1-6.恋する魔王様
「さて、ポリッシュ。突然現れてどうした?」
「あ、はい。ハクト様がお越しです。僕が行くと魔王様が怒るから様子をみてきてほしいと」
「あいつは…」
「きっとルチア様にお会いしたいのですね」
「まぁあいつも無関係な話ではないしな…呼べ」
「こちらに」
新しい声がした。
グレンよりいくらか高い音の男性の声。
白髪だが歳は若い。グレンと同じくらいだろう。
不健康という印象は与えないものの色白で、顔立ちは綺麗で中性的な印象を与える。
細身の長身で町中を歩けばグレンとは違う意味で耳目を集めるだろう。
フレームレスな眼鏡をカチりと直した。
「お初にお目にかかります。わたしはハクト。魔王陛下の秘書のような仕事をしております。」
「はじめまして。ルチアです。よろしくお願いします」
「さて、ここからは俺たち魔族の問題についての話だ。ルチアはこの話において難しく考える必要はなく聞かなかったことにしてもらってもかまわない」
「なんだか難しそうな話しねぇ」
「まぁそれほど難しくはないが…めんどくさいからハクトよろしくしていいか?」
「めんどくさがらないでくださいよ…」
「俺話しすぎて疲れたんだ」
ハクトさんはため息は一つついてポリッシュさんの用意した椅子に掛けた。
「さて。わたしがお話するのはとある男の物語です。」
ハクトさんのお話は聞きやすい声である物語を聞いているようだった。
「昔々、ある優秀な魔法使いがおりました。彼はとても優れた容姿をしており女性から、まぁありていに言えばモテました。とてもとても」
「いつの時代もそういう人はいますね」
「えぇ。そして彼は一人の女性と出会います。女性もとても優秀な魔法使いで当時既に神の域に達しているとさえ言われました。そんな二人は出会うべくして出会いやがて恋に落ちました」
「…」
「女性は口にこそ出さないもののとても情熱的な心をお持ちで男にただ自分だけを見てほしいと願いました。しかし男は咲き乱れる花を一つに決めることはできず、あれよあれよと新しい花の元へ向いました。女性はそれをとがめることもできず、ただ心の内側に嫉妬の炎を燃やしていたのです。」
「そんなある日、ついに女性の堪忍袋の緒が切れたのです」
なにやらポリッシュさんとグレンが残念な顔をしだした。
「女性は男にある呪いを掛けたのです」
「呪い…?」
「そうです。その後千年以上も続き、男と志を共にする友人たちにさえ影響を及ぼすほどの強大な呪い」
「千年…しかも他の人にまで…」
それほど長い期間、強大な呪いを維持できるなんて一体女性は何者だったのだろうか…。
「『男がただ一人の女性を心の底から愛するまでお前の時間を永遠に止めてくれる。私を信仰する者がこの世界から一人もいなくなるまでその呪いは続くだろう』」
「え…それってまさか…」
「そう。お察しの通り、その女性の名はアナスタシア。あなたの生まれたアナスタシア帝国を作り上げその後永きに渡る繁栄をもたらした女神です」
「うそ…まさかその浮気男って…」
「こちらにおわす我らが魔王陛下ですよ」
「………」
なんだか予想通りすぎて声もでない…。
「そしてわたしとポリッシュのふたりにも同じ呪いが掛けられているのですよ…」
「あぁ…なるほど…」
志を共にする者たちへの呪い。つまりグレンの部下だったり友人は全て影響を受けるってことか…。
「でもアナスタシアの女神ってもう何千年も前でしょ…まさか…」
「えぇ。アナスタシア嬢がご健在のころから我々も生きていますよ」
「…歳は聞かないほうがいいわね…」
「ご配慮痛み入ります…」
「あの女は俺への当てつけのためにアナスタシア帝国を建国したんだよ」
グレンは吐き捨てるようにつぶやいた。
「それはないと思いますが、そんなわけなので以降しばらくグレンは女性が苦手になってしまいある程度の遊びはあるもののここ数百年は枯れ果てたように女性に手を出さなくなってしまいました。もう我々には呪いを解くことはできないかと思っていたところにあなたが現れたのですよ」
「私…?」
「もともと魔王討伐時の魔王役は適当に決めようかと思っていたのですがあなたの姿の見た瞬間自分が行くと聞かなくて…」
「ハクト!!」
心なしかグレンの顔が赤い。
恥ずかしいようだ。
「あーーー。確かに俺がルチアを好きなことに違いはない。だが呪いの解除とかそんなことは気にしなくていい。それとは抜きにして俺に好きになってほしいんだ」
つまりそれはグレンは私が好きで、心の底から愛しているということで…。
あぁ。慣れない恋愛脳がヒートしている。
何も考えられない。
「わたしも一応話はしましたがグレン様と純粋に恋をしてほしいと願っています」
ハクトさんとポリッシュさんが柔和な笑みを浮かべている。
無理強いはしない。
恋愛とはそういうものだから。
そう、言っているように見えた。
こうして魔王城での1日目は終わった。