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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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54/83

伍拾肆話

「戻りました」

「あ、ヒロ君、おかえりな……」

 帰宅した浩明に、厨房から顔を出して声をかけた雨田夕は、その言葉を終わらせる事無く固まった。

「あ、夕さん、おじゃましま~す」

 何故なら、浩明に続いて入ってきた凪、慶、絵里、三人の姿が目に入ってきたからだ。

 浩明に続いて凪が入ってくるのは、もういつもの事だ。

 基本的に、帰宅してから浩明の部屋の窓から入ってくる凪だが、逆に浩明の部屋の窓から自分の部屋へ帰る時も有るので問題はない。

 ……それはそれで問題なのだが、星野家では、最早、日常茶飯事の光景だ。本人が気にしなければ問題は無い。屋根を飛び越える時に、下に人さえいなければ大丈夫だろう。

 それより問題は、二人に続いて入ってきた慶と絵里の方だ。

 目を真っ赤にした慶と、その慶の肩に手を添え、付き添うようにする絵里。明らかに慶が憔悴しきっているのが一目瞭然だった。

「ひ、ひひヒロ君、何やってんの!?」

「はい?」

「女の子を泣かせるなんてダメでしょ!」

「………なにか勘違いされてませんかねえ」

 それを見て、夕が誤解をするのも無理の無い話だ。

 何をしたのかと、浩明に詰め寄り、肩を掴んで揺すり始める夕に、「違うんです」と凪が仲裁に入る。

「誤解なんです。星野が泣かせ……いや、結果的には泣かせたんですけど……これは違うんです!」

「君、その言い回しは火に油を注いでますよ」

 浩明にそう言われても、凪自身、答えに窮する話だ。原因は、慶に有るが、最終的に後押しをしてしまったのは浩明なのだ。結果……

「泣かせた? ヒロ君!」

 余計に話が拗れるのは当然の話であり、

「二人からも何か言ってくださいよ!」

 たまらず、慶と絵里に助けの声を求めるが、頼みの二人はといえば……

「え、えぇっと……」

 まるで頼りにならなかった。

 この数時間、余りにも色々と有り過ぎた事も有り、更に、初めて訪れた浩明の自宅という事もあってどう応対するのがいいのか、いきなり振られても対応に困る話だ。

 二人が当てにならないとなると、頼れるのは一人しかいない。「あぁっ、もう!」と業を煮やしてから、夕が出てきた厨房に顔を向けて叫んだ。

「ちょっと英二さん! 英二さーん!」

 一度では聞こえてはいないだろうから、二度、三度、聞こえるまで続けると、「なんだ騒がしいなぁ」という声と同時に、がっちりとまではいかないが、鍛えられた身体に不釣り合いなエプロンを掛けた男が出てきた。

「どうし……」

 救いの主こと、星野英二は先程の夕同様に言葉を言い終える前に言葉を失った。

 夕に揺さぶられながら天井を仰いで思案している浩明、その夕を止めようと、後ろから羽交い締めにしようとしている凪、その光景を呆気に取られて見ている凪と同じ制服を着た女子生徒二人、どういう状況か、いまいち把握しきれない英二は……ひとしきり視線を泳がせてから一言、洩らした。

「えっと……何、この状況?」

 全くその通りだった。



「ご、ごめんねぇヒロ君、事情も聞かずに暴走しちゃって」

「いえいえ、構いませんよ。間違いは誰にでも有りますからねえ」

 試作品のホールケーキを切り分けると、夕はそのひとつを浩明の前に置きながら、かけてくれた謝罪の言葉にそう返した。

 六等分に切られたケーキの皿には付け合わせの果物、その横には淹れたての珈琲、姉代わりの夕が、英二や浩明に対して、迷惑をかけた時に謝罪とお詫びを込めて、いつも用意する組み合わせだ。まぁ、今回は慶と絵里、二人へのもてなしも兼ねて、六人分を用意している。

「それで……何がどうなって、こんな事態になってるんだ?」

「先程、説明した通りなのですがねえ」

「冤罪かけられ報復しようとしたら、結城の息子に殴られ、それを返り討ちにしたら横領事件に行き着いたって言われて、納得出来ると思うか?」

 英二の言う通りである。

 天統雅が襲われた事から始まった今回の一件が、どう行き着けば生徒会予算の横領事件に行き着くのか、風が吹いて桶屋が儲かるより難解な話だ。

 頭を抱える英二に、夕は「まぁまぁ」と落ち着くよう促す。

「いつもの事じゃないの。それに今回は人助けも兼ねてるみたいだし」

「頑張りました~」

 この件に関しては功労者の凪が、小さく手を挙げての自己申告に苦笑を洩らしつつ、当事者の浩明に向き直る。

「全く……相変わらずお前は厄介事に首を突っ込む男だな」

「ただ、真実を明らかにしようとしただけなのですがねえ」

「それがどうしてこんな事態になってるんだ?」

「軽く引いた糸が、思わぬ氷山を引き当てたのでしょうかねえ」

「お前なぁ……」

 どこまでも楽観的な浩明に、英二は何度目になるか分からないため息を洩らすと、「おまけに……」と慶に意識を向ける。

「よりにもよって、大谷宗家の箱入り娘まで巻き込むとはなぁ……」

「あれ? 会長と会ったこと有るんですか?」

「いや、初対面だよ」

 本当かと、凪は、怪訝な視線を慶に向けて問うと、意図を察した彼女は、無言で首肯して間違いないと答えた。

「じゃ、なんで知ってるんですか?」

 凪の疑問も最もである。入学以来、学校関係で星野家に出入りしているのは凪だけである。面識が全くない英二が何故、慶を知っているのか。

 その疑問に対して、英二は「何、簡単な事だよ」と続ける。

「君の事はお兄さん達から本当に、よく聞かされていたからね」

「あ、あぁ……そうでしたか……」

「え、どういう事ですか?」

「そこだけで納得されても意味分かんないんですけど」

 それだけで大体を察して納得した慶が苦笑を洩らすと、凪と絵里が声をあげる。 

「大谷家は一族代々の男系家族なんだ。彼女は四人兄妹の末っ子の一人娘なんだよ」

 大谷慶の家族構成は、両親に兄三人の六人家族であり、両親や三人の兄達は慶を溺愛している。特に父、大谷吉房は、親馬鹿であり慶に対する愛情は溺愛の度を超えている。

 そもそも、大谷家は男系家族の家であり、吉房自身も兄弟は皆男、四人の子宝に恵まれたものの、最初の三人は男の子、やはり血筋かと諦めかけてた時に生まれたのが慶であった。諦めかけていた時に産まれた待望の女の子だったのだから、その喜びようは天にも飛び上がらんばかりで、長男達の時には家政婦に任せきりだったおむつの交換から、離乳食の世話まで自ら行い、慶が風邪でもひけば一族の会合であろうと、欠席して付きっきりで看病していたのだから、その溺愛ぶりは家族はおろか、皆を呆れさせた。

 三人の兄達も似たようなもので、中学時代、慶に好意を持って声を掛ける異性がいようものなら「慶に手を出したらどうなるか分かっているよな?」と、コンバータ片手にお話したり、交際を申し込まれたと聞けば、「慶と付き合いたければ俺達を倒してみろ」と、俺の屍を越えていけ的な対応をしていたそうだ。

 因みに結果は誰一人として、越える事が出来なかったのであるがそれはまた別の話である。

「あの、シスコンども、俺には夕がいるっていうのに、「万が一、会わせて真実の愛に目覚め、婚約破棄にでもなったらどうするんだ」って聞く耳持たなくてなぁ。それでいて「俺の妹は……」って延々と自慢話を続けてくるんだよ」

「何その傍迷惑な話」

「すいません。兄達が迷惑かけて……」

「いや、君が謝る事じゃないよ」

 紹介どころか顔も見せずに自慢したいだけ自慢する。全くもって困った話だ。

 本人が悪いわけではないが、慶が頭を下げようとするのを英二が気にしないよう止める。

「ヒロも言われてたよな?」

「えぇ、「お前のような性格破綻の鈍感腹黒に妹を会わせたら泣かされるのが目に見えてる」と言われましたかねえ」

「それは……結果的に有ってたわね」

「確かに、星野の事を的確に見抜いてるし……会わせなくて正解よね」

「そうよねぇ」

「それはどういう意味でしょうか? こう見えても観察眼は養っているつもりなのですがねえ」

 生徒会室でのやり取りを思い出して絵里が溢すと、これに同意した凪に、夕までが納得されては浩明も納得がいかない。

 自らの師から、盤外戦において相手を観察する事は必要不可欠と言われて以降、常々、気にかけている浩明にとって、鈍感と言われるのは心外だ。

「それは……観察眼以前の問題かな……」

「鈍感と言われて、そこに行き着く時点で問題外よね……」

「ま、まぁ星野だしね……」

「そのような反応で返されても、分からないのですがねえ」

「それはまぁ……自業自得だな」

 抗議の声を挙げるが、返されるのは女性陣からなんとも言えない表情で言葉を濁らせる始末。同意を求めた英二ですら女性陣の方の意見に納得してるのだから浩明としては落ち着かない。

 結局、はっきりとした答えを得られぬまま、浩明は悶々とした時間を過ごす事となった。



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