第弐部参話
熱風が肌に刺さる。熱めのシャワーのように肌に当たるような心地好い感じではなく、チクリチクリと細い針が刺さるような感覚だ。その感覚が炎の威力がいかに凄まじいのかをまざまざと理解させてくる。
ごうごうと炎をあげている旧校舎の前に立つ浩明に追い付き、膝に手を当てて呼吸を整えた凪は、顔を上げると熱さに顔を歪ませ、無意味と分かりながらも、熱風を和らげるよう手で顔を仰いだ。
今の自分の行動を思い出すなら、まさしく咄嗟に動いていたと言う言葉がぴったりと当てはまる。
「ちょ、待ちなさい」
防壁を張るよう、浩明が風紀委員長に指示をして走り出していた。呆気に取られたのは一瞬、すぐさま意を決して後を追い掛けていた。それと同時にコンバーターに手を添えて、起動構築を始める。
どうするつもりなのか分からないが、何も持たずに行ったのならば、自分の力が必ず必要になる。
だからこそ、最前列の先、人だかりから抜けた先、側に立っている相棒が呆れた顔で自分を見てきても、堂々と構えてられた。
「あっついわねぇ、日焼け止め持ってくれば良かったかしら」
「君、何をしているんですか?」
横で見当外れな事を言いながら、シャツの襟を掴み、手を団扇のようにして仰いでいる凪を浩明は呆れたように見ると、凪は人差し指を唇に当てて、見るものを呆けさせる満面の笑顔で答える。
「星野君のお手伝いよ。私、認識阻害魔法、得意だから」
星野浩明は自らの魔法については徹底的に秘密主義を貫いている。未だに学校でも自身の術式を教えてほしいとやってくる学生や教師がいるが、その全てに浩明は拒否の姿勢を貫いている。師匠から死物狂いで学んだ魔法だ。頭を下げるだけで教えるつもりは全く無いし、対価をいくら積まれようが応じるつもりは無い。文句を言ってくる学生も、そう返されると返す言葉が無い。それならと逆上し、強行に及ぼうものなら返り討ちにされるのが目に見えている。結城康秀の二の舞は誰だってごめんだろう。
その為、浩明が学内で用いる魔法は純粋な身体強化と炎熱蹴り、術式解除の三つ位しかない。
「ちなみに、起動構築は完了済み、後は発動するだけよ」
「準備がいいですねえ」
「そりゃ、まぁ、私は星野君の相棒ですから」
だからこそ、浩明が魔法を使えるように御膳立てする必要が有るだろうと凪は準備をしていたのだ。
得意気に腕を組み、軽く頭を浩明に向けると、浩明は凪の頭を軽く撫でる。褒めてほしいという露骨な態度だが、浩明を思っての行動だ。素直に撫でておくに限る。
「それでどうするつもりよ?」
「そうですねえ」と、燃え盛る建物を見ながら答える。
「三度目の爆発がいつ起こるか分からない今、証拠が消えるのは避けねばなりません。一気にいきます」
凪が「証拠?」と聞くよりも前に、三度目の爆発が鳴り響いた。
爆発の衝撃で細かく吹き飛んできた瓦礫が降り注ぐなか、凪が慌てて声をあげるが、その直後に自分の身体に衝撃が掛かると同時に、視界が反転した。
「な、な、何よこれ!?」
凪が困惑するのも当然だ。浩明は凪を左手一本で抱えて、高く跳躍していたのだから。見上げていた筈の旧校舎を見下ろす形になる。
防壁によって声が遮断されているから聞こえてこないが、向こう側で見ていた学生達からは小さな歓声が起きてるだろう。所謂、お姫様抱っこで、浩明の腕のなかに収まった凪は、自分がどういう状態にあるかを漸く理解すると、顔を真っ赤にさせて抗議の言葉をぶつけてくるが、それを、この後の段取りを切り出す事で切り捨てる。
「灯明寺、認識阻害、いけますか?」
「え、えぇ、大丈夫よ」
浩明の切り替えの早さに付いていけるのは相棒として芽生えた自覚か、凪も頭を切り替え、視線を旧校舎に向けて答える。
「視界を防いだ後、私が燃えている箇所を切り落とします。しっかり掴まっていてください」
「削る?」
「消す」という表現ではなく「切り落とす」
違和感のある説明に聞き返すが、「見れば分かりますよ」と返して、凪に発動を促す。
「了解」と答えると、凪は浩明の首に腕をまわした。二人の身体がより密着する体勢、首の後ろでコンバーターに手を重ねると、起動トリガーを発する。
認識阻害魔法による風景との同化、その場にいる筈なのに、視覚で捉える事の出来ない事に、防壁の向こう側で赤松が目を白黒させているのが振り向くと見える。
「星野、早く済ませてね」
持続式の魔法は術者の魔力粒子を消費させる事で持続させる。凪の負担を思んばかって「分かりました」と答えると、浩明は、抱き抱えてる左腕に力を込めて凪をより自身に密着させる。
「え、ちょ、ちょっと!?」
「いきますよ」
自分の鼓動が相手に聞こえても可笑しくない近さ、顔を真っ赤にさせて体裁を繕うとする凪に忠告すると、浩明は空いている右手を上にかざす。
「アンタ、何を……」
するつもりと続け掛けて、浩明の右手先に構成された棒状の光に凪の口が止まる。
長さにして15mは越えたそれはさながら光の槍を思わせる。
それで何をするつもりか?
確か浩明は切り落とすと言っていた。
どうやって?
凪のなかで次々と疑問符が浮かんでいく。
「いきますよ」
それを燃えている校舎に向けて構えると、それを躊躇なく一気にに振り下ろした。
凪は目の前で起きたそれに呆気に取られた。
目の前で浩明が振り下ろした先、槍状の光は刃となって炎を上げた壁に対して鋭角に切れ目を入れていた。
支えを失った筐体は轟音を立てて崩れ落ちていく。
文字通り切り落とされたそれは、重力に逆らう事なく滑り落ちるか、或いは崩れ落ちてゆく。轟音が治まった時、そこにあったのは切り落とされた屋根と僅かに炎の上がる残骸。そして剥き出しになった室内の床から僅かに煙を上げているだけの旧校舎だった。




