第弐部拾陸話
青海高校には休み時間に学生が寛げるようにラウンジが設けられている。一階の最も日当たりの良い場所に配置されており、学生は主に昼食時や放課後に利用している。
その一番目立つ場所で、一際、注目を浴びる集団がいた。
大谷慶と酒井、浩明達の一団が昼食の準備をしていたからだ。
皿と箸を人数分並べ、卓の中央に置かれた重箱がふたつ。
「じゃ~ん」
慶と絵里が重箱を開けると「おぉ……」と軽い歓声が酒井と浩明から起こる。
「すげぇ……」
「これは見事ですねえ」
定番の唐揚げ、エビフライにフライドポテトの揚げ物や、彩り良くトマトやサラダか入れられた一段目から、マヨネーズを和えたゆで卵、ハムや胡瓜、ソースカツを挟んだサンドイッチの詰められた二段目、三段目。誰が見ても市販されているものではなく、手作りなのが見て分かる。並べられると壮観である。
予想を越えた豪華さに、浩明と酒井から称賛の言葉が洩れると、慶と凪が満面の笑みで言った。
「ほら、やっぱり私達でお弁当を作ってきた方が良かったでしょ」
「リクエストしたのは全部作ってきたんだからね」
目立つ行動として、選んだのは親睦会を兼ねた全員での昼食会となった。発案者は紫桜である。
横領事件を解決させた四人に後から参加する形となった紫桜が皆と仲良くなりたいと言う希望もあって決まった。
因みに弁当は、女性陣による手作りであるが、これに関しては、浩明と慶でひと悶着があった。
自分達が作ると言う慶と、お互いに持ち寄ってと言う浩明とで意見が割れたからである。
慶としては、せっかくなのだから皆でお弁当を作ると主張し、浩明としては真相追求の為に行うのであって、他にやるべき事が有るからと互いに譲らなかった結果、女性陣でお弁当作り、浩明と酒井の二人でやるべき事を行うという、妥協案に落ち着いた。
その振り分けに、酒井と凪が反論したが、慶と絵里に「自分の作った料理を食べてもらえる好機よ」と説得され、顔を紅くした凪が、弁当作りに納得した事で、味方が居なくなり、あえなく敗退。
男性陣、特に浩明のリクエストを聞き出してから店を出ていく女性陣を恨みがましく睨み付けていた酒井は、一晩中、浩明に振り回される事となった。
とはいえ、同年代女子手作りのお弁当を食べる事が出来るのは、年頃の男子としては願ってもない事である。
色とりどりの料理を前にした酒井にとっては、前日の苦労が本当に報われる思いであった。
「それじゃ、頂きましょ」
慶の音頭で手を合わせると、慶と絵里は自分の分を、紫桜と凪は、まず浩明と酒井、二人の皿に料理を載せくれる。学内でも容姿、人気共に上位に入る慶達の手作り弁当だ。
周りで見ている学生達、特に男子学生達からは羨望の視線が向けられる。
女子から取り分けてもらい、本人は座ったままという、至れり尽くせりの待遇。
それを受けているのが魔術専攻科で最も人望の低い浩明と、信用を著しく落としている風紀委員会の酒井の二人だ。付け加えて言うなら、浩明の両隣には慶と凪、酒井の両隣は紫桜と絵里という、両手に花状態。
羨望の中に嫉妬が混じっているのも無理もない。
流石の酒井も、その視線に気付かない訳がなく、いざ実食となると、せっかくリクエストした料理に口を運ぶのに躊躇してしまう。
一方の浩明はと言うと……
「星野、どうよ、私の作ったカツサンドのお味は?」
「美味しく頂いてますよ。辛子が効いているのがいいですねえ」
「当然よ。夕さんから、アンタの好みは教えて貰ってるから。こっちの唐揚げも食べてよ。私の自信作よ」
周囲の視線など、気にする事なく料理の感想を求める凪に、談笑を交えて返しながら食事を楽しんでいた。
「よかったわねぇ、星野君に喜んでもらえて」
「本当に頑張ってたもんね。ポテトサラダにフルーツサンド、その皿にのせた料理は灯明寺さんが全部、味付けしてたのよ」
「ちょ、やめてくださいよ~。わ、私が食べたかったのも有るんですから」
絵里と慶のからかいの言葉に、凪も顔を紅くして答える。
「……目立ってるな」
「そ、そうですね……」
横領事件で一緒に行動していた事で、すっかり打ち解けている四人。
そんな談笑をしている四人を見ていて出た酒井のぼやきに、同意の言葉で返した紫桜だが、自分も注目を受ける存在だとは気付いていない。
理事長の親戚で、部員勧誘期間に浩明が起こした廃部騒動の発端となった張本人、紛れもなく有名人だ。
その四人に、加わる形で行動する事になった二人との親睦を兼ねての昼食会だが、思わぬ形で水を差された。
「会長、我々も御一緒させて貰えませんか」
六人の顔から笑みが消えた。
天統総一郎と風呂敷包みを抱えた雅が弁当箱を持って声をかけてきた。




