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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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伍拾陸話

「時間が有りません。今後の作戦も兼ねて、今夜は泊まり込みの徹夜を覚悟してもらいますよ」

 英二を見送り、浩明の音頭で始めようと保存した資料を出そうとした矢先、「待ちなさい」と夕が止めに入った。

「ヒロ君、時間が無くて、人手不足なのは分かるんだけどね、

それをする前にやる事があるでしょ」

「やる事……帳簿と領収書は控えてきました。情報収集以外にやる事が有りましたかねえ」

「泊まり込みの準備、何もしてないでしょ」

 深く、それも思い切り深く、夕はため息を漏らす。

「泊まり込みの準備……あ、夕食ですか。でしたら何か適当に食べますので問題は無いと思うのですがねえ」

「替えの服が無いでしょ!」

 見当違いの(間違ってはいないのであるが)回答に、夕は再度、深いため息を漏らした。

 学校から浩明の家にそのまま来た為、宿泊の用意などしているわけがない。

 自宅である浩明と隣人の凪はともかく、絵里と慶には着替えの服等を用意する必要がある。

 何より、未だに泣き腫らした顔のままの慶をそのまま作業に移らせるのは夕には許せる事態ではなかった。

「服は私と凪ちゃんのを貸してあげられるけど、下着は用意しないと駄目よ」

「下着……成程、確かにそれは貸し借りは無理ですねえ」

 言われてから浩明は納得する。

「そりゃ未使用のも有るには有るし、私のをあげるってのも別に構わないけど……ねぇ」

「やめて。それ認めたくない現実、見せられそうだから」

 凪から振られた絵里が視線を落とし、手で制して止める。

 その視線の視線の先が凪の胸と自分のそこに交互に向いていたのは見てみぬ振りをしておいた。それを慶と夕がなんとも言えない苦笑を洩らして見ている。

 浩明が納得したのを見て、夕が口を開いた。

「と、とにかく、まずは泊まる準備、それから夕食、そしてお風呂、それからでも間に合うでしょ」

「分かりました。夕食は手軽なものでお願いします」

「あら残念。大勢だし夕食は豪華にすき焼きにしようと思ってたのに」

「……なるはやでお願いします」

 夕の方が上手であった。星野浩明、すっかり夕に胃袋を掴まれている。

 それから絵里と慶は一時帰宅して宿泊の準備をし、夕食の後に入浴。

 結局、四人が作業に取り掛かれたのは、英二を見送った三時間後であった。

 因みに、女性陣の入浴、並びに着替え中の脱衣場、及び浴室にに浩明が誤って入る不手際は一切無かった。




「終わった~」

 凪が疲れきった声と同時に机に突っ伏した。

 帳簿と領収書、各部活動の予算の全てを見直し終えた時には、時計の長針が四周していた。

 浩明は、何杯目になるか分からない珈琲を煎れてきて飲んでいる。

「うわ、国営放送、朝のニュース始まってるし」

 首を回してる慶と、肩を揉みながら腕を回す絵里を横に、作業していた居間のテレビを点けた凪が思わず声を洩らした。

「さて、全てを見直した結果ですが……予算と領収書、部費に関しては帳簿に記入された金額は予定支出額と間違いないようですねえ」

 浩明が切り出すと、凪はテレビの電源を切って答える。

「それじゃ横領は無かったって事?」

「逆です。真実なら削減された筈の浮いた金額が見当たらないって事ですよ。会長の言葉から考えれば、金額は少なくなっている筈ですよ」

「それじゃ、やっぱり横領って事?」

 凪が息を呑むと、浩明は「えぇ」と頷く。

「間違いなくされていますねえ。それもかなりの金額ですよ」

 ここで、横領が事実だと認める時点で、浩明は会長の謝罪を認めた証拠だろう。あの嗚咽と涙交りの謝罪と感謝の言葉は、一度、無くした浩明の信用を取り戻せた事に慶は嬉しさを隠せず、俯いてはにかむ。

「でも、どうしてこんな事になってるのよ……」

「恐らく、予算分の金額を巧妙に書き換えていたのでしょう」

 唖然とする絵里に対して、帳簿と領収書を改竄の疑いを述べる。

「さて、問題はこれからどう動くかです」

「動くって……また不法侵入?」

「それはまだ早いです。横領とある以上、書き換えられる前の帳簿と領収書と浮いた予算が有る筈です。それさえ有れば会長の無実は証明出来ます。ただ問題は……それを持っている相手ですかねえ」

「相手……小早川君の事ね」

 慶がその人物の名前をあげると浩明は「その通りです」と答える。

「会長への糾弾理由に横領とある以上、書き換える前の帳簿と領収書を証拠として用意し、正義の味方気取りで嬉々として会長を問い詰めてくるでしょう。その前にそれを手に入れる必要が有ります」

「手に入れるって簡単に言うけど、何処に持っているか分からないのにどうやって手に入れるつもりよ?」

「見せて下さいって言って素直に聞くわけないじゃん」

 絵里と凪が問うと、浩明は笑みを浮かべた。

「確かに素直には見せてもらえないでしょう。何処に有るかさえ分かればいいのですがねえ」

「それが分かればこんなに悩んでないじゃない」

「ですから、ここは揺さぶりでもかけてみましょうか」

「揺さぶり?」

「えぇ、徹底的に追い詰める必要が有りそうですねえ」

 何か恐ろしい事をやる事だ。

 温くなった珈琲を口にしている浩明に、三人は言葉を返せなかった。


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