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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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伍拾鉢話


「君達は……」

 職員室の扉を閉めて振り向くと、浩明と凪は廊下のほうから歩いてくる小早川に声をかけられた。

「どうも」と浩明が軽く頭を下げると、横にいた凪も軽く会釈した。

 会釈をされた小早川は、笑みを浮かべて二人に近づき、口を開いた。

「君達には感謝しているよ。おかげで解職請求はうまくいきそうだよ」

 意地悪く、そして見下しているのが丸分かりの下品な笑顔に、凪は眉を顰め不快感を露にする。浩明は涼しい顔で受け流している。

「そうですか、ところで予算着服はいつ頃分かったのでしょうか?」

「そんな事聞いてどうするつもりだ? 聞いた話だと君達は仲良く退学するそうじゃないか」

 お前達には関係ないだろと言う物言い。浩明の問いに答えるつもりは無いようだ。しかし、それで浩明が引き下がるわけがない。

「仰る通りです。ですが、我々が巻き込まれた騒動が原因で発覚したと言う記事が出たのですから気になるのが、人間というものでは有りませんかねえ」

 単なる好奇心だからと、尚も小早川に求める。浩明に引く気が無い事を悟ると小早川は呆れの交じったため息を吐いてから、流暢に語りだす。

「極秘に調べていて時間がかかったんだ。着服が証明されたのはつい最近なんだよ」

「そうでしたか。ちなみに証明された証拠とは、どういったものだったんでしょうか?」

「前期、予算をあれだけ削減しておきながら、学校側に提出された実際の支出額が予定支出額と同じだったんだよ。おかしいと思って調べたら、帳簿と領収書が書き換えられ、浮いた予算が消えていた。はっきり言って信じられなかったよ」

「そうですか。確かにそれは見過ごせない話ですねえ」

「おまけに今期の予定支出額も前年度前期の支出額と同じ金額だ。予算削減をしておきながらおかしいだろ」

「そうですか。因みに、書き換えられる前の帳簿は?」

「ちゃんと保管しているよ。生徒総会に必要不可欠だからね」

 浩明の問いに、憤りの言葉を露にする。しかし、その言葉とは裏腹に、歪んだ笑みを浮かべている。不正を暴いた自分自身に酔いしれているようだ。

「あぁ、そう言えば、天統家の御令嬢が襲われた時は、どうしてたんでしょうか?」

「御令嬢って、君の妹だろ?」

「私に妹などいませんよ」

 浩明の言い分に二の句を告げなくなる。目の前で総一郎達とあんなやり取りをしときながらその言い方。この男の歪み方も相当だ。内心、呆れながら浩明に答える。

「電話を受けて駆け付けた時には、皆集まっていて、倒れている天統さんを抱えて何度も呼びかけていたよ」

「皆集まって……、つまり、最後に現場に駆けつけたという事ですか」

 浩明の確認に「まぁ、そうだが」と怪訝に眉を顰めて答える。

「それで、事情を聞いて警察に通報しようとしたら、止められたんだよ。「襲ったのは浩明かもしれない。本人に話を聞いて穏便にすませたいから待ってくれ」てな」

「それで、冤罪に加担したというわけですか」

「勘違いするなよ。僕は止めたんだぞ」

 小早川が、浩明の言葉を否定すると、凪が二人のやり取りに口を挟んだ。

「つまり、天統さんを襲った後、駆け付けた先輩達相手に星野の振りして逃げて、その後、電話を受けて駆け付けました……て事も可能よね?」

「何だと?」

 現生徒会長達が失脚して最も得をする小早川へ向けられた疑いの言葉に目尻が歪む。しかし、それも一瞬で、再び不適な笑みを浮かべて「確かに、それもそうだな」と答える。

「仮にそうだとして、それを証明する事が出来るのかな?」

「そ、それは……」

 凪がたじろいで、言葉を詰まらせる。あくまで状況証拠からの憶測、それを言われては返す言葉が見つからない。

「確かに、今のは灯明寺の憶測です。ですが、本当に証拠が出た場合、どうなるでしょうかねえ?」

「どうなるかって、どうするつもりかな?」

 代わって口を開いた浩明に対して、小早川は挑発的に聞き返す。

「決まってますよ」

 浩明がニコリと笑みを浮かべて小早川の胸倉を掴む。

 一瞬の事で小早川は反応が遅れるが、抵抗しようと掴まれた浩明の右手を掴もうとして硬直する。先程まで笑っていた顔は一瞬にして無表情に代わり、小早川に迫る。

「高い代償は支払ってもらいますよ。生憎、出汁に使われたまま黙ってられるほど泣き寝入りするほど人間出来てませんからねえ。売られた喧嘩は買います。物理的に潰し、社会的に報復して差し上げます。どうぞ、其方は其方でご存分にお働きを。些か、星野流の手並みをお見せいたしましょうや」

 潰す。

 感情の読めない淡々とした脅し文句にたじろぐ。

 未遂に終わっているものの、入学以来、敵意を向けてきた相手を物理的に返り討ちし、精神面で追い討ちしてから、目の前で通報しようとしてきた男だ。

 星野浩明ならやりかねない。いや、必ずやる。

 その恐怖に小早川は震えながらも、睨み付けてくる浩明を睨み返し、捕まれていた右腕を払うと、「や、やれるものならやってみろ。い、いつでも相手になってやる」と吐き捨てて職員室へと入っていった。






「アンタ、恐ろしい事を言うわね」

 浩明の報復方法は極悪非道だ。自他共に認める事なだけに、何を仕出かすか分からない。

 小早川の末路を想像して、凪は顔を引きつらせる。

「君、このタイミングでなぜ彼は解職請求を出したんでしょうかねえ」

「は?」

 浩明の切り替えの早さに反応が遅れる。

 ―あれは普通の応対だって事か

 小早川への脅しなど最早、彼のなかでは終わった事、それに呆れつつ、凪も即座に切り替える。

「そりゃ、彼の言う通り、証明されたのがつい最近って事……じゃ納得してないわよね?」

 星野浩明が自分に問いかけるように聞く時は、納得いかない事がある時。相棒の真意を汲んで問うと、浩明は続ける。

「天統家の御令嬢を襲った時の行動は、さっき君が言った通りだと思います。動機としてはより悪い印象を植え付ける為、赤の他人に冤罪を被せ、回収した予算を私的に使っていたとなればとんだ極悪人です。そう思わせるのが目的だったのでしょう」

「つまり、予算使い込みを糾弾するのが目的で襲ったって事?」「恐らく」と、浩明は短く答える、

「それで、どこが納得いかないのよ?」

「動機です。本来なら横領が発覚した時点で教師に報告し、判断と指示を仰ぐのが筋です。それをせず、ここまで派手に学内で触れてまわり糾弾する必要があったのでしょうかねえ」

「星野のやり方に肖ったんじゃないかな。それで、現生徒会長の後釜に座り、正義の生徒会長就任ってとこ?」

「その為にそこまでやるでしょうか。学生時代に生徒会長やっていた事など、履歴書の自己アピール位にしか使えませんよ」

「何かヤバいものが有るって事?」

「それは、書き換える前の帳簿を見てみないと分かりませんねえ」

「見れるの?」

「頼んでみます?」

「そりゃ、無理でしょ~」

 浩明が肩を竦めると、凪はお手上げの仕草で答える。

 堂々と宣戦布告をした浩明達に素直に見せるわけがない。

「後は会長達が上手くやってくれるのを祈るしかないか」

「そうなりますねえ」

 現在、別行動中の慶達に託すしかない。

「上手くいくかしら……」

「いかなければ困ります。いかなかった時は……、前科付きで全員揃って退学でしょう」

「本当に崖っぷちじゃん」

「そうならないように動いてもらわないと全てが終わりです。

会長達も分かっている筈です。反撃はもう始まってるのですから」

 喧嘩を売った相手に容赦はしない。代償は残りの人生をもって償わせる。

 星野浩明の謀略が始まった。

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