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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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第弐部肆話

「お前達なぁ……、被害を減らそうとしたのは分かるがな、せめて何をするか言ってから行動してくれよ」

 凪が認識阻害魔法を解除すると、同様に防壁魔法を解除した酒井が驚愕を浮かべた後に呆れた言葉を言ってきた。

 凪による広域認識阻害魔法の解除の後、目に入ってきたのは、燃え盛る校舎。予想を越えた光景を目の当たりにすればそう洩らすのも当然と言えば当然だろうだろう。

「火災は既に屋根にまで及んでいました、学校側の消火設備では手に負えません。ならば延焼を防ぐのが最優先です。幸いにも旧校舎は木造建築です。それを考慮したうえでの破壊消防が最も有効な消火方法だと判断しただけですよ」

 実際、江戸時代、世界有数の過密都市だった江戸の火災は建物を壊して延焼を防ぐ破壊消防が行われていた。それを参考にしただけだと浩明は答える。

「分かった分かった。責めてるつもりで言ってる訳じゃない」

 それを反論されてると思われたのか、酒井は手で制して止めに入った。

「ただ、礼が言いたかっただけだ。正直、風紀委員だけでは避難誘導が精一杯だったからな」

 住宅火災において、一般人に出来るのは初期火災の鎮火までと言われている。魔術師とはいえ学生である。学校に設置されている消火設備を動員しても鎮火には至らなかったであろう。

 避難誘導と火災現場へ近付かせないようにしていた風紀委員も今は残った火種を総出で消火している。

「いえ、礼を言われるような事はしていませんよ。あの場において取るべき行動を取った。それだけですよ」

 あくまでも適材適所だと答える浩明に、酒井は改めて頭を下げて礼の言葉を述べる。

「いや、本当に助かった。ありがとう」

 そのやり取りを見ていた風紀委員達は目を白黒させて驚いている。

 これには浩明も驚かせた表情を浮かべ、凪も驚きの表情で数歩、後退りした。それほどの光景だった。

「驚きました。魔術専攻科でそれなりの節義をわきまえている方が会長と里中部長以外におられたとは」

「アンタ……魔術科の評価どんだけ底辺に見てんのよ」

 相変わらずの魔術科嫌いを隠さない浩明の態度に凪は頭を抱える。

 魔術専攻科の人間性を底辺に見なしている浩明は、基本的に魔術専攻科の関係者に関わるつもりもなければ、自ら関わっていこうとはしない。

 基本、星野浩明は悪意を向けられない限り何もしない人間である。

 この浩明の感想には酒井も驚いたのか「お、お前なぁ……」と、下げていた頭を上げて呆れた表情で浩明を見てきた。

 魔術専攻科にどれほど酷い偏見を抱いているのか、耳が痛くなる話だ。

「ねえ、これはどういう状況なの?」

 弱りきった表情の酒井に声がかけられた。

 たった今、現場に駆け付けた事を示す声。

 生徒会長、大谷慶が天統総一郎とその妹、雅を連れて現れた。

 


 ―不味い。

 何でよりにもよって、この二人を連れてくるのよ?

 火に油を持ってこられた状況に、凪はあからさまに表情を引きつらせる。

 横領事件の後、生徒会長への解職請求は撤回され、副会長だった小早川秀俊を除いた現生徒会はそのまま、生徒会役員としての続投する事となった。

 ただ、浩明に返り討ちされた康秀は未だに休学中。聞けば、浩明に受けた胸部の火傷もだが、精神的な所が重症らしく、専門のカウンセラーによる治療を続けているそうだ。

 閑話休題、だからこそ慶が総一郎と雅を連れて駆け付けても可笑しくはない。

 とは言うものの、浩明と総一郎と雅、天統家の元兄妹が同時に介する状況は、確執を知る凪どころか、第三者の酒井達、風紀委員達ですら思わず身構えてしまう。

 先日、浩明に偽装して襲われた雅が退院した事を浩明に報告、それも授業修了時という手を出し辛い意趣返しとも取れるタイミングで来た際に、話を受けた浩明は「そうですか」と声をかけた。

 周りの目を気にして、当たり障りのない応対と安堵の返事で返してくれた事に、表情を緩め掛けたが、次に取った行動はこれだ。

「では、これは必要有りませんね。いつ連絡が来ても大丈夫なように持っていたのですがねえ」

 制服から香典袋を取り出し、目の前でそれを広げ始めて紙幣(電子貨幣に取って代わられても冠婚葬祭での礼儀作法は変わっていない為)を財布に戻した時には空気が一気に氷点下にまで下がった。それも、折り目のない新札で金額も四万九千円入れていたのだから、嫌いようも相当だ。

 冠婚葬祭に関する礼儀作法に疎い学生達でも、その金額の意図は明け透けに分かる。当然、総一郎と雅はあんぐりとした表情のまま立ち尽くし、周りにいた学生は、自分達が慕っている二人に何て事を……と、呆気に取られ、浩明を見る事しか出来なかった。 

 持ち上げてから一気にどん底に叩き落とす。

 星野浩明は二人に対して容赦がない。

 因みに、浩明が教室から出ていっても総一郎と雅は棒立ちのままだったそうだ。



「な、何が有ったのか説明してくれないかな?」

 自分達を見て、凪が苦り切った表情を浮かべた理由は分かるが、話を聞かない訳にはいかない。

 大谷慶は生徒会長である。状況を把握する義務がある。

 慶が口を開くと、それに凪が答えた。

「き、旧校舎で爆発が有ったので、私と星野で消火活動を、風紀委員長が安全確保を行ってました」

「消火って、た……」

「消火って、建物が切り取られたみたいだけど何をしたのかな?」

 総一郎が切り出そうとするのを、慶が遮ってくる。総一郎が慶を睨んでくるが、トラブル回避の非常措置だと、自身に納得させる。

 起こるのは時間の問題だが、僅かな可能性に掛ける。連れて来てしまった慶は、総一郎達が会話に参加できないよう必死だ。

「消火設備だけでの消火は不可能だと判断し、延焼を防ぐよう、燃えているところを切り落としました」

「き、切り落とした!?」

 思わず声が上ずったが、そこで踏みとどまる。浩明ならばやりかねない。一緒に行動をしていた時に、その非常識ぶりをよく見ていたからだ。

「そ、それで残骸が散らばってるわけだ」

 だからこそ、僅かに煙の昇っている建物の残骸を見て納得する。

「それで、さ……」

「それで、三人で何を話してたのかな?」

 再び、総一郎の言葉を慶が遮って切り出す。

 天統姉妹から睨み付けられるが再び無視だ。

 頼むから黙っていて。二人が口を開くと、星野君の逆鱗に触れるのが何故、分からない。慶も必死だ。

「少々、何をするか説明不足を窘められました」

「いきなり、視界が遮られた後、建物を切り落とされてたのを見せられたら言いたくなるだろ」

「あぁ、灯明寺さんが認識阻害魔法を使ったのね」

 酒井の言葉で慶は大体の事情を把握した。

 浩明の秘密主義は慶もよく分かっている。その意図を汲んで凪が一時的に視界を遮り、浩明が十二分に動けるようにしたのだろう。

 風紀委員長の酒井の指示で野次馬の避難誘導と防壁魔法による被害を防ぎ、浩明と凪が延焼を防いだ。咄嗟の連携行為で最悪の事態を回避した。

 理事長にそう報告すれば、事後処理の手配はしてくれる筈だ。それには当事者の浩明と凪、酒井の三人を連れていく必要がある。後の指示を総一郎と雅に引き継がせて離れればなんとかなる。慶のなかでは最悪の事態(浩明と天統兄妹との会話)を避けられたと、内心、安堵の溜息を洩らした。

「す、素晴らしいですわ」

 しかし、それも一瞬で崩れた。雅が感嘆の声を上げて、浩明の前に駆け寄る。

「流石はお兄様ですわ。総一郎お兄様から話は伺っておりましたが、それほど高度な魔法を会得されていたとは」

 ―やられた!

 必死の奔走を一瞬にして台無しにされた事に、慶と凪の表情が一瞬にして強張る。

 明確に拒絶の言葉をぶつけられても尚、謝罪とやり直しを迫る。

 それが浩明に対して、どれ程の不快感と怒りを買うのか何故、分からないのだろう。

 二人がそう思っているのも、雅には届いていないらしく、尚も恍惚とした表情で浩明に声をかけている。

「今なら天統家の皆もお兄様の事を盛大に……」

「あぁ……、天統家の御令嬢、ひとつよろしいですか?」

「……お兄様、どうなされましたか?」

 会話を止められた事に雅はこてんと首を傾げる。

 わざとらしい程のあざとい態度。

 凪と慶には、喧嘩を売っているとしか見えない。

 一触即発の光景、しかし、浩明は努めて冷静に切り出した。

「私の事を兄だと呼ぶのは勘弁してもらえませんか。兄妹と勘違いされるのは困るのですがねえ」

 言動の不審さの正体に気付いて凪が納得したと同時に、総一郎達が浩明の事を未だに諦めていない事に呆れた。

「何を言うのです、貴方は私のお兄様ではありませんか!」

「私に妹などおりませんよ」

「何を馬鹿な事を仰るのですか! お兄様をお兄様と言って何が可笑しいのですか!」

「馬鹿を仰っているのは御令嬢殿、貴女の方ですよ」

 雅が食い下がる後ろで、慶が額に手を当てて天を仰いだ。一番避けたかった事態に発展したからだ。

「正直、頭は手遅れなのは分かっておりますが、私を兄扱いするのは止めてもらえませんか。不謹慎の謗りを受けるかと思いますが暴行を受けた際に、香典代で妄想癖に二度と関わらないで済むなら安いものだと思って居たのですがねえ。それとも、私の事を心優しい妹を虐待する血も涙もない人でなしの兄と世間に宣伝して貶めるつもりですか。そうならば、なかなか見事な策略、諸葛亮孔明もやらない最低極まりない奇策ですよ」

「そ、そんな……私は」

 追い詰められた雅の目から涙が溢れ始める。一連の様子を見ていた学生からは

「ちょっと、あれは言い過ぎじゃない?」

「最低……」

 浩明への批判の言葉が聞こえてくる。

「ほら、思惑通りの展開ですよ。満足ですか?」

 批判の言葉を気にするどころか、それを断罪の武器として雅に突き付ける。

「答えなさい!」

「!!」

 浩明のその言葉に、雅は涙を流しながらその場から逃げる事だった。

「やれやれ、これでもう二度と関わってこないでほしいのですがねえ」

「いやぁ……、あれは無理でしょ」

「あ、あはは……」

 浩明の願望を、凪はあっさりと否定し、同じ感想を抱いたであろう慶は苦笑いしている。

 この程度で解決するなら、浩明もストレスを溜め込まないし、慶と凪も頭を抱えない。

「おい浩明、今のは言い過ぎ……」

「天統先輩」

 居なくなった雅に対して言動に、総一郎が、浩明に掴み掛かろうとして、二人の間に凪が割って入り絶対零度の眼差しで睨み付ける。

「な、なんだ、灯明寺」

「先輩、星野から言われた事に怒るのなら、自分達がそこまで言われる事をしていないと言い切ってから怒ってくれませんか」

 いつも、浩明の横に立つ少女に一瞬たじろぐが平静を装いつつ応じる。

「灯明寺、それはどういう意味で言ってるんだ?」

 平静を装いつつも、部外者の、それも年下の女子生徒から詰問された事に総一郎は、僅かな殺気を抱いて聞く。

 そもそも総一郎と雅は、この灯明寺凪の事を嫌っている。

 自らを「星野浩明の相棒」と名乗り、浩明の隣に立っている凪は、二人が最早、二度と手にする事の出来ない「星野浩明の信頼」を手にしている。

 聞けば毎日のように浩明の部屋に入り浸り、学内でも一緒に昼食を取っている姿を目にする事が多々ある。

 自分達の求めたものが目の前に有りながら手を出す事すら出来ない。

 持たざる者にとっての嫉妬は嫌悪に近い形で、総一郎と雅の心に宿っているのだ。

 一方の凪も、天統家側に対しては余り良い印象を持っていない。

 英二や夕から浩明の過去を聞いた事、前回の騒動において、天統雅に対する暴行犯が浩明だと頭から決めつけて公衆の面前で詰問に及んだ事を挙げれば当然といえば当然だろう。

 だからこそ凪も総一郎に対して批判的に答える。

「自分の心に聞いたらどうですか、それとも、一人の人間を十年間、虐待し尽くし殺しかけといて、「自分達は反省してます、ごめんなさい」だけで元通りなんて思ってるんですか?」

「ッ!」

 そんな事も分からないの?

 凪の言葉に、総一郎は平静を失う。

「星野の言葉を借りるようだけど、御都合主義者って本当、始末が悪いわね」

「黙れ!」

 総一郎は右手を上げる。

 部外者が口を挟むな

 その右手を凪の顔に振りおろそうとして、凪は咄嗟に身構えると、浩明が「御当主殿」と口を開いた。

「灯明寺に手を出すなら、私が相手をしますよ」

「浩明!」

 浩明の宣戦布告に近い警告に、すんでのところで手を止めた。

「私も、相棒にさらされる脅威を黙って見捨てるほど、人間堕ちてはいませんからねえ」

 信頼している人間に危険が及ぶ時には、自分の全てをもって応じる。それが例えどのようなものであってもだ。

「皆さん」

 一触即発の事態、それを止めたのは自分達を呼ぶ京極紫桜だった。

 

   

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 楽しみにしてますので、よろしくお願いします。
[良い点] 更新嬉しいなぁ....見たとき間違いかと思って二度見したけど読めて嬉しい...!ありがとうございます(^人^)次の更新何年経っても期待して待ってますねw
[一言] 更新嬉しいぞい( ^ω^)
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