1-2.俺魔王、きみ落ちこぼれ
「そもそもの始まりは隣の軍事帝国が攻めてきたことにある。その話は知ってるよね?」
「えぇ…」
このアナスタシア帝国は山と海に囲まれた小さな国ではあるが攻めにくく長く平和を保ってきた。
しかし隣の軍事国家・カヨウ国が近年アナスタシア帝国を狙っているというのだ。
山と海に囲まれているためそんな心配は杞憂だとしてほとんどの人はとは取り合っていないが。
「でも最近その山の中にここを容易に攻めることができる谷がみつかってね。カヨウ国はそこから兵を送り込むつもりでいたんだ」
「まさか…その山って…」
「そうだよ、君が最初に話していた物語に出てくる魔王が吹き飛ばした山。あれがそうさ。攻められるくらいならあそこを根城にして誰も入ってこれないようにした。それが真相」
「でもそれと王様にいったい何の関係が…」
「これは王様からの依頼だったのさ」
「え…」
「カヨウ国が攻めてくるかもしれないとわかったときまず憂いたのが国民性。良くも悪くも危機感がない穏やかな性質だし、国家のために立ち上がろうという意思もない。簡単にカヨウ国に攻められてしまう」
そこで考えたのが共通の強大な敵に立ち向かうことで国家をまとめるというなんとも強引な作戦だった。
ときの王様、前王は魔王に依頼したところ魔王はあっさり快諾。
だが、いまのアナスタシア帝国に魔王を倒せるような人間はいない。ときの王子様は頭はよいが剣の腕はいまいちだしなにより世継ぎだから危険な目には合わせられない。
そこで演出を加えるべく魔王が提案したのは異世界から勇者を召喚する方法だった。
物語性も高まり国民も喜ぶだろうと。
そして作戦は見事に成功。国民は一致団結して国を守ろうという意思が芽生え国家への求心力の拡大、志願兵も増加した。
あとは勇者とお姫様を無事に城に返して二人は結婚、めでたしめでたし、のはずが予想外のことが起きた。
「まさか君が勇者とこともあろうにお姫様まで異世界にとばしちゃうなんてね…」
あの時。
魔王を倒した時。
魔王を倒したあと、姫様は元の世界に帰りたいのでは?なんて勇者に聞いた。勇者はイエスと答えた。
そこで姫様は私に魔法で異世界まで飛ばすよう命令したのだ。
さらに自分も勇者の育った世界に行ってみたいと。問答の末私は二人を勇者のいた世界に飛ばしたのだ。
「魔王と倒せたからなんか気分良くなっちゃって…」
だが…
「そのあと城にこっそり戻った君は王子様にそのことがばれて激昂した妹思いの王子様から直々に死刑宣告されちゃったわけだよね」
「なんでそこまで知ってるのよ…」
「まぁ魔王だからね」
しれっとしていうがきっと遠視魔法かなにかでみていたんだろう。
「でも勇者のいた世界では実際勇者はもう死んでおり受け入れる器も、肉体もなければ存在できる場所もない。あちらの世界の人間ではない姫も同様」
「…」
「だから二人は存在を保っていられず死んでいるだろう」
「…」
「きっと異世界召喚されたときの衝撃で死んじゃったんだろうね。
元いた世界では葬儀も告別式も終わって肉体は既にお墓に入ってる。だから帰る場所なんてなかったんだ。こちらにいた時の体はこちらの世界にあわせて生成した強化体。違和感がなかったから気づかなかったんだろうね」
「…」
最初に召喚されたとき、無茶な方法で召喚したのだろう。
勇者は事故ということで死んでいた。
つまり帰る場所なんてなかったのだ。みようによっては召喚した姫様と王子様のせいと思えなくもないが勇者を含む本人たちは全くそのことに気づいていない。
「だから二人を異世界に送ったことによって二人を殺した君に死刑宣告が下った。だけど勇者の肉体がないことは召喚に携わった姫や王子様はもちろん知っていたはずだ」
彼女、姫様はこのことを知っていた。
そのうえでなんとかしろと言ってきたということだ。無茶にもほどがある。
姫君もまさか本当にできると思わなかったのかもしれないが。
「君は初恋に敗れその恋敵に利用され殺されるわけだ。二人の心中の一番の被害者は君だろうね。王子様も蝶よ花よと育てた姫様が異世界に行きたがるなんて思いもしないだろうし」
「…」
私の無言を肯定と理解したようで魔王はケラケラと笑って見せた。
魔王はなんでこんなに私の傷口をえぐるのか…。
あの時ちゃんと姫様を説得していたら今こんな風に逃亡生活を送ることもなかっただろう。
もしかしたら勇者と…それはないか…。
裏切り者の魔法使いとして汚名を着ることもなかった。
今更後悔しても全く役に立たないのだが…。
「で、君はこれからどうするの?ずっとこのままってわけにもいかないでしょ」
「そうだけどね…やっと生活も落ち着いたところだからこのまま逃亡していようかと思う」
「じゃあ俺と一緒に来ない?」
「は?」
「だって君の魔法って全然じゃん?」
「うっ…」
魔女に関するうわさは一部正しいところがある。
それは魔女は落ちこぼれという点だ。
私は魔法学校の中でも成績は最下位を争うレベルだった。
筆記は悪くないがどうしても実技で落ちる。
さらに実技で良い成績を取る連中はカンニングの方法もうまいため筆記では必ず上位にいるため私の成績はそこそこで終わるのだ。また魔法使いは研究職であっても筆記より実技を重視するため実技が苦手な私は落ちこぼれ街道まっしぐらだったのだ。
「でも俺を倒すほどの一撃を放てるっていうのは偶然の産物じゃない」
「え?」
「そんな偶然で倒されるほど魔王の称号は甘くないからね」
「…」
「君は自分の得意魔法がなにか知っているかい?」
「特にはなかったわね…」
「俺が食らった魔法は時空間圧縮という魔法だ。俺のいる空間をまるごと圧縮するっているかなり常識はずれな魔法。たぶん知らない人がみたらなにが起きたかさっぱりわからないだろう」
「なにそれ?そんな魔法聞いたことないわ。仮にそうだったとしても、それと魔王と一緒に行くことになんの関係があるの?」
「だからさ、俺の元で修行しない?魔法の」
「修行?」
「そう。確かに時空間の属性は希少だけど俺は魔王だからそんな魔法は全く難しくもなんともない。そして魔王という立場上希少な魔法使いが埋もれて消えてしまうのはもったいないから俺が直々に教えてあげるということさ」
正直、魅力的な誘いに思えた。
私は魔法使いという立場でありながら全く魔法が使えないに等しい。せいぜいできるのは簡単な呪いや罠の解除程度だ。
魔法が使えない魔女なんてコンプレックス以外なんでもないのだ。
でも…
「逃亡生活中なので修行なんてのんきなことしてられないわ」
「俺は魔王だよ?逃亡なんて訳ないし俺と来たら3食おやつ付きに雨風しのげるちゃんとした家と暖かいお布団もあるよ。お風呂ひろいよ」
「のった」
即答だった。
今まで食べるものがなくて川の水で1週間しのぐことだってあった。
森の中で魔物におびえながら夜を明かしたことも何度もあるし路地裏で段ボールにくるまって寝ることだってしょっちゅうだった。風呂なんてこの村に来るまで入った覚えすらない。
それに比べたらなんと魅力的だろう。
「決断はやいねぇ」
かくして、貧乏ホームレス紛いな生活とはオサラバを告げたのだ。
「じゃあそんな君に朗報。勇者と姫は死んでないよ」
「は?!?!じゃあさっきの話はいったい…」
「本来だったら死んでいるはずだったんだ。だけどもあの時俺は君がなにをしたか見ていた。致命傷を食らっても魔王だからね」
「…」
「ぎりぎりのところで二人を世界の狭間に閉じ込めたんだ。だから二人は生きているよ。どんなふうに生きているかは知らないけれど俺が様子をみたところ何やら世界の狭間に勇者の世界と同じ世界を作って楽しく暮らしているらしい」
「なによそれ…」
二人が生きている
その事実だけでこれほどに心の重たいものは外れるだなんて。
「だからね。二人を連れもどして君の冤罪を晴らそうと思うんだ」
「そんなことできるの?」
「俺は魔王だよ?その気になったら世界を支配することだって造作もない。
たった一人のへっぽこ魔法使いの冤罪を晴らすぐらい訳ないさ」
何の根拠もない。
むしろ騙されているかもしれない。
それなのにこの魔王、グレンという男の言葉の一つ一つは荒れすさんだ心にストン、と降りてきて正体不明の安堵感をもたらすのだ。
私自身そろそろ限界だったこともあると思う。
ただ、最後に信じてみよう、とさえおもえてしまった。