1-9.ようやく拳の交わしあいも終わるようだ
「時空間魔法を使えば過去や未来を改変することだって可能だ。ただそれは大きなリスクを伴う」
「過去を変えたら未来まで変わるってこと?」
「もちろん。過去の行いがどのように未来に影響を及ぼすかわからない。どんな小さな出来事も連鎖して未来では大きな出来事に発展することもあるんだ。ちょっとしたきっかけで戦争が起こったり、人が死んだり…とかね」
グレンのこぶしが私の鼻先で止まった。
今日はアスレチック全体を使って魔法を使った肉弾戦をしている。
飛んだり跳ねたり氷や炎が飛び交うにぎやかな訓練。
だけどグレンは講習も欠かさなかった。
遠くでも声を届ける魔法を使って時空間魔法の講習をしている。
「だから俺たちは過去自体に行くが、行動の一切を制限するようにした。未来も同様」
「じゃあ過去改変ってことは起こらないのね」
「あぁ。ただし未来に起こることなんて過去の行いでいくらでも改変されるからあまりあてにならない。未来予知みたいなもんだ」
「ふぅん。じゃあ過去の追体験みたいなものなんだ」
「その通り。過去に行くといっても行動ができるわけじゃないから根本的には記憶の再生とあまりかわらない」
そういってグレンはパチン、と指を鳴らした。
するとさっきまで草原でグレンと殴り合っていたのに突然風景が変わる。
赤と黒の髪の男性、グレンが目の前にいる。
『いやぁ、魔族戦争の功労者が田舎町に追いやられていると聞いてちょっと様子を見にね』
「今なんて?」
『魔王討伐パーティーにいた魔法使い、ルチアさんだね』
『そんな人知りませんよ、だいたい魔法使いは今絶賛指名手配中じゃないですか。こんなところで堂々と語り部なんてしてるわけないでしょう』
『だから容姿を変えているんだろ?』
『だから違いますって』
『ほかの魔族や人間なら騙せるかもしれないが君の稚拙な魔法では僕までは騙せないよ』
『…』
『そうだろ?魔法使いルチアさん?』
パチン、再び指が鳴らされる。
「これって…」
「そう。先日の俺ときみが初めて出会ったときのこと」
「確かに過去の追体験だわ…。でも何が起こるかわかっていても一切の行動がとれないっていうのは歯がゆいわね」
「そこだよ。さっきは行動ができないように制限したといったが実は違う。自由意志による行動ができるところまで魔法が発展しなかったんだ」
「その前にアナスタシア様を怒らせちゃったから…」
「…それは言わないでくれ…その代わりに映像に投影させる技術までは作ったんだから…」
「へぇ。それは便利ね」
「そう。この便利な時空間魔法をこれからきみにこの魔法を伝授しよう」
魅惑の魔王様は怪しげな微笑みを浮かべた。
それからの約1週間はこれまでの体力づくりやアスレチックがお遊びに思えるくらいの過酷さだった。
なにせ時空間魔法というのは複雑で前例がなく、もちろん参考文献なんて情報が少なすぎて参考にならない。
時間だけならまだしも、そこへ異世界の概念やらが混ざってくるので複雑なことこの上ない。
魔法の根源ともいえる想像力が具体性を持たずなかなか形にならないのだ。
初めは植物の時間を早めたり遅くしたり、続いて動物だったりそこらへんの無機物だったり…。
さらに突貫ということも相まって魔法の操作はほぼ実地だ。
グレンの作り出した「修行部屋」という謎空間に連れ込まれ魔法を駆使するが、この謎空間内だけは時間の進み方が異なりこの空間にいるときだけは時間の進みが遅くなる。
修行部屋といってもお城の部屋のような、真っ赤な絨毯が敷いてあり、猫足の白いテーブルがあり、ロココ調の装飾が施された壁に円形のかわいらしいデザインの窓がついた紅蓮とは似つかわしくない少女趣味の部屋だが。
壁に飾った緑の山々に魔王城とよく似た城が鎮座する絵はこの部屋とは不釣り合いだが。
「なんで異世界の理論に時間が絡んでくるのよ…」
「そりゃ時間と空間があってこそこの世界が出来てんだ。この時間と世界に干渉するための時空間魔法。かの女神はこの力を元に神の次元まで上り詰めた化け物だ」
「女神様を化け物なんて…」
「似たようなもんだ」
かつての恋人だったという。今、私に愛だの恋だのを持ち出すこの男は女神さまに対してどんな感情を抱いているのか予想できない。
まだ心のどこかに女神様は特別な想い人として存在しているのだろうか。
私の心がチクりと傷んだ気がした。よく姫様は恋すると嫉妬をするようになる。嫉妬をすると心が痛むといっていたがこれのことだろうか?
「さーて続きいくぞ」
「はいー」