第弐部拾弐話
斯波かなでの行動に疑問を抱き続けた浩明は、全員を連れて再び現場に来ていた。
本来、勝手に現場に入るのは厳禁であるが、浩明達は「現場を荒らさない限りは構わない」と、理事長から立ち入り許可を貰っている。
最も、許可をしなくても浩明なら勝手に入るのが目に見えている。それならば、問題にならない程度で認める方が良いとの判断である。
「では京極の御令嬢、お願いします」
「わ、分かりました。それでは準備に取りかかりますから、ちょっと待っててください」
紫桜は頷き、床にしゃがむと、自分の所属する部、魔法工学部から持ってきていた工具箱を開けた道具を広げ始め。
浩明が、紫桜にお願いしたのは爆発の起こった現場でどのような魔法が使われたのか、術式の痕跡を調べてほしいと頼んだからである。
魔法工学部所属の紫桜は、術式解析を得意としている。それを汲んでの要望だった。
「星野、術式の痕跡を調べる事と、斯波かなでの行動がどう繋がるんだよ?」
「誰がどう見ても爆裂魔法を使ったのは見れば分かるんじゃないの?」
「それに、魔法が使われた痕跡が有ったとしても、誰が使ったかまでは分からないのよ」
「言いたい事は分かっています。外壁に対しては爆裂魔法が使われたのは一目瞭然です」
確かに、酒井と凪と慶の言う通りであった。
「だったら、やる意味はないだろ。その外壁だってお前が切り落としたんだから」
あくまで分かるのは何の術式が使われたのかまでで、誰が行使したかまでは解析が出来ない。未だ発展途上の分野でる。
しかし、それでも浩明は紫桜に頼んだ。
「本当に使われていたのは爆裂魔法だけだったのか、あの爆発が起きた時に、他にも別の魔法が使われていたのではないかと思いまして」
「別の魔法……ねぇ」
半信半疑で酒井がそう返すと、紫桜が「お待たせしました」と準備が終わった事を知らせてきた。
「それじゃ早速、やりますね」
組み立てられ、床に置かれた小型の機械、自身の魔法の威力を高める増幅装置、その前に片膝をついた紫桜は増幅装置に手をかざして術式を展開した。
紫桜が発動させたのは魔法術式の痕跡を浮かび上がらせる事を目的とする広域型の探知魔法である。
その探知魔法は、教室の床にくっきりと魔方陣を浮かび上がらせていた。
「こ、これは……床と内側の壁に防壁の付与魔法が組み込まれてます」
「防壁の付与魔法?」
酒井が思わず声をあげる。
付与魔法
物、或いは他者に対しての補助を目的として行使される術式であり、その起動方法は付与を行う対象に対して、コンバーターを用いて、発動させる方法と、物自体に術式を組み込み、魔力を送り込む事、或いは一定時間、若しくは一定条件で発動させる方法に分けられる。
「やはり、防壁魔法が使われていましたか」
「どういう事だよ」
分かっていたとばかりに答える浩明に、酒井は怪訝に眉を寄せる。
「爆発の起きた時の衝撃で室内により、室内の物は吹き飛ばされていますが、床や壁に対しては殆ど影響を受けていません。衝撃というものは、四方に及ぶものです。あれ程の衝撃を間近で受けていながら、壁は窓ガラスが割れている程度で、床に至っては殆ど影響を受けていない。これはいくらなんでも不自然です」
「つまり、この壁だけを狙ってやったって事?」
「なんでそんな事する必要が有るんですか?」
「防壁魔法を使うと言う事は、そこに何かあっては困ると言う事です。この壁、若しくはこの下に有るものを巻き込むわけにいかなかったのではありませんかねえ」
慶と紫桜の問いに、浩明は壁と床を指差して答える。
「巻き込むわけって、何が有るんだよ?」
「さぁ……、物置代わりに使われているのでしたら、何か貴重な物が保管されていてもおかしくはないと思いますよ」
「……机と椅子しか無いわね」
浩明の指摘に従い、隣の教室と階下の教室の確認をしたのであるが、見事に不発だった。
置いてあるのは、旧校舎で授業をしていた時に使われていたであろう机と椅子が置かれているだけで、後は空き缶や誰かが食べた後そのままにしたであろうパンや菓子の空き袋等のゴミが落ちている程度だった。
「不発かぁ……、隣の部屋もなんかガラクタばかりだったし」
浩明の予想が外れた事に凪から落胆のため息が洩れた。
相棒を自負する彼女からしたら残念な結果である。
一方の浩明は、落ちているゴミや空き缶を拾っては何度も確認し、携帯端末のカメラで次々と写真に収めていると、最後に残った銀色の空き袋を指で掴みながらまじまじと見始めた。
「これ、何が入っていたんでしょうかねえ?」
「さぁ……」
そこまで気にするものなのかと、酒井が呆れたように返すと、袋の中まで見終えた浩明は、それも写真に収めて、携帯端末を片付ける。
「そのゴミを見て、何か分かったのか?」
「誰かがここで何かされていたようですねえ。それもつい最近です」
「こんな所で?」
浩明はパンの空き袋に記載されている賞味期限の表示を酒井に見せる。
「賞味期限は……明日までです。このゴミの量からして一人ではなく二人分でしょうか、少なくともここ数日中に誰かがここに来ていたのは間違いないようですよ」
「いたからってなんだよ」
酒井の疑問に浩明は「仮にですが……」と言って続ける。
「斯波先輩がこの場にいた人物と知り合いで、爆発が起きたあの時間に、ここに来る事を知っていたとしたらどうでしょうか」
「まさか、狙われていたのは……人だったって事?」
絵里の問いに浩明は淡々と答える。
「そう考えれば、斯波先輩が、敢えて旧校舎から離れた場所にいた理由も納得がいくのですがねえ」
「そんな馬鹿な、仮に狙う相手がいたとして、どうして防壁魔法を使う必要があるんだよ」
酒井が呆れ顔で反論する。
危害を加えようとしていながら、防壁で守ろうとする。矛盾している行動に疑問を抱いて当然だ。堂々巡りに陥りそうになったのを止めたのは、「まぁまぁ」と手を軽く叩いた慶だった。
「今のはあくまで星野君の出した推論なんだから、そう深く考える必要は無いんじゃないかな」
慶に続いて、凪が補足に入る。
「まぁ、星野が言った通り、旧校舎に人がいたのは間違いないんだから、誰が何の目的でいたのか調べてからでも遅くないでしょ」
あくまで、状況証拠による推論。情報収集も不十分の段階で結論を急ぐ必要は無い。
そう諭されて、酒井は「そ、それもそうだな」と、矛を納めて、この話を締めた。




