1-7.走って走って
魔法というのは、学問的要素が強いもののその根底にあるのは想像力とか発想力という単純なものだ。
だから頭の固い科学者よりも少年のように純粋な心を持っているほうが魔法を使いやすいのだと、
「ほら、ルチアー遅れてるぞー。まだ1キロも走ってない」
ピッピッピッピッ
「うっさい…」
この全ての魔の頂点に立つ男、魔王は語った。
グレンの吹く笛の音が平和な草原の風にのってそよそよと広がっている。
私はこの魔王城で半強制的に流さるがまま魔法の修行をすることとなった。
こう見えても魔法学校で物心ついたころから魔法の勉強をしてきた身としてはかけてきた歳月を無駄にしてきたみたいで僅かしかないプライドが傷つくところだが、さすが魔王、さすが無駄に歳をとっていない。
その修行方法というのは魔法学校のそれとはまったく違っていて、わずかなプライドとかどうでもよくなる内容だった。
「はいここできゅうけーい」
「ぜぇ…はぁ…なんであんたはそんな余裕なのよ…」
朝一番でランニング。
「ルチアは逃亡生活長かったわりに体力ないね」
「きっと瞬発力はあっても持久力が無いのよ・・」
「いいかい、魔法を使う上で大切なのは想像力とか魔法の原理を知っておくこと。これは間違いではない。だけれども根本的に魔法を使うに耐えられるだけの耐性がないといけないんだ。学校でも体力づくりの科目はあっただろうけどあんなの全くダメ。一般的な魔法を使うだけならいいけどルチア時空間魔法を使うならもっと体力つけないと耐えられない」
「はぁ…ぜぇ…ぐぇ…」
「聞いてる?」
「聞いてるわよ…」
私は震える膝を抑えて息を整えた。
おおよそ年頃の乙女が出す呼吸音ではないと思もう。
ただし今の私にそんなことを気にしている余裕はない。
ちらりとグレンを伺い見るとグレンは一緒に走っていたはずなのに疲れだなんて全く感じさせない、汗一つかいていなかった。
「なんでグレンはそんなに余裕なのよ…」
「そりゃそういう魔法使ってるから」
「なによそれ!!!!!人に走らせといて!!!ちょっとすごいなとか思ったのに!!」
「まぁ、俺はこの程度なら魔法を使わなくてもなんともないけど…へぇ、すごいなんて思ってくれたんだ」
「!?!?!?!」
グレンは赤みがかった血のような切れ長の瞳を向けて怪しげにほほ笑んだ。
街のお嬢様なら一発で心をわしづかみにされそうな魔性の微笑みだ。
顔に血液が流れ、熱い。
私は恥ずかしさを隠したくてつい顔をそむけた。
「さて、軽くストレッチして次いくか」
「次?」
「あぁ。ただ走るだけっていうのも単調でつまらないからね。ちょっと趣向を凝らしてみよう」
ぱちん。
グレンが指を鳴らすとゴゴゴゴゴという地鳴りのような音とともに
何もなかったはずのだだっぴろい草原にまるで山でも生えてくるかのごとく何かが生えてきた。
「なにこれ…?」
「アスレチックゾーン」
「いや、なんでアスレチックゾーン?????」
よく、人間たちが休日に家族で訪れる屋外型の娯楽施設。
ダンジョンみたいなものだけど、ダンジョンのようにものものしくないし、
屋根もなく、なるべく怪我をしないように配慮されている。
地形を利用して作られた壁をよじ登ったりロープにしがみついて移動したり、山を飛び越えたりする、子どもはもちろん大人も楽しめるアレだ。
「なんでこんな…??」
「以前人間の里におりたときこういうのを見て楽しそうだなと」
「…確かに楽しそうだと思うけどさ…」
魔王ならむしろダンジョンのほうが魔王らしいんじゃないかな…。
私は家族とか娯楽とかとは無縁の生活を送ってきたからこういくものには実は憧れている。ただ一生無縁だと思っていたけど。
「さて、次はこれを乗り越えながら魔法に関する問題を解いていく」
「え?体を使いながら頭も使えと?」
「それ以外なんと?」
「えぇ…」
「魔法なんて頭使いながら動いてナンボだし体力、知力がついて効率いいでしょ。さぁゴーゴー!」
「ちょっとー!!」
グレンは私の手を引きながらスタート地点と書かれた地点に放り投げた。
「さぁ、そこに書かれた問題を解いて進むんだ!」
まるで平和的なダンジョンである。その証拠にスタート地点の扉は魔法で消されて私はゴールするまで閉じ込められてしまったのだから。
ちなみにグレンはふわふわと空中と飛行していて、手伝ってくれる気はないようだ。
ここからは私一人でやれということか。
「もう…火の魔法の基本式って…覚えてないわよー!!」
「だろうと思ったよ。ほら、そこに辞書があるからお使いよ」
手伝う気はないけれどサービスはしてくれるらしい。
魔王城。中庭にて。
「魔王陛下は楽しそうでいらっしゃいますねぇ」
「あんなに生きいきした魔王様は久しぶりですねっ」
魔王が突如出現させたアスレチックコースからしばし距離のある魔王城の庭先。
人間ならばグレンとルチアの姿をとらえることはできないが、彼ら魔王城のメイドたちも魔族で、人間よりよほど視力がよい。
業務を忠実にこなしながら突如現れた魔王の想い人で、過酷な運命を背負わされた少女を見守っていた。
「ルチア様はどんな様子?」
「ポリッシュ様!魔王様のにいじめ…いえ、厳しくされておいでのようですがお顔色はよいですよ」
「ルチア様もまんざらでもないかと!!」
「そう。きっと魔王様が何か体調を良くするような魔法を使われているのね」
ポリッシュはその年齢こそ彼女らより相当上で、メイド長という立場にあるものの、魔族ではなく半魔だ。多少の魔法は扱えるもののやはり基礎的な身体能力は魔族である二人のほうが何かと勝る部分は多い。
別にそういう魔法を使えば視力の強化くらい造作もないが、魔王陛下とその想い人の逢瀬を覗くという行為において魔法を行使する必要性を感じなかった。
「ルチア様も陛下も…仲睦まじい様子ですからね」
アスレチックゾーンに入ってから約半日。
朝は空の天辺にいたお日様は半分ほど遠くのお山に姿を隠して、空は茜色に染まっていた。
私は頭を体を使いすぎたせいか生まれたての仔馬か鹿のような足取りゴールにたどり着いた。
「今日中にゴールすると思わなかったよ!」」
「私もできると思わなかったわ…」
「君がバランスゾーンから落ちた時はやりすぎたかと思った」
「おかげさまで体中が痛いんだけど…」
「明日ももう1回やる?」
「えぇ…」
「冗談だよ、明日はコースと問題を変えてみよう」
やることに違いはないらしい。。
魔王城2日目。
最初とは違うさわやかな心地よい疲労困憊でその日は終わった。
筋肉痛と頭の使いすぎが原因と思われる頭痛を抱えて。