第弐部拾壱話
「お前達か! 里中を焚き付けたのは!?」
「ほ、本当に……本っっ当に大変だったんですからね!」
浩明、凪、慶、絵里の四人は、理事長室から戻ってきた酒井と紫桜と屋上で合流した途端、浩明は詰め寄られ、胸倉を掴まれた。紫桜にいたっては涙目だ。
理事長に、昨日の事をまとめた話をしている最中、地響きが聞こえてきたと思ったら、突然ドアが勢いよく開き、「ジヤーナリストーーーー!!」と叫びながら絵里が乗り込んできたそうだ。
目が血走り、頭をゆらりゆらりと振りながら理事長の前に歩み寄り、バンッと机を叩き「お願いが有ります」と事件調査のメンバーとして参加させるよう要求しだした。
理事長の由乃が、「出来るわけないだろ!」と雰囲気にのまれながらもきっぱりと断ったのだが、「星野と灯明寺は実績を買われて参加してるなら、一緒に行動した自分にも参加する権利が有る!」と喰い下がらずに噛み付いたのだ。それも、目が血走り、地獄の釜の底から響くような声で迫るという異様な雰囲気で由乃に迫り、酒井と紫桜の二人は絵里を由乃から引き離そうとして、抵抗されて大暴れ。その勢いに押し切られ、強引に参加の許可を取り付けた。
完全勝利を決め、満面の笑みを浮かべる絵里とは対象的に、疲れきった顔で戻ってきた酒井と紫桜は、大惨事の発端が浩明達にあると断定し、合流したと同時に三人に詰め寄っていたのだ。
「委員長、我々の名誉の為に言っておきますが、今回の件は少々、誤解が有るのですがねえ」
「お前、まだ言うか!?」
「酒井先輩、殴って下さい。この人、気の済むまで殴って眼鏡をへし折って下さい!」
弁明の言葉にも聞く耳すら持たず、それどころか自己主張の乏しい紫桜が「殴れ」だの「眼鏡をへし折れ」と物理的報復を煽るのだから恐怖と怒りは相当のようだ。
慌てて凪と慶が止めに入る。
「二人とも落ち着いて!」
「悪いのは全部、絵里ちゃんだから!」
目の前で、暴行事件発生は流石に不味いと必死になるが、そこに浩明も抗弁に入る。
「そもそも委員長の行為は見当外れですよ。直談判を勧めたのは灯明寺で、止めに行かなかったのは会長です。糾弾するなら二人の方ではありませんか?」
「何だと?」
「あ、馬鹿!」
「余計な事を……」
ここにきて、まさかの裏切り行為。酒井と紫桜の怒りの矛先が二人に向けられた。
「今のは本当ですか?」
「いや、それは……」
酒井に迫られ、慶は目を逸らしながら、苦笑いで返す言葉を絞り出そうとするが、何も出てこない。
何を言っても泥沼にしかなりそうにないからだ。下手をすれば、火に油だ。
結局、二人が落ち着くまでにはその後、一時間を要したのだった。
「……というわけで、理事長の許可も出たので新聞部の里中にもメンバーに入ってもらう事となった」
「改めて、よろしくね」
酒井に紹介された絵里は笑顔で軽く一礼した。酒井の語気が荒気なのは、未だに怒りが収まりきって無いからだろう。そこは指摘しないでおいた。
「そ、それで……」と、見計らって慶が切り出した。問題の起こりそうな話題は早々に切り替えるに限る。
「理事長への報告はどうだったの?」
「えっと……特に、何も有りませんでしたよ」
「まぁ、里中の件でまた胃薬と頭痛薬を飲んでたみたいだがな」
「このまま行ったら入院しちゃいそうね」
紫桜と酒井の言葉に対して凪がぼやくが、当たりかねない話なので突っ込むに突っ込めない。
「会長達の方は……」
「あ、これ、里中さんに調べてもらった斯波さんの資料ね」
受け取った資料を赤松は軽く目を通すと浩明に目を向けた。
「星野、これを見て何か気付いた事は有るか?」
「はい?」
酒井の問いに浩明は思わず聞き返した。
慶や凪、紫桜も驚いた表情で酒井を見ている。
「なんだ、何がおかしい?」
「いや、酒井君が星野君に意見を求めるなんて思ってなかったから」
「情報の共有位、別におかしくないだろ」
三人を代表した慶の言葉に、酒井はぶっきらぼうに答えると、話題を元に戻した。
「それで、どうなんだ?」
「資料を見ただけではまだなんともと言ったところでしょうかねえ」
「なんだよ。少しは突破口が見つかればと思ってたのに」
「もとより、彼女の情報を集めたものです。それにしても、先週、交際相手と別れた事までよく調べられましたねえ」
「そんな情報、すぐに集まるわよ。女の子って甘いお菓子と噂話が好きなものよ」
感嘆する浩明に、絵里は腕を組んで自慢気に答える。
「お前達なぁ、それは今、関係無いだろ」
期待外れの言葉に、酒井は肩を落として落胆する。
「まぁ、資料を踏まえた上で、何故、彼女がサボタージュに旧校舎を使わなかったのか考える必要が有ります。そこを踏まえてからでないと、突破口にはならないと思いますよ」
「旧校舎を使わなかったのがそんなに気になるのかよ」
「えぇ、僅か数分の労力を惜しんだ理由、気になりませんか」
酒井にそう応じる浩明。
そんな些細な理由に、どうしてそこまで拘るのか、浩明の人となりを未だ把握仕切れていない酒井は、二の句が告げられなかった。




