陸拾弐話
「ここにある資料を見た通り、生徒会長や他の生徒会役員が生徒会予算を私物化し、着服していた事実が明らかとなりました」
ステージの壇上に立ち、生徒会長である大谷慶と、総一郎達を糾弾する小早川の姿はまさしく被告人を責め立てる弁護士そのもの。康秀の暴走が引き起こした騒動も、追い風となり、総一郎とこのみはただ、黙って俯くしかない。
自分達が当主である吉秀に謹慎処分を受けている間に、横領犯扱いまでされている事に動揺を隠せない。
自分達の地位は脆い砂で出来た大地が如く崩れてしまったのを激しく痛感させられる。
慶の解職請求の知らせを受けて、なんとかしなければと、このみと連絡を取り合い、自宅からこっそりと抜け出そうとしたが、叔父の信康にことごとく止められた。
浩明と慶の無実を晴らせるのは自分達だけだと訴えたものの、にべもなく聞く耳もたれず切り捨てられ、逆に諭されるように言われた。
大谷慶は実家の保護下に入り、慶の父親である大谷吉房もそれを認めたというのだ。
そのうえで、天統家、結城家には一切の不干渉を求められた。
もし、手を出そうものなら、全面戦争の覚悟を吉房から迫られた。それも、文書等ではなく直接、天統家に乗り込んできたのだから、総一郎達に拒否権は無かった。
無意味な隠蔽を強要した結果、横領の疑いを掛けられた慶。
これ以上、動けば恥の上塗りにしかならない。
雅が襲われ、意識不明の重体になったのを差し引いても、天統家側には負い目しかなかった。
天統家側は完全に手順を誤っていたのだ。
生徒総会前、対策は有るのかと詰め寄った総一郎とこのみに慶が出した指示は、黙って座っている事、つまり、何もせずにただ見てろという事だ。
明確な拒否に納得いかないと、抗議するが、慶からは一切の情報を得られず、逆に「騒ぐなら邪魔だから出なくていい」とまで言われ、それ以上は聞けなかった。
結果、ただ、小早川の糾弾に耳を傾けるしかなかった。
「以上の事から、私は、現生徒会は職務を全うしていないと判断し、現生徒会長、大谷慶の解職を請求します」
「分かりました。確かにこれが事実なら私も相応の責任を負って生徒会長を退きましょう」
それまで、何も答えず座ったまま否定も弁解もせず、傍観者に徹していた慶は冷静に答える。
「随分と潔い態度ですね。先日の時とは大違いだ」
教室での不敵な笑みを浮かべ、何もしていないと言い切った時とは正反対の態度に小早川は心の中で安堵した。あれだけの啖呵を切りながら、結局、何の対策も出来なかったのだろう。今のうちに謝罪の態度を示しているのだろうと高を括ったのだ。
総一郎とこのみも、普段の慶とは全く正反対のその姿に、「会長、何を……」と続けようとした言葉を飲み込む。傍観者である他の学生達も、席から立って小早川に相対する慶の振舞いに注目している。
それが本来の立ち振舞いなのか、ただの開き直りか、それとも逆転の一手が有る事による自信の現れか、小早川に疑念を抱かせる。
「ただし……、私の質問にひとつだけ、ちゃんと答えてくれればの話ですけどねえ」
「な、何だ?」
教室でも見せた慶の浮かべる不敵な笑み。それが小早川に警戒心を抱かせる。
「小早川君が調べたというその横領、実行犯が誰なのか、それを教えてくれないかしら?」
「なんだと?」
「生徒会役員は会長である私が選ぶ選任制、それならば、実行犯の役員と一緒に謝罪をしたうえで、責任を負って退きたいと思います。ですから、それを行った役員の名前、ここで言って頂けまませんかねえ?」
有無を言わさない物言いに小早川は言葉を詰まらせる。しかし、それは想定内の亊だったのか、直ぐに平静を取り戻し答える。
「冗談はやめてください。夕食代と領収証の差額はどう説明するんですか。学校側から出された支給額以上の食事をしていながら、領収書の金額は支給額で書かれている。確か……入学前の結城このみや天統雅も同席させてましたよね。その二人分の食事代はどこから出していたんだ。浮いた予算や廃部に追い込んだ倶楽部の部費で埋め合わせしていたんだろ?」
実行犯は自分達だろうと言ってくる小早川に、慶は怯まず反論する。
「差額は自分達で出してましたよ。天統家の御令嬢……じゃなかった、雅ちゃんとこのみちゃんの分はそこのごうも……失礼、天統先せん……、天統君と結城君が出していた筈ですよ。ですよね?」
聞かれて総一郎とこのみは無言で頷く。それを事実の確認を終えると「そもそも……」と続ける。
「生徒会の仕事は毎日という訳では有りません。週に二日有るか無いかです。学校側から出される金額は千円以内です。当時は私と二人合わせた三人、仮に差額が多目に考えて一人千円としても、週三千円、一ヶ月でも一万二千円、それが六ヶ月で七万二千……まぁ、色々な誤差を考えても十万を越える金額ではない。そこから更にごれい……じゃなくて、雅ちゃん達二人の食事代を含めても、漸く十万を越えるかどうかよ。でも、副会長が調べた帳簿の金額は数十万を越えてるわよね。この残りの金額はどこへ消えたのでしょうかねえ」
「そ、そんなのは、会長達が私的に使ってたんだろ。各倶楽部の運営予算を回収し、廃部に追い込んで浮いた金で遊んで回ってたんだ!」
「馬鹿馬鹿しい。そんな手間のかかる亊しなくたって、小遣いなら親に頼めばいくらでも出してくれるわよ。大谷宗家の資産、嘗めてるの? まぁ、そんな脛かじり、お父様は絶対に認めないけどね」
感情的になりかけている小早川の言葉を、実家の肩書きを出して反論する。それも手をひらひらと仰ぎ、小馬鹿にする感じでだ。
「それで、領収書を改竄し、帳簿を書き換えまでして、消した予算は誰が使ったのかしら?」
「そ、それは……」
「そもそも、会計である……雅ちゃんの端末は、生徒会の人間なら誰でも扱えるでしょう。それこそ、改竄も容易に出来るわよね」
私にも、彼にも、と自分や総一郎、このみを手を差し、最後に小早川に手を向ける
「もちろん、副会長にも」
「馬鹿馬鹿しい、告発した僕がやるわけないだろ。それに、責任を負うなら結城康秀の一件でまず負うべきだろうが」
思い通りにいかない事に苛立つ小早川は、康秀の広域殲滅型魔法の件を引き合いに出して迫るが、慶は肩を竦めて呆れの交じったため息を洩らした。。
「なんで私が結城……君の暴走の取る必要が有るのよ。個人の問題に生徒会は関係無いでしょ。結城君の責任は結城君が取るべきでしょ」
「ふざけるな! 天統雅が襲われたのは会長が原因じゃないですか!」
「原因って、鞄の入れ間違いしただけで生徒会長を辞めさせられるって本気で思ってる?」
あくまで、自分に非はないと、手をひらひらと仰ぎおざなりに返す。
「さて、下らない話は置いといて……」
「会長、何を亊を言うんですか!」
ずっと聞き続けていた総一郎が勢いよく立ち上がり、声を荒げる。
雅が襲われた亊、康秀の騒動を下らないと切り捨てられた事が聞き捨てられなかっだ。
「天統君。雅ちゃんと結城君の件は全て天統家の因果応報、自業自得が招いた結果です。それに生徒会が関わっていたと言うのはお門違いですよ」
「ですが!」
「人語が通じませんか拷問器具! 黙って座っていろと言った筈です。次に口を開いたら問答無用で退席してもらいますよ」
なおも続けようとする総一郎の口を、慶は一喝して黙らせた。
「さて、解職請求理由になっている暴行、冤罪、校舎の破壊については天統君達に責任が有るとして、横領に関して話をつづけましょうか」
本来の話を戻すよう促す。
「今回の横領ですが、何故、解職請求に挙げて生徒総会で糾弾に及んだのでしょうかねえ?」
「何でって、ふざけてるのか?」
的外れの質問に小早川の声が荒くなる。
「そもそも、横領が有った亊を証明した時点で、普通ならば教師や指導部に事実を告げ、指示を仰ぐべきではありませんか。まがいなりにも横領ですよ。生徒だけで済ませれる問題ではありません。本来ならば、教師立ち会いのもと、双方に話を聞き、事実を確認し、処罰を判断するのが筋では有りませんか。それを新聞部を通じ、大々的に宣伝までさせて逃げ場を奪うような亊をなさった理由を教えてはくれませんかねえ」
「そんなもの有るわけないだろ! あくまで開き直るつもりか?」
「行動を起こす時とは、何かしらの理由と目的があるはずです。そこに今回の一件の真実がある。私はそれを追及してるだけですよ
「真実、真実ってごちゃごちゃと、あんたは責任取ってさっさと引っ込んどけばいいんだよ!!」
「本性をあらわしたわね。正義の味方気取りの三流、いや四流、やっぱりここはもう二倍した八流人間。いっそ人間を皮を捨てたらどうですか。化け物は化け物らしく、少しは見映えが良くなるんじゃないの」
「ちょっと、会長?」
普段の慶からは絶対に聞く事のない言葉に、聞き手が目を白黒させる。普段のほんわかとした笑みを浮かべている印象とはまるきり正反対だ。
「まともな証拠も実行犯も分かっていないようですので質問を撤回しましょう。代わりに私自身で本当に使い込みが有ったのか、徹底的に調べ直します」
「ちょっと待て、会長」
「真実をはっきりさせたうえで、改めて生徒総会を開き、誰がやったのか白日の下に晒します」
「話を聞け!」
「副会長、こんなふざけた茶番劇で、全校生徒の前で糾弾した亊への謝罪をやってもらえませんか」
「出来るわけないだろ」
「ならば、誰が横領をやったのでしょうか。自分が正しいと言い切るなら今この場で名前を言いなさい!」
慶の雷に、小早川は返す言葉を無くし、歯噛みし睨み付ける生徒会役員席に向かい合う形で設けられていた委員会席から風紀委員長の明美が立って、二人の間に立ち、この場にいる全員が浮かべているであろう疑問を投げ掛ける。
「会長、落ち着いて下さい。一体どうしたんですか? あなたらしくもない」
「あら、いつも通りのつもりなんだけど?」
「な、何を言ってるんですか。どう見たっておかしいですよ!」
納得いかない答えに、言い返してしまう。普段の慶を知っているだけに、違和感どころの話ではない。小早川も「そ、そうだ、まるで……」と、言いかけて言い淀む。彼の中の何かが警鐘を鳴らす。
「まるで……何かな?」
口許に人差し指をあて、首を傾げ、淡々と、しかし、どこか愉悦を含み嬉々として聞き返す言葉、そして慶の違和感に焦りを感じる。
敵対した相手を徹底的に糾弾し、加害者として社会的制裁を下そうとする。何よりも小早川達が抱いた一番の違和感。
先程、慶は総一郎を黙らすのになんと言ったか……
そのやり方、その口振り、何よりも総一郎達に対して言った「拷問器具」という言葉。その立ち居振る舞いがある人間を浮かべさせる。それも一番関わりたくない人間にだ。否定したい現実が這い寄って来るようだ。
「お、お前、まさか……!?」
慶の口許が三日月の如く歪む。
それが、小早川の疑念を確信に変える。
売られた喧嘩は買い叩き、敵にまわせば容赦なく叩き潰すであろう男の亊をだ。
「あちゃ~、ここまでかな」
その言葉と同時に慶の身体が光り出すと同時に、光の粒子が周囲に飛散してゆく。
光の粒子、それは、術式変換されていた魔力粒子、それが解除される事により、粒子へと還元されていくプロセス。
それにより、目の前の慶が、擬装魔法を使っていた事による別人だった事を、全員に理解させる。
全ての魔力粒子が光となり散った後、そこにいたのは、彼等の予想通りの人物では無い事に一瞬の驚きを与えるも、直ぐ様納得する。背は多少低いものの、短い髪を両側で束ねメリハリのついた身体、すらりと伸びた脚を黒のニーソックスで僅かに露出させ、絶対領域を見せつける少女。
「灯明寺……凪!」
「あったり~、星野じゃなくてゴメンね~」
学生全員を欺いた小悪魔がそこにいた。




