1-1.語り部さんはボロボロです
アナスタシア帝国には危機が迫っておりました。
その昔世界のすべてを支配した魔王が、この国を支配しようとしていたのです。
魔王がアナスタシア帝国を支配してしまったら私たちはどうなってしまうのでしょう?
想像するだけでも恐ろしいです。
みんなで力を合わせて魔王を倒そうと頑張りましたが魔王の力は強大でした。
なんと帝国の山の一つを半分に吹き飛ばしてしまったのです。
そこは今では魔界への入り口となってしまい瘴気が満ちて人は簡単に近づくことができません。
これはいけないと思った王子様とお姫様は異世界の勇者様を召喚することにしました。
異世界から召喚された勇者様は若く正義感に満ち溢れ剣の達人でした。
アナスタシア帝国のことを聞いてこれはいけないと魔王を倒すため立ち上がったのです。
どんなけがや病気でも治せる魔法が使えるお姫様と、
国で一番賢く弓の名手だった賢者様も一緒です。
旅の途中で魔王の魔法に対抗するため魔女も一緒に旅をすることになりました。
かくして4人は魔王を討伐するための旅にでることとなりました。
途中で困っている人を助けたり、とても強い魔王の部下と戦ったり旅は熾烈を極めました。
しかし、どんな困った状況になっても勇者様の勇気とお姫様のやさしさ、賢者様の知恵によって切り抜けついに魔王城までたどり着いたのです。
魔王はとても強く4人はボロボロでした。最後の最後、勇者様の放った一撃によってようやく魔王は倒れアナスタシア帝国には平和が訪れたのでした。
めでたしめでたし。
「すっげー!!!」
「魔王を倒したんだ!!」
「当たり前だろー、このあいだパレードがあったじゃないか」
「こんな山奥じゃそんなのみれねーし!!」
子供たちは口々に魔王討伐物語の感想を話し出した。これはつい先日まで繰り広げられていた魔族戦争を子供向けにアレンジした物語だ。
王都では童話になって出版もされているがここは山奥の田舎なのでまだまだ店頭には並んでいない。
そこで私のような語り部が子供たちに話を聞かせて周ることで魔王討伐物語は全国に広がっていくということだ。
「でもまだお姫様も勇者さまも目覚めていないんだよね…」
「一緒に旅していた魔女に裏切られたんでしょ?」」
「かわいそう…」
「ひでーよな!!」
「結局魔族は魔族ってことだよな!」
「魔女って魔法学校でも落ちこぼれだったんだろ?」
「勇者とお姫様になんで…」
「きっとうらやましかったんだ!!」
「勇者様もお姫様もかわいそう…」
「…そうね…この間のパレードにもいらっしゃらなかったから魔王と戦った時の傷が癒えていないんでしょうね」
この物語の主役ともいえる勇者と姫君はその後一緒に旅をしていた魔法使いの裏切りに合い深い傷を負った。
そのためまだ目覚めず昏睡状態となっている。
「さぁさぁ、今日はこれでおしまい!みんなそろそろ帰らないとおうちの人が心配するわよ」
「はーい!語り部さんもありがとー!」
「明日は文字を教えてねー!」
さっきまでおしゃべりに花を咲かせていた子供たちは素直に家に帰って行った。
語り部は読み書きが当然だけどできるからこういう田舎に来たら子供たちに読み書きを教えることが多い。
識字率の低いこの国では文字が読めないため貴族が領民を騙す行為が後を絶たないのだ。
そのため語り部というのは田舎へ行くと喜ばれる。
「やぁ、語り部さん。今日もありがとう」
「村長さん、こちらこそありがとうございます。こんな素性も知れない人を雇って頂いて」
「いやいや、こちらこそ安い賃金で済まないね」
「宿もお給金も頂いてしまい申し訳ないくらいですよ」
「田舎町だから宿なんて余ってしまっているくらいだから気にしなさんな」
背中の曲がった白髪交じりのおじいさん、この村の村長さんだ。
私がこの村で活動できるようにいろいろ手を回してくれた親切な人である。
「もう暗くないから早く戻りなさいよ」
「はぁい。ありがとうございます」
さっきまで子供たちを座らせていたシートの埃を払って小さくたたむ。
それを適当な袋にしまってカバンに入れるだけ。
「いつまでそこにいるつもりですか?」
「おや、バレていたかな?」
「当たり前じゃないですか。そんなに殺気を出していたらだれでもわかります」
ずっとこちらに殺気を飛ばしている魔族がいた。
気配に気づいてから子供たちを逃がし村長さんにも気取られなかったので我ながらうまくやったと思う。
魔族、もとい男だった。
ゆっくりと男のほうを振り向いた。
悠然と歩くそいつはまだ若い。私より少し上くらいの年齢にみえた。
細身の長身で赤と黒の長髪は無造作に見えて整えられている。身なりを整えているあたり魔族の中でも高位の種族だろう。
「いやぁ、魔族戦争の功労者が田舎町に追いやられていると聞いてちょっと様子を見にね」
「今なんて?」
「魔王討伐パーティーにいた魔法使い、ルチアさんだね」
「そんな人知りませんよ、だいたい魔法使いは今絶賛指名手配中じゃないですか。こんなところで堂々と語り部なんてしてるわけないでしょう」
「だから容姿を変えているんだろ?」
「だから違いますって」
「ほかの魔族や人間なら騙せるかもしれないが君の稚拙な魔法では僕までは騙せないよ」
「…」
「そうだろ?魔法使いルチアさん?」
瞬間、男から魔法の気配が溢れた。奥底の見えない禍々しさとつい膝をついてしまいそうになる神々しさ。
折れそうになる膝を奮い立たせ男をにらみ返した。
「あなた…魔王…?」
「ご名答。いかにも俺が魔族の王、魔法の支配者として君臨する魔王・グレンである」
男、グレンは恭しく一礼してみせた。
「でもあなたは勇者…セージが倒したはず…」
「あぁ、確かに致命傷は負ったよ。勇者のセージくんではなく、君の放った一撃でね」
「!!」
確かに魔王は倒した。
魔王と勇者の戦いは熾烈を極めました。勇者の渾身の一撃は魔王の急所を貫き
魔王は散り散りになって消え去ったのです。
それを見た魔族たちは恐れおののき去っていきました。
再び世界に平和が訪れたのです。めでたしめでたし。
これが語られている魔王討伐のお話だ。
しかし、勇者の放った一撃でということになっているが実は違う。
あのとき勇者の一撃ではなく魔法使いの放った一撃で魔王は消え去った。
でも真偽を確かめようにも勇者とお姫様からは確かめられないし魔法使いは指名手配中。賢者のみが事実を知るが実際のところ賢者は気を失っていたためこのあたりは理想を詰め込んだ大衆向けにアレンジされている。
つまるところ魔王との決戦時にいた人間はいないため真相を知っている者は倒された魔王以外いないのだ。
「さて、その魔法をといてみようか」
魔王がぱちん、と指を鳴らすと私の周りを光の粒が舞った。
くるくると、周る軌跡にそって姿を変える魔法が解けていく。
一般的な17歳の体型と明るい茶色の腰まで届く髪と同色の瞳から、腰まで届く手入れをおこたったドがつくストレートの黒髪、血色の悪い肌、光を宿さない黒い瞳と栄養不足が懸念されるい貧相な体型
「うわー、ルチアは変わってないね。というかさらに貧相になった?」
「うるさいわね…逃亡生活なんてしてたらこんなことにもなるわよ」
たしかに昔から美人ではなかったがここまでひどくはなかった。
そう、私は確かに魔王討伐パーティの一員で現在国際指名手配真っ最中の魔法使い、ルチアなのだ。
それが前述の理由により絶賛指名手配中。かれこれ半年に及ぶ逃亡生活ですっかりやつれてしまった。
変身魔法を急ごしらえで覚えて語り部という仕事を見つけていなかったら本当に危なかっただろう。
魔女と言いながら魔法の才能は下の下だったから変身魔法を覚えることができたことはかなりの成果である。
そんな生活だったからまともな食事にありついたのは最初に故郷である魔法学校で騙されたときを最後に逃亡して1ヶ月くらいたってからだったと思う。
「でもとんでもない冤罪だよね。魔王討伐の一番の功労者なのに指名手配だなんて」
「仕方ないわよ。きっとこういう役回りだったんだわ」
「ふぅん」
魔王は興味なさげにうなづいた。興味がないなら聞くなよ。
「でもあんたは確かに倒したはずなのになんでこんなところでのんびりしているの?」
「え~、あの程度で俺が倒されると思った?心外だなぁ。もともと王様との契約で倒されたふりをするだけだったからさ」
「は?!?!倒されたふり?!王様!?」
「あ、今の王様じゃなくて前の王様ね」
「じゃなくて…どういうことなの…」
こんなあっさり魔王を信じていいのか不安はあった。なにせこれはあの魔王討伐の旅が全くの無駄と言われているに等しいのだ。
期間にして約半年ほどではあったが道中魔王の部下という魔物と戦ったり、魔王城を攻略したりと、子供たちを熱狂させる程度の物語はあったはずなのに。
しかしこんな魔王を信じてしまうくらい私には情報が足りなかったのだ。