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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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65/83

陸拾伍話

「生徒総会は日を改めて再度行う。それまでこの案件は教師で預かり、調べ直したうえで審議してほしい。以上だ」

 歯切れの悪い解散の言葉に学生達は、会場をひとり、ふたりと出ていく。

 橘は同僚の教師に、二人に詳しく事情を聞くからと告げると、小早川と明美を連れて会場を後にした。

 足早に新聞部の部室に入ると、鍵をかけ、カーテンを閉じて視界を遮ると同時に、誰もいないのを確認すると、椅子に座り背もたれに背を預け天を仰ぐように上をむき、手で顔を覆い一息つく。

「ふ、ふふふ……」

 口から漏れたのは、それまで押し殺し笑い声。

 事情を聞くのに、新聞部の部室を選んだのは橘が新聞部の顧問だから、密談には最適な場所であり、自分を偽る必要のない場所だからだ。

「くははははははは」

 狂ったように笑い散らす姿は、学生達には決して見せた事のない異様さを醸し出していた。

「意気がっていても所詮はただ喚き散らすだけ糞餓鬼。情につけ込み頭を下げればすぐに手をひいてくれる」

 壇上での心痛な雰囲気などそこにはなく、口から出たのは浩明を心底、馬鹿にした罵倒の言葉。

 狂気を孕んだその姿を見て、相手が教師だと言われても信じる事は出来ないだろう。

 それほどの豹変ぶりだった。

「耀子さん。助かりました」

「星野のやり方を甘く見てたよ」

「気にするな。お前達で手に負える相手じゃなかった。そう言う事だ」

 申し訳無さそうに謝る二人に、身体を起こして答える。

「姉さん、これからどうするつもりなんだ?」

「心配はいらんよ。再調査は私がやるからな。心配するな。お前達は無関係だと報告してやる」

 明美が問いは今後を心配しての質問。橘は歪んだ笑みを浮かべて答える。

「また星野が何か言ってきたら」

「大丈夫だ。お前達は私の指示に従っていればいい。後は予定通りに上手くいくさ」

 尚も不安な声を掛ける明美を諭す。

「どうせだ、不正を告発した次期会長に理不尽な暴行を行ったと言って、星野を突き出してやるか。これで、あの餓鬼に破滅」

 彼女の計画の最大の誤算、感情に任せた星野浩明への報復という名の処分方法を、心底楽しそうにケタケタと笑いをあげて口にする。






「やはり、こういう事になりましたか」

 三人しかいない筈の部室から突如聞こえてきの声、「な、なんだ」と驚きを隠せずに声のした方を向くと、三人に一瞬の激しい灯りが何度も灯る。カシャッと言う音が遅れて聞こえてきた事で、それがカメラのフラッシュだと分かる。

「なっ!」

「ほ、星野……」

 振り向いた先には、先程まで対峙していた浩明が、新聞部の備品であるカメラを向けていた。

「き、貴様、いつからそこに」

「私だけじゃありませんよ」

 浩明が指を鳴らすと、背後の空間に亀裂が入る。

「ま、まさか広域型の認識阻害魔法!?」

「あったり~」

 形成されていた術式が解除される事で出来た亀裂が広がり、魔法で出来た壁が崩れ、隠れていた本来の姿を表す。

「作戦成功パート2~」

 そこには認識阻害魔法を展開していたであろう、コンバーターに手を添えて、笑みを浮かべた凪、その後ろには生徒会長の大谷慶と、新聞部部長の里中絵里の姿があった。

 浩明から、「三人はここに来るだろう」と言われて、隠れていたが、先程までの橘の姿があまりにも衝撃だったのか、思考が現実に追いついていけず、声が出ない。

「会長、それに部長、橘先生こそが副会長と風紀委員長の二人を影から糸を引いていた主犯だと、分かってもらえましたよね?」

「まさか……」

「正直、信じたくはなかったけど、信じざるを得ないわね……」

 唖然呆然として開いた口が塞がらない二人。浩明が導き出した真実を認めつつも、それでも尚、信じられないというのが良く分かる。

 浩明は改めて三人、否、橘を見据える。

「漸く本性を晒してくれましたね。おかげで真実にたどり着く事が出来ましたよ」

「な、き、貴様、それであっさり引き下がったのか」

「実行犯の二人を徹底的に追い詰めれば出てくるのは分かっていましたよ。それにしても、見事な阿婆擦れ姿でしたねえ。あなた、本当に教師ですか?」

 今まで言われたことの無いような暴言を吐かれて、反撃の言葉が出てこなかった橘に対して、代わりに小早川が目を血走らせて睨み付けてくる。

 敵とみなした人間に対しての容赦ない物言いは星野浩明の真骨頂だな、と凪は思う。

「ふざけた事言いやがって、耀子さんに謝れ! 土下座して侘びろ」

「お断りします。。謝罪する理由が有りませんからねえ。それと土下座の強要は強要罪ですよ」

「何だと!」

「秀俊、待て」

 謝罪するどころか、更に「軽蔑に値する」と言い捨てる浩明に、完全に血が上った小早川を橘が制する。笑顔を浮かべて冷静に勤めているようだが、目が全く笑っていない。浩明の糾弾の言葉に相当頭に来ているようだ。

「里中、お前もそっちに着いてたのか?」

「えぇ、情報とか頼まれて渡してました」

「この裏切り者め!」

「裏切っていたのは先生の方じゃないですか!」

 怨みの篭った言葉に、里中は毅然と言い返した。

「どうしてこんな事を……」

「事の発端は、会長が生徒会選挙に当選した事です」

 投げ掛けた絵里の言葉に答えたのは浩明だった。

「そもそも生徒会選挙は形骸化していました。前期の生徒会役員の役員が会長に就任する信任投票です。ところが前回、思わぬ事が起きました」

「会長、大谷さんが立候補した事よね?」

 絵里が確認する。

「そう、目的は何であれ立候補した結果、信任投票から通常の選挙になり、その結果、副会長は落選してしまった」

 当時、選挙活動に天統総一郎達が加わった事、何より奉仕活動で得た人望は思いの外、高く、泡沫候補と見られていた当初の予想を裏切った当選は学内の話題となった。

「幸いにも役員としての実績を買われ、生徒会入りをする事が出来た副会長が取ろうとしたのが、生徒会長の傀儡化です」

「傀儡?」

「生徒会の事が分からない会長達に対し、卒なく運営を行わせる。何かをしようとすれば、前例が無いと釘を差して動きを封じる。そうする事で会長達を思い通りに動かそうとしたんですよ」

「何かする度に前例が無いって反対されたのってそう言う理由だったんだ」

 小早川を見ながら慶はそう洩らした。

 前期の活動内容を思い返して思い当たる事が何度も有ったようだ。

「ところが、奉仕活動で行動派となった会長は、反対を押切り、改革をやっていった。ですが、運営予算の見直しと部活動の休部措置は流石に見過ごす訳にはいかなかった」

「横領していた事がバレちゃうもんねぇ」

 凪の補足に「その通りです」と応じると浩明は続ける。

「運営予算が、前年度の同じ時期の予算と開きが有れば差額は何に使われていたのか糾弾は免れませんからねえ。そこで、横領の罪を会長達に擦り付けようとしたんですよ。天統家の御令嬢を私が襲ったと思わせ、騒動を焚き付けたんですよ。その指示をしたのが、橘先生、あなたですね?」

「ちょっと待て」

 言われるがままだった橘が口を開いた。

「お前の話は支離滅裂だな。私が横領? ふざけるのも大概にしろ!」

「ふざけたつもりは有りませんよ。あなたが指示したんです。目的は自らの横領を隠蔽する為、顧問であるあなたは部長の弱味も知っていた。それを脅しに使い、私の過去を記事として配信したんですよ」

 怒鳴る橘に対して、それを気にする事なく言い返す浩明に、橘は睨み付けると反論する。

「私は授業が終わった後、出張に出る事が決まってすぐに学校を出たんだぞ。そんな情報を入手したとして、どうやって里中を脅せたと言うんだ」

「直接脅したのは風紀委員長です。本来は、私と生徒会を対立させるよう仕向けたうえで暴力事件にでも起させ、評判を落とし、横領があったと告発する予定だったのでしょう」

「会長達に何かすれば、慕う学生達は星野に確実に敵意を向けて実行する。そうすれば、生徒会役員が扇動したとして責任を負いかねないもんね」

 数の暴力だと凪が補足する。

「ところが、偶然にも天統家との確執を知り、それを橘先生に話した。それを聞いたあなたは、両者を確実に対立させれると考え、新聞部部長を脅して生徒会室のやり取りをすぐさま記事にして配信させたんですよ。そして、私と天統家が確実に対立するよう、私に化けて天統家の御令嬢を襲い、わざと姿を晒して逃走したんですよ」

「後は、みんなも知っての通りの流れになったわけよね」

 目論見通り、星野浩明は生徒会役員である康秀と対決し、結城康秀の暴走に託つけて彼等を加害者にし、解職請求を出される事態となったわけである。

「とんだ推測だな。聞いてられんよ」

 橘は不敵に笑っていた。

「仮にお前の言った通りだとして、なんで小早川がそんな指示に従う必要が事が有るんだ?」

「横領の共犯だからですよ。或いは恩恵を受けていたと言うべきでしょうかねえ」

「恩恵?」

 怪訝に明美が聞き返す。

「横領したお金は遊興費、それも彼氏との交際費に使われていました。それを隠す事が一連の騒動の動機です」

「星野、いいかげんにしろ。根も葉も無い事をつらつらと」

「横領されていたのは、新設をした部に出されるべきだった部費です。魔法関係の倶楽部は研究したい方向性は多岐に渡ります。これまでかなりの数の部を創立されておられるようですねえ。しかも、希望する学生一人でも活動出来るよう、他の学生に数会わせを頼み創設されていたそうですねえ」

「橘先生に名前だけでも貸してほしいと言われたって、聞き取りの際に言ってましたよ。新設を頼んだ学生には部費も必要なら多少は出すと言ってたそうですね」

 実際に話をした慶が証言すると、浩明が更に続ける。

「ところが、実際は出していない。殆どが一人でやってるんです。機材も空いてる時に借りれば済む話ですから、出す必要すら無かった。その部費を着服して、交際費に使っていたですよ」

「話にならんな。正直、君と話をする時は苛々させられたが、今回は呆れてその苛々も吹き飛んだよ」

 憤りの言葉に、浩明は見当違いの質問をぶつけた。

「彼氏の選んだ服、彼氏が選んでくれたスーツ、彼氏の誕生日には予約したホテルで甘い夜を過ごす。先生の口からは、彼氏からプレゼントされた、贈られたと言う言葉を一度たりとも聞かなかったものですからねえ。交際に関わる金銭の負担は全て先生がなさっていたのではありませんか。あなた、つくづく人を見る目がないと無いと言うべきか、録な男としか付き合えないんでしょうかねえ?」

「私が誰と付き合おうがお前に関係無いだろう!」

 人生経験が殆どない、それも、まだ高校生に自分の恋愛観を否定された事に軽蔑を込めて言い放つ。更に続けようと口を開こうとして、浩明はそれを遮って次の言葉を挙げる。

「これは失礼。確かに誰と付き合おうが知った事ではありませんでしたねえ。仮に相手が金を無心する無職であろうか乞食だろ

うが……学生であろうがねえ」

 意味深な眼差しで睨み付けると、「なんだと?」と明美が困惑したように口を開いた。

「結城の御嫡男殿が事件を起こした日、確かこう言いましたよね。「今日は私の彼氏が誕生日だからホテルを予約し、彼氏が選んでくれた服で食事をして、朝まで過ごす予定だった」と。そのホテルとはどこだったのでしょうかねえ?」

「ホテルクラタだよ。お前達のせいでチェックインが四時間遅れになったがな」

 嫌味のこもった口調。浩明が慶達に詰問しなければさぞ甘い時間を過ごせた事を考えれば当然だろう。

「そう、そのホテルクラタですが、一泊数万はする県内では数少ない高級ホテルですよね」

「せっかくの記念日なんだ。贅沢したって私の自由だろ」

「そこに何か言うつもりはありませんよ。ただ、気になった事がありましてね」

「今度はなんだ!?」

「そう、その予約していたホテルクラタでしたが、予約は先生の名前でされていました」

「おい、ちょっと待て」

 浩明の更に問い詰めると、明美が何かに気付いたように遮る。

「なんで姉さんの名前で予約していた事を知ってるんだ? ホテルの名前は誰にも言ってなかった筈だぞ!」

 浩明達が裏を取っている事に驚いて問う。名前を明かしたのは今が初めての筈だ。

「あの日は平日、それも翌日は普通に仕事ですから、泊まるとすれば駅前周辺。東京や大阪といった都会ならともかく、魔法都市なんて肩書きを付けたとはいえ北陸の地方都市に、誕生日デートに使いたくなるようなホテルの数などたかが知れてます」

 魔術師宣言を行い、魔法都市と呼ばれるようになったとはいえ、未だに再開発中の都市に高級で格式高いホテルは未だに片方の手で足りる程だ。温泉で町興しをしている同県の温泉街ならともかく、駅前のホテルの数は十数件。しらみ潰しにまわった結果、泊まる予定だったホテルなど直ぐに見つけれた。

「事情を話して予約していたプランを確認させて貰ったのですが、先生名義で一人拾数万のスイートを予約されていました。しかも何故か三人分、確認したところ風紀委員長でした」

「い、妹なんだ。別に構わないだろ」

「それはそれは、あなたの彼氏は随分と心の広い方ですねえ」

 不気味そうな顔で橘が歯切れ悪く答える。

「まぁ、折角の記念日、どう過ごそうが部外者には関係無いでしょう。ところで誕生日プランは利用されていませんでしたがどうしてでしょうか?」

「やっているとは知らなかったんだ」

「その言い訳で片付けるのは無理が有りませんか。彼氏の選んだ服で着飾り喜ばせようとしていた人間が、誕生日プランを調べていなかったとは思えないんですよ。となるとやるにやれない理由があった筈です」

「理由? 是非とも教えて欲しいものだな」

 虚勢を張ったつもりか挑発的に聞いてくる。

「ホテルの予約をする際、通常の宿泊と誕生日プランを予約するのとではひとつだけ大きな違いがあります。その本人が誕生日である事が絶対条件です」

「何を当たり前な事を」

 何を言っているのかと、浩明を馬鹿にした口調で罵る。

「普通に予約するならば絶対にやらない事。そう、本人が誕生日だと証明する身分証明です。それをやらない。いや、証明する事が出来なかったんですよ。それは何故か。付き合ってる相手が他の人間に知られたくない、むしろ知られると困る相手だからですよ」

「こ、困る相手だと?」

 明美が顔を青くして尋ねる。そこにあるのは全てを知られている恐怖だ。

「フリーターでも身分証明ならば出来ます。大学生なら学生証でも見せれば十分。となると、万が一、知られて困るのは誰でしょうか。あなたの職業から考えれば、考えられるのは学生、それも教え子です。そう、橘先生と付き合っている相手は副会長、あなたですよ。そして、風紀委員長、あなたが、ホテルに泊まった三人目です。関係から察するに、さしずめ副会長の愛人といったとこでしょうかねえ」

「言いがかりだ。確かな事じゃないだろ!」

「ベッドメイクの方に話を聞きました。五月十七日の翌日、予約された部屋で使われていたベッドはひとつだけだったそうです。三人で泊まっていたのに使われていたのはたったのひとつですよ」

 三人の顔が青を通り越して白く変わっていく。

「記念日にホテルを取る理由は分かりますし、交際されている方が夜に何をするのかも大体、予想が付きます。ベッドメイクの話から考えれば三人に肉体関係があった事など火を見るより明らかです」

「ベッドが使われてなかっただけで証拠になるか!」

「いや、どう見ても証拠じゃん」

 余りに見苦しい言い訳に対して凪が核心を突くが、それに答える事でお互いに泥沼にはまっていってる事に気付いてないようだ。そうなる前に浩明が更なる一手を打った。

「最も、スーツを買いに行った店で仲睦まじく買い物をしていたという証言が有りますから騒ぐだけ無駄だと思いますがねえ」

「な、なんだと?」

 小早川が辛うじて声をあげる。

「まぁ、バレないように京都の丸菱で買い物してたみたいですけど」

「な、なんでそれを……」

 小早川の問いに答えたのは浩明だ。

「橘先生、あなたのスーツに付いてるカフスボタンですよ。そのカフスボタンを駅前の丸菱で確認したところ、西陣織りで作られた京都店限定の物だそうです。そこで三人のここ最近の出欠状況を調べてみました。会長、あれをお願いします」

 振られた慶が、携帯端末を操作する。

「数ヶ月分の橘先生の出欠簿と二人の出欠簿です」

 それを三人に見せるように空間投影を展開させた。

「橘先生、二月と三月に一泊二日で京都に出張されてますが、その両方の一日目の昼から小早川君と明美ちゃんの選択している授業が欠席になってるんです。これ、昼から二人で京都に向かい合流したからですよね。泊まったホテルの方にも確認してますよ」

 三人は最早、答える事が出来ず黙ったままだ。

「教師と現役の生徒という危ない関係のカップル、それも愛人付きでデートする場所に市内を選ぶ可能性は無いでしょう。見つかってしまえばそれこそ破滅です。そんな危険を冒してまでデートをするような馬鹿はいませんよ。となると、目の届かない県外でデートをするしかない。そこで先生は自分の出張に合わせて、県外に二人を連れ出していたんですよ。出張先ならば地元の目もないし、まさか平日に教師と教え子がデートしてるとは夢にも思えないでしょうからね。最も三人の持っている携帯端末の中にはやり取りが全て残されているでしょう。それを照合すれば立派な証拠となる筈ですよ」

 言い訳のしようのない状況に、「くっ」と橘が声を押し殺して、力なく床に膝をつく。


「耀子さん」「姉さん」

 小早川と明美が橘に寄り添う形ですがり付く。

「くっそ、お前さえ、お前さえいなければ」

「姉さん、どうしよう、このままじゃ私達……」

 二人にとっての指揮官が追い詰められた事を悟った事に不安の声が漏れる。

「大丈夫、まだ手はある」その言葉が姉から聞ける事を求め、すがり付こうとする人間に対して、浩明は決して甘くはない。 

「月並みな言葉ですが、例え私がいなくてもあなた方の事はいつか暴かれてましたよ。最も、真実を知ったうえで共に加担し、肉体関係まで持っていた小早川先輩には言う資格はないと思いますがね。まぁ、心配せずとも時間はたっぷりと有ります。冷たい塀の中で自分達のやった事を後悔し、被害者に味わわせた以上の苦しみを味わえばいいんですよ」

 淡々と残された選択肢を述べると凪に指示をする。

「会長、校長に連絡。指示を仰いで」

 慶は頷くと、凪同様に携帯端末を取り出した。

「灯明寺、警察に通報をお願いします。青海高校で起きた一連の騒動の犯人を見つけましたと伝えて下さい」

「ほ~い」

 そう言われるのが分かっていた凪は、言われると同時に携帯端末を取り出して操作を始める。

 取り急ぎの指示を済ませると張り詰めていた緊張をほぐすように肩をまわす。

「後は、逃げないように監視だけはしないといけませんねえ」

「ここで?」

「保護も兼ねてです。我慢してください。連絡が来るまでの間だけですから」

 困惑する絵里を浩明は宥めた。








「くっくっく……」

「あん」「ほえ」「な、何?」「ん?」

 感情を圧し殺した笑い声、それが踞ったままだった橘から溢れてきた事に凪と慶の二人が携帯端末を操作する手を止め、浩明と絵里が反応する。小早川と明美に縋り付かれていたままだったのがゆらりと立ち上がると、反応して振り向いた四人を睨み付ける。

 目を血走らせ、狂気を孕ませて三日月に歪ませた瞳、どろりと熱されたチーズが滴り落ちたような形に口を歪ませたその顔、僅か数分の間に起きた豹変振りに女性陣は息を飲む

 三人を庇うような形で三人の前に立っていた浩明は咄嗟に理解した。

 自らの罪が暴かれ、追い詰められた人間の取る行動は二つに分かれる。絶望するか開き直るかだ。前者ならば打ちひしがれて動かないであろう。つまり後者のほうだと判断して次の一手を切り出した。

「橘せん…あぁ~橘さん、どうかされましたか?」 

 教師と見なさない挑発的な物言いで相手の出方を伺う。

「星野、これから大人になるお前に良い事を教えてやろう。真実というものはな、権力を持った人間にはいくらでも捏造出来るものなんだよ」

「成程、それが貴方だと?」

 血走った目をぎらぎらと光らせ愉悦を浮かべる橘に聞き返す。

「こう見えて私は、他の先生方からの信任が厚くてな。お前達がどう喚こうが私の言葉を信じるだろうよ」

「それはまた……この学校の教師の目玉はガラスで出来ているようですねえ」

「何とでも言ってろ」

 浩明の皮肉にも、くくっと不気味な笑いを洩らして橘は続ける。

「生徒会予算の横領は、生徒会長である大谷慶による犯行、その処分として会長職を退き、罪の意識に耐え切れず自主退学、星野と灯明寺の二人は学園中に騒動を巻き起こした責任を負い退学処分。里中も横領の隠蔽に関わり自主退学。それがこの一連の騒動の真実だ」

「橘先生、それ本気で言ってるんですか?」

「本気で仰っているようですよ。もはや支離滅裂を通り越した隔離病棟軟禁ものですが、本気で言ってるようですねえ。橘先生……もう教師と呼ぶ価値もありませんか。橘さん、私に真相を突き止めるからと頭を下げてまでして引き下がらせてまで己を守りたかったんですねえ。生徒に土下座までして形振り構わなかったのは相当、追い詰められられてたんですねえ。ですが、それを認めるつもりも、引き下がるつもりも有りませんよ」

 常軌を逸した言葉に浩明は真っ向から対峙する。

「心配いらないさ。お前達の口を塞ぎ消えてもらえば問題ないだろ?」

「そ、そうだ、お前逹さえ、お前逹さえいなければ問題ないんだ」

 天啓を得たかのように、傍らにいた小早川と明美がゆらりと立ち上がり狂ったように睨み付けてくる。その追い込まれた様は例え正気であっても決して人が選んではいけない選択肢だ。

「どうやらこれ以上、話し合いによる説得は無理のようですね」

 浩明は、警戒を改めた。

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[良い点] 更新進んでうれしいです。 [一言] 姉妹丼やってましたか。 改定前から、風紀委員長が副会長を名前呼びした時点からありうるなあと思ってました。
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