第弐部拾肆話
「なんだよ、馬鹿にしやがって……」
集合場所に指定した喫茶店に遅れて合流した浩明、凪、絵里に対して、酒井は山盛りのナポリタンにフォークを頬張り、毒付いた。
慶が一緒に来なかったのは生徒会の仕事が有るから先に行っていてほしいと言われたからだ。
「それで、彼女はどう答えたの?」
「知らないの一点張りでした」
絵里の問いに、紫桜が表情を曇らせて答えた。彼女もかなでに対する印象がかなり悪いようだ。
「旧校舎が何に使われてそうな心当たりはバカップルがいちゃついてたんじゃないかだってさ」
「うわ、そりゃ相当だわ」
ナポリタンをフォークに巻きながら酒井が、もにべもなく答えるのを、凪が呆れたように感想を口にしていると、酒井はナポリタンにタバスコを勢い任せに振り、味を変えている。
少しでも愚痴れば気が晴れるかと思ったが、そのやりきれなさはかなりのようだ。
「やっぱり、事件とは何の関係もないんでしょうか」
風紀委員長と自分に対して、あそこまで傲慢だった理由は、自分は無実だという絶対的な裏付けから来ているのかと、紫桜は推論を述べると、凪が続ける。
「若しくは……、風紀委員会に対する偏見?」
「お前……、直球で言ってくれるな」
「客観的に言っただけよ」
「酒井君は一切、関与していないし、そういった事をしないって言うのは分かってるからね」
悪意は無いからと、絵里も加わり補足を入れておく。
前任者の残した負の遺産。その厄介さを改めて痛感する。
なまじ、彼女が役員としては有能だっただけに、現風紀委員長の酒井にも勘ぐってしまうのだろう。
先代が有名だと、次の世代が苦労する。どこの世界も同じようだ。
「それで、里中達は何か収穫はあったのか?」
「畠山君が女たらしだって事が証明された位よ」
そう切り出して、浩明と畠山のやり取りを説明すると、酒井は「噂通りだな……」と、声を洩らし、紫桜は悪寒を覚えて、身体を震わせた。
お互いに報告しあっていると、遅れていた慶も合流した
「ごめんなさい。遅くなったかな」
申し訳なさそうな苦笑を浮かべて、慶は席に着くと深いため息を洩らした。
「会長、どうかしたんですか?」
疲労のこもった雰囲気に、思わず絵里がそう聞いてしまうのも無理が無い。
「大丈夫よ。ここに来る前に雅ちゃん達に捕まってたから」
「あぁ、それは大変だったわね」
それだけで、全てを悟り、労いの言葉をかける。
生徒会の業務を総一郎達に任せているとはいえ、最終的な決済は会長である慶の仕事である。
総一郎が私用でいない為、代わりに書類の決済を済ませてほしいと、雅に言われた慶は、生徒会室での仕事を終え、生徒会室を出ようとしたところで捕まり、調査に参加させてほしいと懇願された。
「昔の事を謝りたい」「和解がしたい」だの、「灯明寺凪が浩明を誑かした」「浩明だって康秀を傷付けた。お互いに謝罪し、水に流してやりたい」と言い、果ては「何故、兄妹の仲を裂こうとするのか」と、自分を都合の良い正当化させた言葉で迫られた。
それも、他の役員がいる前でだ。
雅達が浩明との和解を望んでいるのは、役員全てが知っていると言っても過言ではない。あくまで偶然なのか、故意なのかは分からないが、その役員達の前で、道徳知らずと言われているに等しい事をされた慶は、我慢に耐えきれなくなった結果。
「どれだけ頼まれようが、今回の件に貴方達を関わらせるつもりはありません。これ以上、言うなら、それ相応の対応を覚悟してもらいます」
そう、不快感を露にきっぱりと言い切ってから出てきた。
最後の一言が効いたようで、追いすがるような事はなかった。
追いかけてこなかったのは、普段、全く不快感を表に出さない慶が、感情を露にして言った事が、雅とこのみには予想外で、咄嗟に動けなかったからだろう。
「え、何それ、私、いつ星野を誑かしたのよ?」
慶の話を聞いて、誰もが言葉を失うなか、納得いかないと声をあげたのは凪だった。それも呆れたようにだ。
「彼女達にはそう見えてるんでしょうね」
絵里が、同様に呆れた口調で答える。
浩明の絶大な信頼を得ている凪の存在は、天統家関係者には相当に疎ましい存在のようだ。その身体を使い、浩明を籠絡した淫売とでも思っているのだろう。
凪にとっても、そして、彼女と親しい慶や絵里にとっても聞き捨てならない話である。
「て言うか、星野を誑し込めてたら、私だって苦労してないわよ」
凪の言葉に、絵里と慶が深く何度も頷いた。
凪が浩明に好意を抱いているを知っている二人も、なかなか関係が進展しない浩明と凪に、やきもきする日々が続いている。
私の相棒になってほしい
そう言われたと凪から聞いた時には、思わず喝采の声をあげたが、そこからは未だに進展には至ってないのだから当然だ。
だからこそ、雅達が凪の事を悪く言っても、全面的に否定する事ができる。
「まぁ、もう慣れたようなものだけどね」
「慣れたって事は前から言われていたんですか?」
「雅ちゃんが退院してから何度かね。あ、勿論、毎回、ちゃんと断ってるわよ」
絵里に聞かれて、慶は辟易とした表情で答えたところで、はっと表情を変えた。この場には当事者もいるのだ。余計な誤解は与えたくない。
「知らなかったわ。私には何も言ってこないから」
自分の知らないところで、そんな事があったとは……
絵里は思わず声に出ていた。それと同時に疑問が湧いた。
「それなら、私にも話が来ると思うんだけど……」
自分も慶と同様、二人と共に行動していたのだ。声を掛けられてもおかしくはない。
「それに関しては、会長の置かれている立場が関係してると思いますよ」
その疑問に答えたのは浩明だった。それまで絵里が用意した畠山義継の資料に目を通しながら、聞き役に徹していた浩明だったが、自分に関係する話を聞き流す事は出来なかった。
「今の会長があるのは、天統家の次期御当主殿達の協力があってこそです。その恩は多大なものかと思います。その恩に対して応えて貰えるかと言う期待があるのでは有りませんかねえ」
「借りが有るって事?」
凪の問いに、浩明は「その通りです」と答えると、今度は、酒井が声を出した。
「それなら、何で会長はそれを断るんだよ。今の話の通りだと、会長は天統達への恩を返していないって事だぞ」
浩明の言い分を聞くなら、慶は、話し合いの場を設けている筈だ。ところが、実際は全て断り続けているのはどう考えても矛盾している。
「それに関しては、会長の御父君から止められているのでは有りませんかねえ」
「御父君?」
酒井の疑問に、浩明は推論を挙げると、全員の視線が慶に向かった。
確認の視線に、慶は「参ったわ」と、最初とは別の意味でため息を漏らした。
「星野君の言う通り、天統君と星野君の関係には手出しするなってお父様から止められているわ。責任の取れない事はするなってね」
「あなた、よく分かったわね」
「当然です」
感心する絵里だったが、浩明は断言して答えた。
「こちらから直接、お願いしましたから」
「何よそれ!」
台無しである。
慶の父、大谷吉秀は、横領事件の事後処理で訪れた際、お詫びと礼を兼ねて、星野家を訪れた際、慶に対して自分達と天統家との関係には口出しをしないようにするようにと頼んだ。橘明美との謝罪の場を設けた彼女だ。和解の場を設けかねない話だ。
仕事の関係上、浩明と、その兄、英二の人となりはよく分かっているし、天統家に抱いている感情もよく分かっている吉秀は、それに応じ、慶にはよく言い聞かせて釘を差した。
両家の和解を望もうとするな。
その行為は、自分を助けてくれた浩明と凪への恩を仇で返すも同然だと。
「だから、私は何もしないって決めてるのよ。天統君達には感謝してるけど、星野君達にも感謝してるし、大事な友人だからね」
けじめはきっちり付けているからと、浩明と凪に苦笑交じりで微笑みながら答えたのだった。
「そうか……、両方とも知らないって返事だったのね」
ひと息ついた慶に、酒井と絵里は、お互いに報告を済ませる。
とはいえ、どちらも余り、成果は挙げられなかったという、暗い内容に、口調は自然と重くなった。
「どちらにしろ、全員が知らないって言う事は打つ手が無いって事になるわね」
「他の証言も似たような感じだし」
参ったと、額に手を当てて絵里が天を仰ぎ、凪が項垂れる。
分かっているのは防壁魔法が旧校舎で使われていた事だけ。
完全に手詰まりだ。
「ほ、星野君、何か突破口になりそうな方法って無いかな?」
状況を見かねて、慶は浩明に助けを求める。
頭の回転が早い男だ。何かしらの策が有る筈だ。
それまで珈琲を口に付けつつ、新聞部で手に入れた資料を見ながら、聞き役に徹していた浩明は、「そうですねえ……」と思案気に述べ、全員の意志が自分に向いたのを確認すると、おもむろに切り出した。
「今、学内で最も注目を集めている事は何でしょうか?」
「それは……爆破事件でしょ」
「正確にはこのメンバーで事件解決に動いてる事だけどね」
「こんなメンバーで動いてりゃ当然でしょ」
会長の答えに、絵里と凪が付け加えると、浩明が「成程」と答える。
「では、我々が行って話題になる、或いは目立つ行動は何かありますか」
「目立つ行動……、また、風紀委員会とひと悶着でも起こしちゃう?」
「やめなさい」
物騒な提案を、それも風紀委員長のいる目の前で言い切る凪を、絵里が止める。
「勘弁してくれ。大体、これ以上、目立ってどうすんだよ」
「無理にとは言いません。ですが、上手くいけば委員長が今やっている暴飲暴食の溜飲が晴らせるかもしれませんよ」
波乱の予感を思わせる浩明の言葉。何か思案が有るのは確かのようだ。




