第弐部拾参話
「……今度は何?」
酒井と紫桜の訪問に対して、斯波かなでは不機嫌を隠す事なく、眉間に皺を寄せ二人を睨んできた。
「ば、爆破事件の事でもう少し聞きたい事が有って……」
「はぁ、また?」
用件を切り出した途端に、不機嫌を露に返され、二人はたじろぐ。
「一番最初に現場に着いたからって、何度も何度も同じ事を言わなきゃならないのよ!」
「ふ、不満は分からなくもないが、学校側から調査をするよう言われてるんだ」
「ね、姉さん、いや、理事長からの指示なんです……」
自分達の立場も分かってほしい。
そう伝えると、かなでは諦めの溜め息を洩らしてから、「入って」と、二人を中に入るように促した。
外でする話ではないとの判断したのだろう。
「それで……聞きたい事って何?」
切り出された酒井と紫桜は、旧校舎で術式解析をした事を伝える。
「防壁魔法……それが何よ?」
「それで……なんで旧校舎で防壁魔法が使われていたのか心当たりがないかと思って来たんだ」
「はぁ、そんなの知るわけないでしょ」
玄関の壁に背を預けて腕を組んで、聞いていたかなでは手をひらひらと振って答えた。
見当違いを小馬鹿にした横柄な態度に、酒井は眉をひくつかる。
一触即発の雰囲気を機敏に感じて紫桜はおどおどと酒井とかなでを交互に見て様子を伺う。
しかし、酒井は「そ、そうだな」と答えると、次の質問に切り出した。
「では、旧校舎を誰か使ってそうな人に心当たりは無いかな?」
「知らないわよ。どっかのバカップルがいちゃつくのに使ってんじゃないの?」
投げやりな答えで返され、苛立ちが高まる。
馬鹿にしてると露骨な態度に、あくまで酒井は冷静さを装い、苦笑を浮かべて「そ、そうか」と答えるのがやっとだった。
「聞きたい事はそれだけ? だったらもう帰ってくれない。一日に何度も同じ事を答えるのはうざいんだけど」
鬱陶しいという感情を露にした彼女を前に、酒井は、「も、もうひとつだけいいかな?」と続ける。
「き、旧校舎だけど、君自身は何かしらで利用した事は有るかな?」
「ないわよ、聞きたい事はそれだけなら帰って!」
追い出される形で、二人は斯波家を出た。
一方の浩明と凪と絵里は、資料を便りに斯波かなでの同級生で元彼の畠山義継に話を聞きに来ていた。
声を掛けた時に、怪訝な表情を向けてきたが、今回の爆破事件の第一発見者が斯波かなでであり、人となりが知りたいから話を聞きに来たと言うと、「あぁ、いいですよ」と、軽い口調で応じた。
「それで、あいつの何が聞きたいんですか?」
「どのような方だったか人となりを教えてもらえませんか」
「どんなって……普通ですよ。顔も良かったし」
思い出したかのように、凪と絵里を舐め回すように視線を向ける。
それに二人が眉をひそめると、畠山は何事も無かったように人当たりの良い笑みを浮かべて視線を離した。
「お付き合いをされていたようですが、どうしていった経緯だったんでしょうか?」
「話が合ったから、ちょっと付き合ってただけですよ」
食堂で席が隣になったのが切っ掛けで、付き合うようになったのだと言う説明を、浩明は成程と頷く。
「因みに別れた理由は何だったのでしょうか?」
「……君、結構、踏み込んでくるね」
「お気にさわられましたか」
遠慮の無い浩明は詫びるが、畠山は「構いませんよ」と軽く応じてから続ける。
「色々と合わなかったんですよ。最初はいいなと思ってたんすけどね。それで、こっちから別れようって言ったんですよ」
性格の不一致だと、ニコニコと変わらず人当たりの良い笑みを浮かべて答える畠山に、浩明は「成程」と答える一方、凪と絵里は居心地悪そうに眉をひそめる。
「交際期間はどの位だったのでしょうか」
「二週間程ですよ」
「二週間……成程、因みに合わなかった事と何なのでしょうか?」
「は?」
勝手に納得した後に続いた質問の意味が分からず、それまでの笑みが畠山の表情から消える。
「お互いに合わない事が有るのは分かります。ですが、僅か二週間で別れを決意するほどの決定的に合わなかった事は何なのか、気になったものですからねえ」
「そんな事、なんで君に話す必要が有るのかな?」
「ほ、星野、そこまで聞く必要はないでしょ」
露骨な嫌悪感を浮かべる畠山を見て、凪が浩明を止めに入る。流石に踏み込み過ぎだ。
「ご、ごめんね。彼、周りが見えない時があるから」
苦笑を浮かべて絵里が弁護すると、「そうですか」と畠山は答えた。
「ちなみに、別れた後は何もなかったのでしょうか?」
「それなんですがね……」
浩明の問いに、畠山は苦笑を浮かべて答える。
「あいつ、未練がましく追いかけ回してきてたんですよ」
「追いかけ回してきた?」
「ストーカーっすよ」
昼食時や、授業の空き時間、自宅付近まで何度も見かけたと、思い出して迷惑そうな表情を浮かべた。
「付きまとわれてただけで、何もしてこなかったから、文句は言わなかったけど、ちょっとうざかったんですよ」
「何もしてこなかった……。復縁を迫った、或いは私物や自分の出したゴミ等の持っていかれたりとかはなかったのですか?」
「ないですよ気持ち悪い」
出された例えに嫌悪感を露にする。本当にされていたらと思うと当然の反応だろう。
「その付きまといですが、今もされているのですか?」
「今はないですよ。しばらくしたらなくなりましたよ」
「今はない……。未練があって付きまとっていたのにですか?」
「知りませんよ。あいつの事なんで。それより、もういいですか。連れが来るんで」
「連れ、それはご友人ですか、それとも新しい彼女でしょうか?」
「それ、事件に関係あるんですか?」
浩明の問いに薄笑いの笑みを浮かべて聞き返してくるのを、凪と絵里は頬を引きつらせて見ている。
この流れで、その質問をするのかと言う驚嘆が出ている。
私的な話には応じるつもりがない。
それに対して尚も食い下がるつもりのない浩明だったが、それは女子生徒の声によって止められた。
「ツグく~ん、お待たせ~」
「ちょっと和泉、待ちなさいよ」
「義継君が困るでしょ」
彼に対して手を振りながら駆け寄る女子生徒の声に、張りつめていた空気が和らいだ。どうやら待ち合わせの相手のようだ。
「ごめん、待ったかな」
申し訳なさそうに出した言葉に、畠山は「いや、ちょうど良かった」と、待ち合わせていた女子、三人に軽く手を振って答える。
「あれ、この人達は……」
右頬に手を当てている和泉と呼ばれた女子生徒が、浩明達を見て困惑の言葉を漏らすと、畠山は「何でもないよ」無関係だと答える。
「もういいですか。連れも来たんで」
待ち合わせの相手が来た事で、ここから逃げ出す大義名分が出来たからだ。
「あぁ、それは失礼。もう充分ですので」
「全く……何ですか?」
悪態を付いて去ろうとする畠山の後を、女子生徒達は戸惑いながら付いて行こうとして、「あぁ、そういえば」と、浩明は声をあげて、四人を止めた。
「何だよ」
心底、嫌そうな表情で畠山は振り返り、女子三人は何かと首を傾げている。
「爆発が起きた時は何をされてましたか?」
「……もしかして疑われてます?」
「一応、全員に聞いてますので」
「……授業が終わるまで、屋上でのんびりしてましたよ。この子達と待ち合わせしてましたから」
「では、爆破された旧校舎ですが、誰かが使用されていた形跡が有ったのですが、心当たり等は有りませんか?」
「は?」
「旧校舎に行った事がある、或いは行っている人に心当たりが有ればと思いまして」
「知りませんよ。あんな机と椅子しかない所なんて」
「分かりました。最後に、これなのですが……」と、携帯端末から旧校舎で撮影した銀色の空袋のゴミの写真を出した。
「旧校舎に落ちてたのですが、何が入っていたのか分かりませんか?」
「はぁ……、悪いけど、心当たりないですね」
一瞬、目を見開いてから首を振る。
「そうですか。では……」と、今度は、待ち合わせの相手の女子生徒達に声を掛ける。
「そちらの皆さんは……爆発が起きた時、どうされてましたか?」
「えっと……私は授業を受けてました。いつもは空き時間なんですけど、今日は時間割の変更が有ったんで」
「時間割の変更?」
「なんでも、次の授業日に予定が入ったからだって、言ってましたよ」
調べられると思ったのか、和泉と呼ばれた少女は、右頬に手を当てて思案してから、内情を含めて説明してくる。
「私は通常授業でしたよ。その後も、普通に授業だったんで、教室移動の準備をしてました」
和泉と呼んだ少女も、丁寧に説明をし、最後に来た少女も「私も一緒です」と答えた。
「旧校舎が使われた事に関しては何か思い当たる事は?」
「さぁ……」
振られた和泉は、今度は左頬に当てて曖昧に答え、それに続いて、二人も「無いですね……」と同様に返された。
「……顎、どうかなされましたか?」
「へ?」
「ずっと、両頬に何度も手を当てているようですから、何かあったのかと思いまして」
「そ、それは……な、何でもないですから。癖、そう、癖なんです」
慌てて和泉は、頬から手を離して誤魔化すが、そこが畠山の限界だった。
「もういいですか」
「あぁ、もうひとつだけよろしいでしょうか」
「まだあるんですか?」
いい加減、うんざりしている畠山に、「これで最後ですから」と、浩明は前置きしてから、する。
「彼、交際されていた斯波かなでさんに付きまとい行為をされていたそうですが、どうしてか心当たりはありませんか?」
「心当たりって……」
「同性には違った見方もあるかと思いまして」
「さぁ……、未練でもあったんじゃないんですか」
「ツグ君、カッコいいもんねぇ~」
「まぁ、今更、遅いけどねぇ」
三人は顔を見合せ、思案にくれるも、和泉を筆頭に、まともな返答はなかった。
「もういいですよね。みんな、行くよ!」
「あ、待ってよ」
待たされ続けて、不快感を露に畠山が促すと、女子生徒三人はは浩明達にぺこりと頭を下げてから、小走りで付いていった。
「なんと言いますか……女性に対して正直過ぎる方でしたねえ」
「それ本気で言ってる?」
「ただの女好きじゃない」
凪と絵里に配慮し、あくまで穏便に出した浩明に対して、絵里が聞き返し、畠山が去った先を見ながら凪が吐き捨てるように言った。浩明の配慮はいらなかったようだ。
「何よあれ! ずっと私の胸、見てたわよ!」
肢体を食い入るように見られていた事に、凪は思わず腕を抱き締め、悪寒を走らせてしまう。自意識過剰と取られかねない発言だが、常日頃、同性からも羨望の眼差しを向けられている彼女なら、決してそう受け取られる事は無いだろう。何せ彼女の胸元には立派なものが搭載されている。
「噂通りの女好きだったわね」
「噂?」
浩明に聞かれた絵里は、げんなりとした表情で答える。
「畠山義継、魔術専攻科所属、不特定多数の女子を侍らせてる学校一の博愛主義者よ」
「何それ、ハーレム願望でもあんの?」
凪が更に嫌悪感を浮かべるが、絵里から返ってきた答えは、その上を行っていた。
「付き合いたいって言った女の子には来る者は拒まず。今、一緒にいた三人が特に一緒にいる所謂、畠山君の恋人達よ」
「嘘でしょ?」
四人が去った先と、絵里の顔を交互に見直してから、改めて聞き直す。
ーあんな女好きが?
そう言う感情がありありと見える。
「他にも噂される子はいるけど、今、一緒にいた河内和泉、堺湊、和田岬の三人は有名よ。畠山ハーレムとかラバーズなんて言われてるのよ」
「うわぁ……」
感嘆なのか呆れなのか分からない声が洩れる。
「見た目も人当たりもいいし、そこそこ成績もいいから女子受けが良いんだけど、結局は二股、三股でしょ。それに文句を言った交際相手には、去る者追わずで振っちゃうから、困るのよね」
所謂、英雄色を好むとくるのだから、始末が悪い。
「それで、何か気付いた事はあった?」
「そうですねえ。博愛主義の彼と斯波かなでさんとで合わなかった事が何かも気になるところですが、付きまといをしていた方が気になりますねえ」
「未練とかじゃないの。彼女の方が振られたんだし」
「畠山ラバーズ」と、言い得て妙な名称で呼ばれた三人の言い分に自分の憶測を絵里は入れて答える。
「未練が有るなら、復縁を迫ったり、あの三人に危害を加えたりしませんかねえ」
「何で君は、そう過激な事ばかり思い付くのよ」
「可能性の話ですよ。そう言う話も聞きますからねえ」
敢えてだと答える浩明に、絵里はげんなりしている。
「他に気になるところは?」
「そうですねえ、彼の選択している科目は分かりますか?」
「科目?」
「出来れば、待ち合わせをしていた三人のも分かると助かるのですが」
「ちょっと、そんなの聞かれても分かる訳……」
急かす浩明を凪が止める。情報通の絵里でも、学生の個人情報にまで手を出すわけが……
「分かった。部室のデータを照会すれば一発で分かるわ」
「有るの? なんで!?」
まわっていたようで、思わず凪が驚くと同時に疑問を聞き返す。
「有名人の選択科目は、学生にとって重要よ。特に生徒会役員の履修届けなんて偽物まで飛び交う大騒ぎになるのよ。みんな同じ科目を受けたがるから」
天統家と結城家の次期当主が在籍する高嶺の花の生徒会、声はかけられなくとも、せめて同じ空間を共有したいと言う学生にとって、憶測も飛び交う大騒ぎになる。直接、教えて貰えばいいのではと思うが、悲しい哉、情報に右往左往する輩はそこまで深い接点がない。
「因みに……今年は星野君の選択科目に注目が集まってたけどね」
「おや?」
「え、マジで!?」
意外な情報に、浩明と凪、二人から驚きの声が上がった。
「嘘でしょ! 何でコイツに? ありえないでしょ!」
凪の声が響く。
当の本人よりも狼狽する騒ぎ方だ。
それを、絵里は軽く笑みを浮かべて、その疑問に答える。
「逆もしかりって事よ」
「逆?」
「一緒の科目だけは受けたくないからよ。忘れた? 入学早々、何があったか?」
言われてみればその通りである。
入学早々、上級者相手に大立ち回り、部員勧誘期間にはあわや全クラブを活動休止寸前に追い込んだ危険人物だ。一緒の科目を受けたがるわけがない。
……たった一名を除いて
「なんだ、そう言う事か……」
「ま、まぁ、そう言う事よ」
からかわれていた事に気付く事なく、安堵のため息を吐く凪に、絵里は苦笑に近い、頬を軽く引きつらせた笑みで答えた。
軽くからかうつもりで言った事であるが、まさか、そこまで狼狽されるとは思っていなかったからだ。
恋は盲目、惚気と言う無意識の反撃に、絵里は心を軽く抉られたのだった。




