陸拾参話
「作戦成功~」
小早川から睨み付けられる視線など気にするものか。事が成功した事に凪は一人で満面の笑みを浮かばせ、存在感をアピールするようにくるりと一回転してスカートを翻させる。
「き、貴様、これは一体、何のつもりだ!?」
「いやぁ~、開き直った会長になら、ボロを出てくるかもって星野が言うからさ」
ふざけているとしか言いようの無い事態に、小早川は怒鳴るも、凪はどこ吹く風。笑みを崩さず構える。
「成程、解職請求以降、会長の態度がおかしかったのは星野のせいか……」
解職請求以降の慶の態度に明美は、漸く納得がいったようだ。あれだけの豹変はやはり星野の差し金だったと言われれば、ストンと胸に落ちる。
「まぁ、なにがなんでも責任を負わせさせて失脚させたいって事が小早川先輩の口から聞けただけでも、成果はあったみたいだけどね」
試合に負けて勝負に勝った。
してやったりとばかりの笑みを向けられた小早川は、凪から目許を歪めて視線をそらす。自分でも失言だったと自覚しての行動だろう。
「ふざけた真似をしてくれたな」
「いや、大変だったんですよ。私の言った通りにって言ってくるんだけど天統先輩達には拷問器具だの御嫡男殿って言うんですよ。何度、そのまま言いかけたか」
「言い淀んだり、会話がそこで途切れてたのはそのせいか……」
凪の形の整った耳に付けられている小型の無線機。
それが慶の口振りに感じた違和感の正体。星野浩明が天統家の関係者を名前で呼ぶわけがない。というか、言いかけたと言っている凪だが、一度だけ拷問器具と言っていた筈だ。
「成果とかはともかく、会長はどうしたんだ?」
「そ、そうだ、会長はどうしたんだ? こんな茶番劇を起こしておいて姿を現さないとはどういうつもりだ!」
状況が飲み込む事が出来ていない総一郎が口を開くと、小早川が続ける。首謀者扱いで聞くのは、失言を誤魔化したいからだ。
「会長なら安全な所で一部始終見てるわよ。本当だったら会長の役目だったのに、私には無理って言うから、代わりに相棒である私が擬装魔法で会長に姿を変えて喋っていただけよ」
「相棒」と言う部分を強調し、自慢気に説明する。
「いつの間に会長を味方に付けたんだ?」
明美が驚くのも当然だ。天統雅の件で解職請求を叩きつけると、学生達の前で宣言した浩明が、一緒に行動しているのだから。
「真相解明の為に一緒に動いて、なんか問題でもあるの?」
「それは……」
意味の無い質問に逆に聞き返す。答えの分かりきった質問は時間の無駄である。
「さて、話を戻して、横領の実行犯が誰なのか教えてもらいましょうか」
壇上にいる役員達を見渡して続ける。
「ふざけるな、散々、馬鹿にしといてまだやるつもりか!」
「当たり前ですよ。まだ何も解決してないんですよ」
小早川が異議に真っ当な正論を唱えると、明美が割り込んでくる。
「何も解決してないって、星野みたいな言い方だな。どうせなら次は星野にでも化けて糾弾でもするか?」
ー来た!
凪はその言葉を待っていたとばかりにわざとらしく言葉をにごらせる。
「それはちょっと……。小早川先輩とお揃いなんて勘弁ですよ~」
「なんだと!?」
聞き捨てならない言葉に、小早川は声をあげる。
「だって~、星野に化けて天統さんを襲ったのって副会長なんですよ」
会場は静まり返り、役員、学生、教師、全ての視線が小早川に向けられる。
「なっ、貴様、何を馬鹿な事を」
向けられた視線に戸惑いながらも、怒りを露にする小早川に、凪は浩明の自論を切り出す。
「だって、一緒に仕事してた先輩なら天統さんの鞄に会長の私物を入れるのも入れ換えるのも可能じゃないですか。それで、彼女を会長の所へ一人で行くように仕向けたんですよね?」
「ふざけるな、それだけの理由で犯人扱いするつもりか?」
「灯明寺、流石にそれは言いがかりだろ」
同じ場所にいたから犯行は可能、そんな理屈で犯人扱いされてはたまったものではない。
「でも、一連の状況から考えても犯人は小早川先輩ですよね?」
「貴様、まだ言うか」
「てか、先輩しかいませんよね?」
「おい!」
言葉を荒げる小早川に、凪は怯むことなく続ける。
「動機は今回の横領の責任を、会長達に負わせる為てとこかしら?」
「黙れ!」
激昂する小早川に、凪は続ける。
「だけど会長達の人気は絶大。そりゃ、奉仕活動して選挙でまさかの当選ですからねえ。いきなり「横領をしていた」と言ったところで、誰も間違いだと聞く耳はもたないわよね」
「俺の話を聞け!」
一人称が変わるほどのうろたえ。生徒総会当初の、勝ち誇った姿は、もうそこにはなかった。
「そこで、学内での信用を落とす為に、星野に変装して天統さんに暴行。星野を犯人扱いさせて、それが冤罪だと証明する事で信用を失墜させる予定だったんでしょ?」
「黙れ!」
狼狽する小早川に、凪は最大の挑発の言葉を放った。
「小早川先輩、この際、正直に話したほうがいいですよ。そうでなくても星野、敵にまわした時点で残りの人生、もう詰んでるんですから無駄な抵抗は止めたらどうです?」
「こんのクソガキがあああぁぁぁ!」
小早川がコンバーターに手を添える。
自身の全ての魔力粒子を変換しての起動構築、粒子の変換量が多ければ多いほど威力は高くなる。絶大な魔力の籠った一撃ならば初級魔法であろうと、致命傷になる事さえある。
現在、構築されている魔法は、彼の魔力粒子が全て籠った渾身の一撃なるであろう、その威力は間違いなく、凪に絶大なダメージを負わせる筈だ。
「やめろ秀俊、灯明寺を殺す気か!」
「うるせぇ明美、ここまでコケにされて黙ってられるか!」
「あれ、二人って名前で呼び合うほどの仲なんだ。もしかして付き合ってんの?」
この状況でもらした感想がそれ!?
余裕どころか、蚊帳の外にいるような態度。
この一撃に備える全員が呆気に取られる。
自分に置かれている立場が分かっていないのか、と正気を疑う言動に唖然としているギャラリーを見渡してすと、素っ気なく凪は止めの一言を放った。
「やるならどうぞ」
その言葉が小早川の僅かに残った理性を崩壊させる。
「術式……」
「ただし……」
起動トリガーが切られるその瞬間、凪はポツリと、それも自分にしか聞こえない程の小声で口にする。
自らこの場に立つ亊を選んだ時からこうなるのは分かっていた。とことん追い詰められた相手が取る行動は逆上するのは目に見えている。
そうなれば自分に危害を加えようとするのはよくある話だ。
だからこそ、自分は安心できる。
「や・れ・た・ら・の話だけどね」
この言葉が言いきられる前に、会場にいた全員が理解と同時に見逃していた。
何故、灯明寺凪はあんなにも平然としていたのか。
何故、自分達は気付かなかったのか。最も重要な人間がこの場に居なかった事をだ。
高熱の炎。それを足に纏った跳び蹴り、浩明の代名詞にもなりつつある炎熱蹴りが小早川の胸部に直撃された事によって。




