪の女性と、
その横にある机でパソコンへ向かっている銀髪の女性が、この部屋には居た。
中でも銀髪の女性――――――リュウナは、先ほどからじっと画面を見つめている。
「とりあえずこれで、リベンジする分には大丈夫そうね。
問題は、試練をどうするかだけど……まぁ、私なら問題ないか」
などと言いつつ見ている画面には、とある映像が映し出されていた。
それは、紛れもなくプラネット・ワールドのゲーム画面。
3人の冒険者がメガロシティから出発しようとしているのが見える。
何故このような映像が映っているのかというと、
「ライブビュー機能なんて、初めて使ったよ……」
ゲームにログインしている以外の人でも、プレイヤーの様子を見れる
ライブビューと呼ばれる機能によって、ゲーム内で今まさに動いている
サブキャラクターのリュウナの周囲がわかるようになっているのである。
ただ、彼女のプレイヤーである杏子は見ての通り1人暮らしだし
家に友人を招いた時はさすがにVRデバイスを使ったりもしないため
ゲームで動いている自分のキャラクターを客観的に見ることなどまずない。
運営への報告や、ゲーム内友人への連絡を終えたリュウナは
やることがなくなってしまったため、こうして外から様子だけでもと思い
使わないだろうと思っていた機能を引っ張りだしてきたというわけだ。
「でもやっぱり、見てるだけっていうのは暇だなぁ……」
ボソリと呟いた銀髪の冒険者は、そのまま画面を見つめ続けるのだった。
****
プラネット・ワールド内 - 樹の大街道
新規キャラクターである現在のリュウナは、メガロシティ以外の
どの街にも訪れていないため、ワープポイントによる移動が使えない。
なので、目的地であるライディアまでは徒歩で向かう必要があった。
「普通にこういう道を歩いて移動するのは、なんか久しぶりだね」
「まぁな。最近はワープでダンジョン直行ばっかだったしなぁ」
「そうだよ! ゲームでも時短ばかり求めてると、余裕が無くなっちゃうよー」
「はっはっは! 違いねぇや」
まだこのゲームを始めたばかりの頃が思い出される。
あの時はまだ見ぬ知に潜む未知のモンスターにドキドキしながら冒険していたっけ。
熟練者になると、そういう気持ちをどうも忘れがちになってしまう。
たまにはこうして、歩いて次の街を目指しても良いだろう。
「ライディア付近は高レベルのモンスターも多いからな。
今のリュウナだと、下手すれば一撃でやられちまう」
「攻撃しようとは思わず、回避に専念してね。
私とアレンがやっつけちゃうんだから!」
「ありがと、2人とも。今だけは、甘えさせてもらおうかな」
「ふふん! 小さいお姉さんに任せておきなさい!」
「小さいってのは推していくのかよ。ほら、早く行くぞ」
ライディアはストーリーでも終盤の方に訪れる街のため、
レベルの低い初心者はまず近づくことはできない。
その前に広がっているこの樹の大街道も、樹木があちらこちらで生い茂り
視界が良いとはいえないため、モンスターの不意打ちを食らうこともある。
先頭をアレンが行き、後方の警戒をリリスに任せ、リュウナはその真ん中。
どちらから襲われても対応できる陣形で、次の街への道を進んでいた。
「食らいやがれっ! グランドクラッシャー!!!」
道中で襲い掛かってきたモンスターに、アレンの一撃が炸裂する。
盾クラスであるアレンは素早さこそ他に劣るが、
防御力はもちろんのこと、単体での打撃力も最強レベルだ。
自分の数倍はあろうかという巨大なゴーレムをいとも簡単に押し飛ばし、
「あとは任せて! エクスプロージョン!!!」
体制を立て直そうとしていたところに、リリスの魔法が発動。
爆発によってゴーレムが砕け散り、破片となって消える。
このゴーレムはかなり上位レベルのモンスターなのだが、
最強クラスの冒険者2人の前には雑魚扱いも同然である。
「こうして見てると、2人とも相当強かったんだね」
2人に挟まれて歩きながらリュウナが言った。
大抵はいつも3人で行動しており、全員が同じぐらいの強さだったので
レベル差がある状況になって初めて、それを実感しているようだ。
初心者から見た上級者というのは、こういうものなのかもしれない。
「ま、たまには見上げてみるのも必要ってこった」
「それは身長的な意味で? 腕前的な意味で?」
「強いていうならどっちも、だな」
キャラクタークリエイト的な差ではあるが、
リュウナと比べて頭一つ分ほど高いアレンを見上げた。
それに気付いた彼はいつものように笑ってみせる。
「ほらほら、早く行こう! リュウナが疲れちゃうよ?」
「そうだな。一気に突っ切るか!」
「行こう、2人とも! ライディアはすぐそこだよ!」
ふと気が付くと、前方に巨大な樹のようなものが見え始めていた。
その周囲には、遠くからでもわかるぐらいの妖しげな光が明滅している。
あの樹の麓にある街こそが、大樹と魔女の隠れ里ライディアである。
ここまでくれば、襲い掛かってくるモンスターを無視して
一気に街まで行ったほうが手っ取り早いだろう。
「グオォォォーーーー!!!」
待ってましたといわんばかりに、後方でモンスター達の咆哮が聞こえたが
3人はそれには構わず、残りの道を一気に走り出した。
「へへーん! 追いついてきたら焼き尽くしちゃうよー」
リリスの挑発的な言葉を残しつつ、冒険者3人が走る足音は
樹で囲まれた街道に響き続けるのであった。
****
大樹と魔女の隠れ里 - ライディア
遠くからあれほど巨大な樹が見えているにも関わらず、
何故隠れ里と呼ばれているのかはさておき。
中央のメガロシティとは打って変わって、
木造の建物が点々と建つ、いかにも里といった雰囲気の街だ。
上を見上げると、そこには大樹の傘で覆われた空が見えており
明滅している妖しい光によって、神秘的な雰囲気を感じさせる。
「さーてと。早いとこ星の魔女に会いにいくとするか」
ここは他の街は違って、特別な用事のある冒険者ぐらいしかいないため
行きかう人も格段に少ない。雰囲気も合わさってひっそりとしている。
今度はリュウナを先頭に、3人は里の一番奥を目指して歩き出した。
やがて、里の中でもひときわ大きな木造の家が見えてくる。
「まさか、また来ることになるなんて思わなかったよ……」
大きな家を目の前にしたリュウナが、不安そうな顔でぼやいた。
メガロシティを出る前もそうだったが、何か不安要素があるらしい。
家は池に囲まれた真ん中に建っており、池の水そのものも
様々な色の光を淡く放っていて、まるでここだけ別世界かのようだ。
3人は池の真ん中にかけられた橋を渡りきると、大きなドアの前に立つ。
―――――コンコンッ、ガチャッ!
ノックをした後、家の中へと入った。
ところ狭しと並べられた魔法道具と思われる品々が目立つ室内。
いかにも魔女が住んでいるといった感じだ。
そのまま少し進んだ3人は、家の奥に居たお目当ての人物を見つける。
「……お久しぶりです、リディアさん」
リュウナが呼びかけると、リディアと呼ばれた人物が振り返った。
毛先だけが銀色に輝く、腰まで伸びた黒い長髪。大きな真紅の瞳。
白いトンガリ帽子を被り、やたら露出の多い同色の服を纏った妙齢の女性。
「あらぁ、みーんなお揃いなんて珍しいわねぇ~。
こうして会うのは、2か月ぶりくらいかしらぁ?」
星の魔女リディアはそう答えた後、にっこりと微笑む。
服装もそうだが、その声からも漂っている甘く、妖艶な空気が
彼女という人物を作り出しているかのようだ。
少しでも気を抜くと、それに呑み込まれてしまいそうになる。
リュウナとアレンがぼやいていたのはこれが理由であった。
悪い人物ではないのだが、どうもこの雰囲気が苦手らしい。
が、そんな雰囲気など全く気にしていないかのように、
「リディアさぁーーーんっ!」
まるで子供のような無邪気な声と共にリリスが駆け出し、
そのまま彼女の胸へと文字通りダイブしていった。
それを分かっていたかのように、リディアがしっかりと抱きとめる。
「しばらく見ない間に、とっても強くなったのねぇ~リリスちゃん」
「えへへ~! もう、リディアさんを追い抜いたかもね!」
まるで姉妹のような光景を見て、リュウナとアレンはやれやれと肩を竦めた。
魔法を極めた者同士として通じ合うものがあるのか、波長が合っているのか。
この2人に関しては、以前からこんな感じなのでツッコむだけ野暮だろう。
「あんま来たくはなかったんだけどな・・・・・・今回は緊急の用だ」
抱き合っている2人は放っておき、アレンが話を切り出した。
彼女の元を訪れたのは、超越の水晶石の封印を解除するためなのだから
ややこしくなる前に話を通しておかなければ。
事の顛末を説明する間、リディアはそれなりに驚いた表情をしてはいたが、
「それはそれは、大変だったのねぇ~。リュウナちゃんから感じ取れる力が
物凄~く弱くなっていたから、まさかとは思っていたのよぉ」
3人が家に入ってきた瞬間からなんとなく察してはいたようで、
さすがは星の魔女と呼ばれているだけはあるなと、改めて思わされる。
リュウナは前に出ると、超越の水晶石を取り出してみせた。
拳ほどの大きさのある水晶が白い輝きを放っている。
すると、リディアはずいっと身を寄せると同時に水晶石をまじまじと見つめ始めた。
突然だったのでドキッとしたのか、リュウナが一瞬だけ固まる。
顔も何故か近いのは気のせいだろうか。
「ん~・・・・・・輝きが最大まで成長してるみたいねぇ。
これは、試練もかなり厳しいものになるかもしれないけど・・・・・・」
「・・・・・・覚悟なら出来てます。いずれは通る道ですから」
リディアが試練という言葉を口にする。
超越の水晶石は、封印さえ解除してしまえばそれでよいのだが、
問題は、その封印解除の手段にあった。
蓄積されている経験値に応じて試練が与えられ、
それをクリアしなければ封印を解除することができないのである。
リュウナが所持している水晶石にはレベル100相当。
最大の経験値が蓄積されているため、試練の内容も最大級ということだ。
「・・・・・・ま、こればっかりは俺達じゃ手伝えない。
お前自身の強さに期待するしかないってことだな」
「リュウナならきっとクリア出来るよ! 頑張って!」
2人に背中を押され、彼女は大きく頷いた。
この試練すら超えられないようでは、星王アストラへのリベンジなど夢のまた夢だ。
現実世界で未だ待っているもう一人のリュウナを元に戻すためにも。
その様子を見たリディアは口元に手を当てて微笑むと、部屋の中心へと手をかざした。
――――――キィンッ!!
甲高い音と共に眩しい光が一瞬だけ部屋を包み、
収まった後には、虹色に輝く魔方陣が出現していた。
これこそが、試練の間への入り口である。
「それじゃあ・・・・・・頑張ってねぇ? リュウナちゃん」
「はい! それじゃあ、行ってきます」
魔方陣の前に立ったリュウナは大きく息を整えると、一歩踏み出す。
途端に虹色の輝きが巻き起こり、収まると同時に彼女の姿は消えていた。
****
試練の間
光を抜けたリュウナが降り立った場所は、広場のような場所だった。
上を見上げて見るとどうやら夜のようであり、妖しく輝く紅い月が浮かんでいる。
直径50メートルほどの広場は、それ以外の場所が濃い霧で覆われており、
遠くに何があるかを伺うことはできない。
彼女は広場の中心に向かってそのまま進んでいく。
すると――――――――――――――。
「これは・・・・・・」
広場の中心に何かを見つけたリュウナは、思わず立ち止まって身構えた。
それは人の形をした影であり、何よりその姿には見覚えがある。
紛れも無く、冒険者リュウナその人であった。
つまりこれは、自分自身と戦う試練というわけか。
そしてリュウナは、自身にも変化があることに気付いた。
先ほどまでレベル1だったのがいつのまにかレベル100になっており、
スキルの類も全て、つい昨日まで使っていたものに戻っている。
「どうせ戦うなら最強の自分で。ってことかな・・・・・・」
これも、試練の間で戦うにおいた計らいだろう。
そもそもレベル1では技もスキルもほとんど使えないし、分が悪い。
これなら、力の限り戦うことができそうだ。
彼女は改めて長く息をついた後、剣を構えて眼前の影を見つめる。
「さぁ・・・・・・かかってきなさい!!!」
最強のステータスを見につけた剣士と剣士の真剣勝負。
リュウナの鋭い叫びを合図に、その戦いは幕を開けたのであった。




