陸拾壱話
気分転換の息抜きと称してやって来たのは駅前だった。
北陸地方は車社会であるが、駅周辺は交通の要所とあって、商業施設や宿泊施設等もそれなりに発展している。その為、学校帰りの寄り道には重宝されており、浩明達もよく利用している。
平日とはいえ、それなりに人通りのある駅前に到着した四人だが、まず人気だというクレープ屋で買ったクレープに舌鼓を打ち、談笑しながら歩く女性陣の後ろを付いていっていた浩明だったが、「あ、ここですよ」と、凪が案内したのは洋服店だった。
「ここ、私のお気に入りなんですよね~」
「あ、ここ私もよく利用してるわ」
「あ、そうなんですか?」
絵里もよく利用しているらしく、店の前で話に華を咲かせる。
「あの、ひとつよろしいでしょうか?」
その状況のなか、一人、蚊帳の外である浩明は意を決して切り出した。
「ここ、私が付いてくる必要は無いのでは有りませんかねえ?」
自動ドアから店内を覗くと、店内で品物を見ているのは殆ど女性しかいない。
「大丈夫よ。ここ、ちゃんと男性用の服も取り扱ってるから」
「そういう意味ではないのですが、せめて、どこに行くか位は言ってほしかったですねえ」
興奮を抑えつつ説明する凪とは対照的に、浩明はげんなりとした口調で答える。
並んでいる品揃えからして、普段、本屋にしか行かない浩明には未知の空間だ。
「だってさ、言ったら逃げるでしょ?」
凪の詰問に、視線を逸らして沈黙する事で答える。
「分かりました。では、私はそこの本屋で待ってますので終わったら連絡をお願いします」
女の買い物は無駄に長い。納得いくまで待っていては閉店時間まで付き合わされるのが目に見えている。
それならばと、近くの本屋を指差し、三人に背を向けようとするも、「ちょい待ち」と腕を掴まれる。
「実は夏物の新しい服を探してんのよね~。それで星野の意見も聞きたいのよ」
「期待に応えたいのは山々なのですが、私に聞くよりも、同性の会長達にお願いした方がよろしいのでは有りませんか」
首だけを向けてやんわりと断ると、何故か慶は目を丸くして驚き、絵里は呆れの交じったため息を洩らした。
たまらず、絵里が助け船を出した。
「ほ、星野君、灯明寺さんはそういう意味で意見を聞きたいわけじゃないと思うんだけどなぁ……」
「それでは、どういう意味でしょうか? 私の意見よりも、同じ女性である会長達に意見を求める方が的確な意見を求める事が出来ると思うのですがねえ」
「だ、駄目だ……全然分かってない」
絵里は項垂れる。
浩明としては、適材適所を考慮したうえでの対応だった筈だ。
何故、そんな反応をされるのか浩明には答えが見つからない。
「おや、何か問題でも有りますか?」
心底、分からないと疑問を向けてこられて、女性陣三人はなんとも言えない表情で見合わせると、強行手段に踏み切る。
「星野君、私達は男子更衣室まで付き合ってあげたんだから、今度は私達に付き合ってもらうわよ」
逃げられないよう慶と絵里ががっちりと浩明の両腕を掴む。
「君、話を聞いてますか?」
反論しようとする浩明に、凪はとっておきの切り札をだした。
「逃げたら、夕さんにチクるわよ。星野に男子更衣室に連れ込まれましたって」
それを言われると、浩明には反論の余地が無い。
事情を説明するだけでも苦労するのが目に見えている。
強引に腕を掴まれて浩明は店内に入っていった。
「星野、これ似合うかな?」
「よろしいかと思いますよ」
試着姿の凪を見て、感想を返す。
数分後
「こっちのはどう?」
「いい思いますよ」
「……頭にどうでも、が付きそうな感想ね?」
おざなりな返し方に、凪は腰に手を当てて睨み付けて、絵里と慶は苦笑を洩らしてくる。
「そういうつもりはないですよ。そもそも、似合っているのを似合っていると言って文句を言われても困るのですがねえ」
浩明としても紛れもない本心だ。素直に感想を言ってるだけである。
だからこそ、三人は苦笑を洩らしてしまう。
「そういう意味で文句を言ってるんじゃなくてさ」
「なんて言うか、こう……こんな格好が好みとか、こういうの見たいとかないの?」
「何故、そのような事を私に求めるのですか。自分の気に入った服を選べばよろしいのではありませんか?」
「まぁ、うん……、薄々、気付いてたけどここまで酷過ぎると、むしろ清々しいわね」
絵里と慶から諦めのため息が洩れるのも仕方がない。
凪の浩明に対する好意的感情は誰の目から見ても明らかだ。
そんな凪が、浩明に服の意見を求めるのも相当の勇気がいる行為だった。それを分かっているからこそ、慶と絵里も凪の味方をして、否定的な浩明を店に連れ込んだのだが、結果は散々たるものだった。
当の本人がその好意的感情に気付いてないのだから始末が悪い。むしろ、何故、気付かないのか墾墾と問い詰めたい位だ。
「そもそも、君に似合わない格好は余り無いようですから、安い方でいいのでは有りませんか」
「安い方でって……それじゃ一緒に来た意味ないでしょ」
「意味?」
「なんでもない、ただの言い間違いよ」
浩明に聞かれて慌てて凪は訂正する。
前々からいつかは一緒に来ようと目論んでいた凪だが、まさか浩明がここまで無頓着とは思わなかった。
余り乗り気でない浩明を無理やり連れ込み、服を選んでいる最中に、「頑張れ」と小声で応援してくれた二人には感謝しているがどうやら徒労に終わりそうだ。
勇気を出した自分がとことん惨めだ。
「……アンタに聞いた私が馬鹿だったわよ」
諦めと悔しさの籠った言葉に、絵里と慶からの非難の籠った目。
さしもの浩明でも、自分の行動が三人の期待を大きく裏切った事が分かった。
何とか取りなそうと「まぁ、なんと言いますか……」と切り出す。
「君がどういう意図で私に意見を求めてきたのか計りかねますが、ひとつ要望をあげるのでしたら、出来れば、頭に付ける髪飾りはなるべく派手な物は避けて貰える方が助かりますかねえ」
意外な箇所への要望に、三人から凝視されるのをわざと振り向き、背を向ける事で視線を反らしてから答える。
「撫でる時に邪魔になるじゃないですか」
「へ?」
呆気に取られた三人だが、それが浩明なりの要望だと分かり慶と絵里から思わず笑みが零れ、凪は顔を赤くする。
「なんだ、ちゃんと言えるじゃない」
「答えろと言われたので答えただけですよ」
絵里からのからかいを誤魔化すように答えると、浩明はそっぽを向いて答える。
「だったらアクセサリーショップに行きましょ。そこなら、星野君も、灯明寺さんに付けて貰いたい髪飾りが有るんじゃないかな?」
慶の提案に、「そうしましょ」と絵里が答えると、浩明が怪訝な顔に変わった。
「今から行くんですか?」
「当然でしょ」
拒否権を認めない雰囲気で迫られる。
髪飾りを話題に出しておきながら、今日はお開きでは後味が悪い。とはいえ、浩明にも反論する余地は有る。
「この店に入ってからかなり時間が経っています。日を改めたよろしいかと思いますが?」
時間を盾にした浩明の言葉も、慶と絵里には通じない。
「星野君、灯明寺さんに悪いとは思わないの?」
ならばと、凪を盾に押しきってきた。
彼女の機嫌を損ねた責任が浩明には有る。
押し黙ったのは納得だと受け取ると凪に着替えを促し、カーテンを閉める。
「何といいますか、全員揃って、強引ですねえ」
「それ、星野君には言われたくないかなぁ……」
心外だと言わんばかりに慶が言い返す。
一度は自分に解職請求を突き付けてきた男だ。豪腕振りは敵わない。
二件目の移動中、次の店の事を話題に女性陣が盛り上がる中、絵里ははっと思い出したように浩明に切り出した。
「星野君、次の店なんだけど、気に入った髪飾りが有ったらプレゼントしてあげたら?」
「プレゼント……何故ですか?」
まさかの疑問に、三人は正気を疑う。
「あなたね……灯明寺さんに手伝ってもらってるんなら、感謝の気持ちを込めて贈ろうとか思わないの?」
「あぁ、そういう意味ですか?」
それ以外に、どういう意図で聞かれたと思ったのだろうかと、聞き返したいが二人は思い留まった。
「灯明寺には勿論、感謝してますよ。まぁ、一緒に食事をする際には食費はこちらで出してますし、部屋で人の間食を食べても文句も言っていません。それで充分だと思うのですがねえ」
「あぁ……餌付けかぁ」
指摘されて、眉間に皺を寄せ、ばつの悪い苦笑で絵里は答える。
実際、浩明の部屋に来た際、凪の食べている間食や飲み物は浩明が買い込んだ物である。
一応、食べていいかと許可は取るが基本的に浩明は好きにさせている。
夕程では無いが、浩明も凪の胃袋を掴んでいたりする。
「そ、それもいいかも知れないけど、たまには女の子が喜びそうな物を贈ってあげたらどうかな?」
「行き過ぎた贈り物は、時に相手に気を遣わせ悪印象を与えるものではありませんか?」
「行き過ぎたって……」
「結構、稼いでるんじゃないの?」
二人が難色を示すが浩明は続ける。
「行き過ぎたな進物や振る舞いは、時に相手に皮肉や揶揄を与え、自らの品格を下げます。分相応の振る舞いこそ、一番では有りませんかねえ」
「それも師匠の影響?」
「いえ、先日、再放送で見た時代劇からです」
「じ、時代劇……」
「えぇ、徳川家康の生涯を描いた作品でして、些か見応えが有りましたよ」
「こ、これは……酷過ぎるわね」
「根本的にズレてるわね」
三人は完全にひいている。
男女の恋愛に、時代劇の人生観を持ってこられては困る。
この馬鹿の価値観は直す必要がある。
「あのね星野君、一般の男性ってのは、女の子の前では格好付けたがるものなのよ」
「それを、分不相応だの行き過ぎただのって、多少は見栄を張るものなのよ」
「世間じゃ、付き合ってる彼女にプレゼントしたいからって短期のアルバイトやってる男性だっているのよ!」
「はぁ……、そういうものなのですか」
「そういうものよ!」
説教と非難をまくし立てられて浩明はたじろぐ。
「そう言った類いの話は創作だと思っていたものですかからねえ。実際に行っている方がおられたとは知りませんでしたね」
「アンタってのは……」
初めて知ったとばかりの反応
三人はつくづく返す言葉がない。
「そうですか、実際に有る話なんですか、実際に……」
理解しようと反芻していた浩明だが、反芻が途切れた。
突然、無言になった浩明に、凪達は最初はずっと見ているだけだったが、明らかに雰囲気が変わっている事を感じ、表情が強張る。
「部長、付き合ってる相手への贈り物には、多少は見栄を張るものなのですよね?」
「そ、それは、まぁ、張ると思うわよ。まぁ、行き過ぎた物を贈られるのは困るんじゃないかな……多分だけど」
曖昧な回答で絵里は答える。断言仕切れないのは絵里に交際経験が無いからだ。
「そうですか。行き過ぎた贈り物は困りますか」
絵里の回答に納得すると、次は慶に質問をぶつける。
「会長、生徒会予算の見直しと削減ですが、前例が有ったのでしょうか?」
「それは……、無かったんじゃないかな?」
腕を組んで、考え込んでから答える。
「小早川君が前例が無いって反対してたから」
「副会長が? 成程、そう言ってましたか……」
反芻し、二、三回頷き納得する浩明に凪が口を開いた。
「星野、さっきから何を考えてんのよ?」
女性への贈り物の事を聞いたと思えば生徒会予算の事に話が飛ぶ。
接点の無い事を振られた方は困惑して当然だ。
しかし、浩明からの答えは返ってこない。考え込んで自分の世界に入ってしまっている。
「ちょっと聞いてるの?」
業を煮やした凪が、浩明の肩を揺らして意識を自分達に向けさせる。
「あぁ、失礼」と没頭していたのを中断させて、謝罪してくると、凪は改めて問い詰めようとする前に浩明が口を開いた。
「調べる事が出来ました。申し訳無いのですが、息抜きはここまでです」
「はぁ!?」
突然の打ち切りに、三人は納得いかないと声を荒げようとしたが、次に浩明が続けた言葉に息を飲んだ。
「朧気ながらですが真実が見えてきました。手伝ってもらいますよ」
納得いかない理由はなくなった。




