第弐部伍話
「いい加減にしろ。揃いも揃って何を考えてるんだ!」
現場に現れた京極紫桜が、理事長が呼んでると言うので、全員が理事長室に入ると、開口一番、怒鳴られた。
肩を震わせる生徒会長や風紀委員長達に対して、浩明はどこ吹く風の素っ気ない態度だ。もとより、呼び出された時点で予想の付いた事だ
「大谷、お前は現場に何しに行くつもりだったんだ?」
「状況が混乱してたので、直接、現場に確認しに行こうとしました」
学内掲示板で「旧校舎にて火災発生」と書き込みの後、事実確認をしようと、学生が一気にアクセスした為、閲覧不能に近い状況になり、直接現場に駆け付けた方が早いと判断して向かったのだと説明する。
「そうか、分かった」
会長としての責務を果たそうとしたのだと判断してそこは納得する。しかし、納得出来ない部分も有るので、「それで……」と総一郎に視線を向けてから続ける、。
「なんで天統を一緒に連れていったんだ?」
それに答えたのは慶ではなく、総一郎の方だった。
「掲示板の書き込みに、現場に浩明がいるという情報が出ていたので、万が一の事態を考えて付いていきました」
その答えを聞いて由乃は机に肘を付き、頭を抱え、盛大に為息を洩らした。
「……大谷、その情報が分かってて、天統を連れて行ったらどうなるか分からなかったのか?」
「私も止めたんですけど、「弟に何かあったら会長でも許さない」って押し退けられて多勢に無勢で……」
制止も聞かずに出ていってしまったのだと説明する慶に、由乃は再度、盛大に溜息をついて総一郎を見る。
「天統、お前、あの場に行って何するつもりだったんだ?」
「何をって、弟に何かあったらと思って……」
「私の兄は英二兄さん一人だけですよ」
総一郎を遮るように浩明が否定する。
「浩明、何を言ってるんだ。俺と浩明は血が繋がった……」
「法的にも戸籍上も、今の天統家には男女一人ずつしか子供は居ませんでした?」
天統家では、星野英二が浩明を引き取った後、浩明の存在を戸籍上から抹消した。曰く、浩明の存在は天統家の名を汚すらしく、当時は居なくなった事を嬉々として喜んでいたそうだ。
後々、それを聞いた浩明は、
「外の世界を知った今、天統家に籍が有った事など、恥にはなれども誇れるものではありませんよ」
そう笑って言ってのけたそうだ。
「理事長、取り敢えず産廃業者を呼んでも構いませんか。拷問器具の引き取りをお願いする事は出来ませんかねえ」
「待て浩明!」
「触るな拷問器具。腕が汚れる!」
本当に産廃業者に連絡をしようとする浩明に対して、総一郎が腕を掴んで止めようとすると、浩明は一喝して動きを止めさせる。
たまらず由乃が仲裁の言葉で止めに入る。
「星野、天統、ちょっと冷静になれ。天統妹、兄を止め……って天統妹の姿がないが何処に行ったんだ?」
平静になるよう促し、その場に集まった全員を改めて見回すと、雅の姿が無い事に気付く。
「天統家の御令……もうひとつの拷問器具でしたら、今頃、何処かで腹を抱えて笑い転げてるんじゃないですか。あの場であそこまで私を悪人に仕立てて、同情を買っていたんですから」
「浩明、お前、どうやったらそんな考えが起こせるんだ。雅はお前の事を」
「分かった。星野を怒らせて逃げ出した訳だな」
泥沼に陥る寸前で由乃が、呆れるようにそう結論付けた。
「星野、好戦的に応じる性格はなんとかならないのか。喧嘩を売られた学生を毎回、病院送りされては保護者への説明が大変なんだぞ」
「でしたら、私が同席しましょうか。先に理不尽な言いがかりで襲ってきたのは其方の方ですと、弁護士と一緒にお話させてもらいますよ」
「そんな事、出来るか!」
保護者会に当事者を同席させる? それも弁護士と一緒に?
それこそ阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
腹黒の星野浩明だ。弁護士呼ぶ時点で証拠も集め、確実に勝てるよう、準備を万全にして望むのが目に見えてる。
それどころか、喚き散らす保護者の姿すら動画か音声で保存し、世に晒す位やってのけるだろう。
浩明なら本気でやりかねない、いや、むしろやる。やってのけたうえで損害賠償を請求し、破滅に追い詰めるだろう。
それを想像した由乃は「あたたた」と呻き椅子にへたりこんだ。
「ね、姉さん、薬、薬ですよ!」
慌てて紫桜が速効性の錠剤タイプの胃薬と水を差し出す。
由乃はそれを飲むと、
「紫桜、すまないな」
腹部を押さえながら、コップを紫桜に返した。
「大丈夫ですか。見たところ、ストレス性の胃痛のようですが」
「君達、特に君と灯明寺がもう少し、いや、かなり平穏な学生生活を送ってくれれば、落ち着くんだがね」
浩明の労いの言葉に、由乃が批判の言葉と眼差しで返す。
「姉さ……、理事長、先日の事件の後、保護者会や教育委員会への応対でストレスが溜まってるんですよ。なんでそんな教師を採用したんだって」
言いづらそうに、一瞬、視線を逸らしてから続ける。
「そこに来て今度は爆発事故って、勘弁してほしいんだがね」
「それはお気の毒です」
素っ気なく答えると、由乃も気にする事なく「それで、だ……」と、切り出した。
「風紀委員と生徒会は、今後どうするつもりだ?」
「勿論、原因究明に乗り出しますよ」
「生徒会としても同じく、風紀委員と協力して努めるつもりです」
酒井に、慶が同意すると、由乃は「そうか、分かった」と頷いてから、浩明と凪に視線をむける。
「星野と灯明寺はどうするつもりだ?」
「どうするつもりとは?」
質問に浩明は質問で返すと、由乃は僅かに眉をひそめるが、すぐに元の表情に戻した。
「お前達の事だ。勝手な事をするなと言っても、この一件に首を突っ込むんだろ」
「生徒会と風紀委員のやる事に首を突っ込むつもりは有りませんが、其方がやってくるのなら相応の対応はしますよ」
「そうか分かった。大谷、酒井、今回の調査に星野と灯明寺を入れろ」
「はい?」
普段、あまり動揺しない浩明でも、表情には出さないが驚き、聞き返した。
浩明ですらそうなのだから、他の学生達は声をあげた。
「理事長、どういうつもりですか?」
由乃に掴みかからない勢いで身を乗り出したのは酒井だ。まず考えられない提案だ。当然の言葉だろう。
「前回の実績を踏まえてだ。文句はないだろ」
「問題を起こしそうな者同士を一ヶ所に集めただけなんじゃない?」
「まぁ、それもある。どうせ起こるのだから一ヶ所で起こしてもらおうじゃないか」
意図を察した凪が聞くと、否定する事なく答える。
あるのかよ、と誰もが思ったが言葉に出さないのは自覚があるからだろう。
「兎に角、これは決定事項だ。紫桜、お前は監視役として皆と一緒に行動。何かあったら私に報告しろ。いいな?」
「え、ちょ、私ですか!?」
突然の指名に紫桜は目を白黒させる。
伝言役からまさかの監視役。嫌な予感しかしない。
ただでさえ、魔術科嫌いの魔術師、星野浩明がいるのだ。
「そ、それはちゃんとした方に……」
「いいな?」
「は、はい……」
体裁よく断ろうとするが、由乃の有無を言わさぬ口調に、哀れ巻き込まれた紫桜は首を何度も振って頷くのだった。




