第七話
「お、おいおい、それはいくらなんでも極端だろ」
内心、呆気に取られながらも、自身を落ち着かせるようにして聞き返した。上級生相手にここまで強気になるにはそれなりの手札がある筈だ。万が一にも取り返しのつかない事態に発展すればそれこそ地獄だ。しかし、彼女の目算は淡くも崩れ去った。
当事者の二人が小馬鹿にするように浩明に食って掛かった。
「面白い、やれるものならやってみろ!」
「お前ごとき、喚いたって誰も聞きはしねえよ」
「おい馬鹿、止めろ!」
散々、貶され魔術師としての矜持をズタズタにされ続けた二人だ。「社会問題にする」等と言う非現実的な言葉を机上の空論とみなして小馬鹿に挑発してくる。
慌てて明美が叱咤し二人を止める。その剣幕に二人が目を丸くするが後の祭りだ。
彼等はものの見事に浩明の策略に嵌っていた。
「成程、そう言って頂ければ幸いです。私としても良心を傷めずに済みます」
してやったりと口角を吊り上げて不気味に笑みを浮かべる。下級生の浩明から放たれる不気味な気迫に、三人はおろか観客と化していた学生達まで息を呑んだ。
やられた。
明美は内心、ほぞを噛んだ。
新入生の騒動など入学式直後は良くある事、注意をして再発の無いよう指導をすれば済む事、それで解決と考えていた。
壁を丸焦げにした事は問題では有るが、幸か不幸か被害者を主張する新入生に怪我が無かった事を出せば、多少の温情措置は認められる。
しかし、被害者を主張する新入生は穏便に済ませようどころか、まさか学校全体を巻き込む騒動に持ち込むとは想定の範囲外過ぎだ。
普通科を見下していると見抜いたうえで逆上させて手を出させる。それも目撃者が多くいる公衆の前でだ。言い訳のしようがない状況に追い込んで厳罰をせざるを得ない状況に持っていかせる。まさかと思うが、ここまで持っていく為に上級生を糾弾したとすればとんだ策士だ。
入学間もない新入生が腹の中にとんでもない狸を飼いならしていたとは予想外にも程がある。
何より不味いのは、なんとか穏便に済ませようとした提案を隠蔽と言い、更に自分の風紀委員長としての肩書きを逆に利用し、学校側にまで責任を負わせようとするのだから末恐ろしい。
このままでは、自分まで共犯者として扱われかねない。
「星野、一旦落ち着いてだな」
「私は至って冷静ですよ。それよりも今後の身の振り方を考え、自宅に殺到する新聞記者への対応、あぁ、先に自分は悪くないって喚く準備でもされておいた方がよろしいのではありませんか?」
取りつく島もないとはこの事、余計な気遣いは明美に焦燥を募らせる。完全に共犯者と見なされている。
「ふん、お前こそ、社会問題にする準備でもしてきたらどうだ?」
「まぁ、無駄な努力だろうがな」
それとは正反対に、学生二人はニヤニヤと下品な笑みで浩明を挑発しだした。
仮に浩明が喚いても、問題を大きくしたくはない学校側が止める筈だとたかをくくった行動だ。
「確かに誰も聞きはしないと言いましたが、確かに私の声は聞かないかもしれませんが、流石にこれを聞けば、そうはいかないと思いますよ」
おもむろに懐にしまった携帯端末を取り出し操作する。
『おい、話を聞いているのか?』
『そちらこそ、私よりも余分に人生を生きておいて、食事中だと言うのが見て分からない程の知能指数しか持ち合わせてないのですか?』
『おい、今なんて言った!?』
携帯端末から流れてくるのは、自分達と浩明とのやり取りの声。自分達の怒鳴り声に浩明による反論の声。
二人の顔色が青く変わっていく。自分達が声をかけられた時に、浩明は携帯端末のレコーダーを起動してポケットにしまっていたのだ。
「流石に丸焦げにした壁を前にしてこの音声を聞けば、お巡りさんでもあなた方を逮捕してくれるでしょう。それもこれだけの目撃者がいるんです。逃げ道は有りませんよ」
切々と語られる現実に、二人は震え始める。自分達の置かれている立場に漸く気付いたのだ。
「ほ、星野、俺達が悪かった。許してくれ」
「た、ただの悪ふざけじゃないか。なぁ」
「そ、そうだ。悪気は無かったんだよ」
「成程、そう云いますか」
途端に、必死になってへりくだってくる二人に浩明は侮蔑の眼を向けた。あそこまでやっておいて、挑発までしておいて悪気は無かったと、矛盾にも程がある。
「その言葉は、留置所の中で喚いてください。軽蔑位はしてくれる筈ですよ。」
淡々と切り捨てると携帯端末の操作を始める。勿論、通報する為だ。
「おい待て!」
「黙って頂けませんか。うるさいと相手に迷惑ですので」
「だからやめろって言ってんだろ!」
「やめると思いますか?」
伸ばしてくる右手を、軽くはたいて落とし、後ろにステップを踏んで、距離を取る。
「いいからやめろって言ってんだろうが!」
思い通りにいかない事に、憤りが頂点に達した二人は浩明に向けてコンバーターをかざした。
「おい、二人とも、やめろ!」
最悪の事態に最悪の一手、明美は咄嗟に声を荒げた。
「やれやれ、思い通りにいかないとそれですか。成程、私が言った事の全てを自分で証明しますか。まさしく見事な外道鬼畜振りですな」
「黙れ!」
「どうやら、通報よりも先に救急車を呼んだ方が良いようですね。頭が壊れた精神異常者を軟禁してくださいってね」
「黙れえええ!」
我慢の限界に達した学生二人の片割れが浩明に向けて炎魔法を放った。
してやったり
浩明は腹のなかで拳を握った。
合法的に報復するには、相手を加害者に仕立てあげるのが星野の流儀だ。
向こうから手をあげてくれればこちらは被害者。「やられたからやり返しました」で説明はつく。
尤も、海千山千の猛者が山程、存在する裏社会で第一線の運び屋をしている浩明にとって、この程度で感情的に暴れる魔術師の相手など赤子の手を捻るようなもの。
正当防衛という大義名分を得た浩明は、携帯端末を素早くポケットにしまうと、行動に移した。
迫りくる炎の弾、さっきまでは避けていたが、今は一歩も動く事なく拳を握り構える。
そして、目前に迫る炎の弾を叩き飛ばすようにその拳を振り上げると、触れる先から炎の弾が光の粒子へと変わっていく。
それは起動構築された魔法が魔力粒子に還元されていく光景。術式を消し飛ばす事により残った魔力粒子の残滓が飛散する現象に、相手は呆気にとられている。
その隙を見逃すわけが無い。
腕を胸元で交差させる。それは浩明が魔法発動時に行う構え。
観衆が浩明の一挙手一投足に目を見張っているのが分かる。当然だ。自分は普通科、魔術師である筈が無いと頭で決めていた筈だ。だからこそ、あまり手の内を見せたくはない。一気に決める。
相手との距離は数メートル。身体強化魔法を自身に発動させると同時に相手に向かい一気に踏み込む。一歩、二歩と距離を詰め、三歩目で左足に炎を纏わせて跳躍、棒立ちをしている学生の一人の胸元に思い切り蹴りを入れると、着地と同時に、側にいたもう一人の学生の胸元と腕を掴んだ。
「な、なにを……」
言い終える前にその学生の腕を引き、空いてる方の手をその顔にかざした。
掌には金色の球、それを顔めがけて押し当てる。
「あああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
断末魔の叫びが喉から迸り出ると共に痙攣を起こしながら崩れ落ちた。
金色の球、その正体は雷の塊、それを受けた事により感電状態を起こしたのだ。
「やれやれ、正当防衛はきっちり主張させてもらいますよ」
壁際に蹴り飛ばされ、胸元を焦がして白目をむいた学生と、意識を失っても未だにびくんびくんと痙攣を起こしている二人を前に浩明は事も無げにそう言った。