好きの気持ち
1つ、好きになること、好きでいることに努力を惜しまない。
1つ、もしも好きの気持ちが薄れたら、必ず申告する。
1つ、お互いの好きの気持ちが十分になれば、恋人になる。
約束を破っていないか、日記をつけることにします。
6月14日
今日は約束をした日です。
「好きです! 付き合ってください!」
そう言って、深々と頭を下げた彼。
ぼんやりとそれを眺めながら、私は思考をめぐらせました。
「……待てますか?」
「へ?」
必死に考えて出した答えだったんですけど。
彼はうまく呑み込めなかったらしく、きょとんと顔を上げました。
「えっと……私たちは、初対面ですよね?」
「あ、はい。で、でも! 貴女を好きな気持ちは本物です!」
「それを疑うことはしません。ですけど、私の気持ちが追い付かないんです。ですから……あぁ、こういう時はお友達から始めましょうと言うんでしたか?」
思い出した言葉を口に出していたのですが、それは断るための言葉ではないですか?
今考えてみると、なかなかにお粗末です。
それでも、理解してくれたのか、彼は喜びを顔にあふれさせて笑いました。
「が、頑張ります!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ちょっとだけ、彼とはうまくやれそうな気がします。
今日交わした約束は三つ。
1つ、好きになること、好きでいることに努力を惜しまない。
1つ、もしも好きの気持ちが薄れたら、必ず申告する。
1つ、お互いの好きの気持ちが十分になれば、恋人になる。
ちゃんと紙に書いて、彼にも持たせました。
「なんだか、事務的だなぁ……」
「薄れましたか?」
「んーん。なんか、ほっとした。僕の気持ちを、ちゃんと受け止めようとしてくれてる気がするからかな? でも、普通の人なら薄れちゃいそうかも?」
あまり、良いことではないと、自分でも分かっているつもりです。
でも、彼はニコニコと笑いながら、言ってくれました。
彼は彼なりに、私を受け止めようと、してくれているのでしょう。
私も、頑張ろうと思います。約束の不履行は、厳罰ですよ。
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6月16日
ぽつぽつと、小雨が降っていました。
折り畳み傘を忘れてしまった私は昇降口で立ち往生。
そんな日は、ぼけーっと、流れていく学生を眺めて過ごします。
いつも通りなら、そのまま時間が過ぎていきます。
「どうしたの?」
そんな私を、彼は目ざとく見つけて、声をかけてきました。
「傘を忘れてしまったので、どうしようかと考えていました」
「そっかー。じゃあ、僕の傘でも使う?」
「良いのですか?」
首をかしげて聞くと、顔を赤らめて目をそらしました。
やはり、迷惑なのではないでしょうか。
そう思って断ろうとしたら、彼は恥ずかしそうにつぶやきました。
「相合傘とか……してみない?」
「……!」
『好きになる努力を惜しまない』の一文が、私の胸に浮かびました。
恋人のような行為、はどうなのでしょう。
いえ、そんなことは関係なく、彼の申し出に少し胸が弾むのを感じました。
「よろしければ、ぜひ」
「は、うん。じゃ、じゃあ一緒に行こっか」
寄り添って歩いた駅までの道は、とても胸が苦しかったです。
恥ずかしい? 嬉しい? まだ、好きの気持ちはよくわかりません。
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7月1日
なんとなく思い立ち、珍しく外出することにしました。
行くあてと言えば、特にありません。
せいぜい、古本屋くらいでしょうか。読書が数少ない趣味な私ですから。
「こんにちは、奇遇ですね」
「あ、こんにちは。えっと、昨日ぶり?」
そんなふうに、ふらふらと立ち寄った古本屋のCDコーナーで彼と会いました。
そのまま何気ない会話を交わしました。
「どのくらいの頻度で来るんですか?」
「ほとんど毎週かな。あはは、家には娯楽が少ないから」
私も何度かあそこに行っていますが、彼のことを見つけたのは初めてです。
なんとなく、好きの気持ちが大きくなっているように感じました。
もしかしたら……いえ、それは都合が良すぎるでしょうか。
「貴女も何か聞いたりするの?」
「いえ、家にプレーヤーが無いもので」
「じゃあ、何か聞いてみようよ。どんなのが好き?」
無邪気に笑う彼に誘われて、いくつかのCDを試聴しました。
彼は、こうやって時間をつぶすのが趣味だそうです。
気に入ったCDを買って、家で聞きながら勉強していると聞きました。
「あ、この曲。好きです」
「やっぱり、優しい曲調が好きなんだね」
ニコニコと嬉しそうにする彼が不思議で、つい聞いてしまいました。
「私のことを知ることが、嬉しいんですか?」
「好きな人のことを知ることが、嬉しくない人はいないと思うな」
彼は、私が好きだと言ったCDと、中古のプレーヤーを買ってくれました。
今はその曲を聴きながら書いています。
なぜだか、頬が緩んで仕方ありません。新しい物に浮かれているのでしょうか。
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8月26日
彼の成績はそこそこ良いそうで、勉強を教えてもらうことになりました。
未来の私、今の私はあんまり成績が良くないです。頑張ってください。
「勉強ができるなんて、何の取り柄にもならないと思ってたけど。こういう時間が持てるなら、できててよかったなぁと思うよ」
「……取り柄にならない、ですか?」
今思いだしても、全国の学生に喧嘩を売ってますね。
でも、そんな彼の顔は少し悲しげで、私は彼を憎くは思いませんでした。
それは今でも同じです。
「結局、結果論だからさ。知識だの、記憶だの、記録だの。そんなのを増やすだけの時間。意気揚々と社会に出たら、それじゃ通用しないと全部殺される」
「それは……いささか、ひねくれ過ぎではないでしょうか?」
私には、そんな考えはありませんでした。
社会に出た後なんて、考えても、よくわからないです。
思い浮かぶのは、彼のあんな顔は見たくない、ということです。
「んー、まぁね。実際のところ、僕みたいに難しく考える必要は無いと思う。なんか、ごめんね。好きの気持ち、薄れちゃったよね。あはは」
「いえ、そんなことは。ありません」
ありません。ありえません。
一文字違いで大違いですね。明日は、そう伝えようと思います。
はっきりと言い切ると、彼は驚いた顔をして、少し大人の顔で頬をかきました。
「ありがと」
・・・・・・ん、彼はそう言いました。
なんだか、胸がどきどきしてきました。
きっと、テストが不安なせいです。勉強しましょう。
P.S. テスト後です。過去の私、これからも彼に勉強を教えてもらいなさい。
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9月10日
テストが終わって、ちょっと開放感です。
そういうわけで、彼と一緒に古本屋に行ってきました。
「デートみたいだね」
「そうですね。まだ、恋仲ではないのですが」
待ち合わせをして、コースを決めて、私服でお出かけでした。
これはデートと言っても過言ではないですね。
彼は私が行くよりも前に待ち合わせ場所に居ました。
「30分前行動は、いささか早すぎませんか?」
「んー、これも男の甲斐性、かな」
照れくさそうに、頬をかく彼は。何か、隠しているようにも見えました。
そんなことを言うわけにもいかず、いつもの古本屋へ。
「今日は、古本コーナーを回りましょう」
「うん、いろいろ教えてくれるとうれしいな」
彼はそういってくれましたが、大丈夫だったでしょうか。
なんだか、私ばかり話していた気がします。
……私らしくなく、はしゃぎすぎました。
「ファンタジーと一口に言っても、ローかハイかでかなり違います――」
「やっぱりローファンタジーは王道を作った人に続く傾向が――」
「ハイファンタジーは自由度が高いですが、その分読者の目も厳しく――」
もうやめましょう。
彼は、気持ちが薄れたとは、口に出しませんでした。
ずっと、しっかりと、私の話を聞いてくれました。
なんで、私は泣いてるんでしょうか。
……。
もう寝ましょう。
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10月14日
何の変哲もない日でした。
誰にも話しかけられず、誰にも話しかけない。そんな日でした。
当たり前の日。
何も、おかしなところは、ありません。でした。
彼に会うまでなら。
忙しかったそうです。
仕方がないと、そう思います。
生徒会のお仕事も、部長としてのお仕事も、本当に忙しそうで。
なんだか、めんどくさい女みたいです。
話せなくて、寂しいなんて。……何で、なんて。
恋仲でもないですし、そんなことを思う権利はありません。
どれくらい、好きの気持ちをためればいいんでしょう?
私には、わかりません。
ただただ、全然足りないとしか思えないのです。
昨日よりも、一昨日よりも、気持ちはどんどん大きくなって。
明日の私に負ける程度の好きの気持ちが、十分なはずがないのです。
……誰も、教えてくれませんよね。
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11月3日
今日は、彼に心配されてしまいました。
最近寝不足気味で、クマができていたからです。
「大丈夫? 寝れてないの?」
「えぇ、まあ……」
「何か心配事? 僕でいいなら聞くよ?」
正直、彼以外に話す相手はいないんですけど。
それでも、彼に理由を話すわけにはいきません。
傷ついた顔の彼を思い出すだけでも、罪悪感で死にそうですが。
絶対にダメです。
「……んー、じゃあどこかに遊びに行こうか」
「良いですね、もうそろそろ新しい本がほしいです。あ、あとCDもです」
「んーん、今日はちょっと違うところ」
彼は、ずかずかと人の心に入り込んできません。
それがとても心地いいのですが、今日は甘えすぎでしたね。
すこし、態度が悪かったかもしれません。明日謝っておきましょう。
……えっと
そうそう、連れていかれたのは化粧品売り場でした。
「何故、こんなところに?」
「なんかよくわからないけど、母さんがクマを隠す時によく使ってるんだって。若い時から化粧をするのは肌に良くないって言うけど、ちょっと貴女は無頓着すぎると思うなー。そういうところも好きだけど、せめて秘密にするなら隠し通してほしいな」
そっと、目の下を撫でながらそんなことを言われてしまいました。
そこまで言われて、断るなんて選択肢はありませんです。
何より、彼を心配させた挙句、我儘で彼を傷つけたのは私でしたから。
ちょっと気になったので、家に帰ってから数年ぶりに鏡を覗きました。
外に出ないせいで無駄に白い肌のせいか、クマが思ったより目立っていました。
それに、化粧を全くしないというのも、女性としてどうかと気づきました。
明日からは、ちょっとおめかししてみようと思います。
まずはこの、ファンデーションとやらを使えるようになりましょう、私。
P.S. 翌朝ですが、早くも挫折しそうです。ありがとうお母さん。
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11月25日
誕生日でした。いえ、知ってると思いますが。
なぜか彼が知ってました。いえ、教えたんですけど。
聞かれたことを忘れていたほど前ですから、とてもびっくりしました。
「誕生日おめでとう。これプレゼントね」
「へ? あ、ありがとうございます」
素っ頓狂な声が出てしまいました。恥ずかしかったです。
でも、とても嬉しかったです。今も、顔がニヤけます。
プレゼントはシンプルなチェーンバングルでした。
手作りだそうです。びっくりしすぎて、じっとしているのがつらいです。
青と金のリングが交互にかみ合った、シンプルながら手の込んだものです。
自惚れでなければ、私の瞳の色。そして、彼の瞳の色。その二色。
「あう……その、お返しは……どうしましょう」
「誕生日プレゼントなんだから、必要ないよ?」
「それでは、納得がいきません。せめて、貴方の誕生日を教えてください」
私に出来ることなんてたかが知れてますが、頑張りたいと思います。
まずは、彼の誕生日を忘れないようにしましょう。
2月14日だそうです。絶対に、忘れないように。
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12月14日
なんだか、町はクリスマスムードです。
そんな空気のせいでしょうか、少しだけ彼の本音が聞けてしまいました。
「クリスマスには、予定あるの?」
「いえ、特にありませんが」
「そっかぁ……デート、したいなぁ」
かなりの小声でしたが、なぜかはっきりと聞こえました。
何でそこで、私も行きたいです、の一言が出ないんでしょう。
恋仲でないからですか? 怖いからですか?
日記を見返せば、告白されて、6か月が経っています。
この日記帳だって、2冊目です。
好きの気持ちは、日ごとに大きくなるように思います。
胸が苦しいだとか、叫びながらゴロゴロしたいとかそんな夜を過ごしています。
なんだか、少女漫画の主人公みたいですね。
告白、したいです。
今度は、私から、好きです、と伝えたいです。
……ドキドキします。きっと、怖いんでしょう?
覚悟を、決めましょう。
いつまでもズルズル引き延ばすわけにはいきませんから。
そんなことをして、彼をとられたら、なんて考えたくもないですし。
あれ、まず私の物じゃないから、とられる、なんて言い方はおかしい気がします。
頭が混乱してきました。
……とりあえず。頑張りましょう、私。
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12月15日
やりました。
やったんです。よくやりました、私。
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12月16日
はしゃぐだけはしゃいで寝落ちとは、子供ですか。
とりあえず、昨日のことを頑張って書きましょう。
正直、平静でいることは難しいですが。
書いておかないときっと後悔します。頑張りましょう、私。
まず、大事な話ということで、二人きりになりました。
彼が告白してくれた、放課後の部室。実にうってつけでした。
今思い出しても顔が熱いので、きっと、その時の私は真っ赤だったと思います。
必死で呼吸を落ち着けて、逃げ出しそうな足を押さえつけていました。
「好きです、私と……付き合って、くれますか?」
真っすぐに、彼の瞳を見て言うことができました。
しばらく見つめあって、黙っていました。
「ありがと。僕でいいのなら、喜んで」
泣きました。えぇ、泣きましたとも。
人間って、嬉しくても涙が出るんですね。初めて実感しました。
ボロボロと涙をこぼす私を、彼はそっと抱きしめてくれました。
「慣れてっ……ぐず、ますね」
「え、したいと思った事を、してるだけなんだけどな……嫌?」
少し傷ついたような声で聞いてくる彼に、首を振って否定しました。
意地悪な言葉だったでしょうか。
とても、嬉しかったのですが。
どれくらいそのまま過ごしたんでしょう。時間の感覚がかなり曖昧です。
……その後については、ただ彼に甘えていただけなので割愛しましょう。
ここには、覚えておきたいことだけを書けばいいのです。
――――そう、これからも。ずっと。
彼が好き。その証明のために。