伍拾参話
「そ、それで……三人は何をしてるのかな……確か、星野君と灯明寺さんは謹慎中じゃなかったのかな?」
思わぬひと悶着が落ち着くと、今度は慶から浩明達へと質問が向けられると、絵里は「そ、それは……」と答えに窮して言葉を濁らせた。
よもや、生徒会長相手に機密情報を見に来ました……等と、面と向かって言えるわけがない。と言っても、誤魔化すのも無理がある。役員ではない自分達が生徒会室にいればおかしいのは明白だ。
「生徒会予算の運営内容を見に来ました」
「ちょっ!」
言い淀む絵里に代わって、答えたのが浩明だ。それも、清々しい位にまで空気を読まない堂々とした口調でだ。
「そ、そうなんだ……だ、大胆な事を……って今更だよね。で、な、なんで里中さんも一緒にいるのかな?」
「それは、まぁ……、謹慎中の我々だけでは色々と不便な事も多いものでして。色々と手伝って貰っているんですよ」
「やめてよ、共犯扱いに言うのは!」
「あれ、違ったんですか?」
割って入った凪に「違うわよ!」と全力で否定した。
「私は監視役よ。真相解明の為とは言えあなた達が何仕出かすか分からないから監視する為に付いてきた監視役だからね」
あくまでも自分は違うと力説する。
例え、情報を提供し、学校への不法侵入の手引きをしていたとしても、共犯ではなく監視役なのだ。彼女にとって大事な事なので二回繰り返した。
「まぁ、そんな感じでして……」
三人の、慶は何とも言えない顔で返した。不法侵入をされている事と、資料を勝手に見られているこの状況に、頭がついていけず、納得していいのか抗議をするべきか分からないようだ。
「そう言う事ですからこの件は内密にお願いします。我々は作業を続けますので」
用途ごとに整理されている領収書を取り出し、写真を撮れるよう、順に並べ始め出した浩明に続き、「やりますよ」と促され、凪が続く。
余りにも自然に二人が作業を再開しだした事に、絵里が浩明達と慶の双方を交互に見ながら戸惑いながら、「ちょっと待ちなさい」と止めに入った。
「ほ、星野君、君ねぇ……、会長の状況がそこまで分かっていて、なんでそんな対応が取れるのよ!?」
信じられないと言った表情で詰め寄る絵里に、浩明は困惑した表情を一瞬、浮かべたが、直ぐにいつものポーカーフェイスに戻して返した。
「聞きたい事は聞きました。ならば、本来の目的に戻るのが当然だと思うのですがねえ」
「そうじゃなくて……」
何を言ってるんだとばかりに返されて、絵里は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「会長の事を助けようとか……、そういう事は思わないの?」
「ああ、そういう事でしたか」
漸く、絵里が言わんとしてる事に気付くと、持っていた領収書を置いて、口を開いた。
「我々の目的は真実を明らかにする事です。正直、会長がどうなろうと知った事では有りませんよ」
「ちょ……あなた、その言い方は無いでしょ!?」
余りにも容赦の無い切り捨てた対応に、絵里は一瞬、言葉を失うも、すぐにはっとして浩明に非難の言葉をぶつけた。
「形振り構っていられないと言った筈です。その状況で、信頼していた相手に裏切られ追い詰められておきながら、何もせず、絶望だけしている人間に救いの手を差しのべられていられるほどの余裕なんか持ち合わせてはいませんよ」
その言葉に慶がびくりと震えた。
追い詰められた慶に対して、正論を交えた容赦の無い断罪の言葉。
言いたい事を言うだけ言うと、再び領収書を並べ始めた浩明に対して、「ねぇ……」とか細い声で慶が浩明と凪に声を掛けた。
「あなた達は真実を明らかにして何をするつもりなの?」
「何をとは?」
「不法侵入までして、結城君にあんな事までして何をするつもりなの?」
「そうですねえ……」
「相手を追い詰める武器になるからですよ」
毅然とした声で浩明は答える。
「利用されたまま退学処分などふざけた状況、甘んじて受けるなど、嘗められるにもほどが有ります。私もやられたからにはやり返さなければ気が済みません」
「まぁ、そうよね」
絵里がにべもなく応じる。
「隠されている真実を明らかにし、白日の元に曝す事が犯人にとって致命的な打撃を与える事が出来る。だからこそ真実を明らかにしたいんですよ」
拳を握りしめての力説、並々ならぬ覚悟が滲み出ていた。
「だからこそ、利用されるだけされ、罪を擦り付けられていながら自らの境遇に嘆いているだけの人間を助けるなど論外ですよ」
自ら動こうとせず、現状に泣き崩れているだけの者など助ける価値無しと、余りにも容赦の無い言葉は、そのまま慶の心に突き刺さり、返す言葉を奪う。
代わりに反論しようと、口を開きかけた絵里を遮り、「そこまでにしなさい」と凪が浩明を止めた。
「アンタねぇ、同じ境遇の相手にとどめ刺しにいってんじゃないわよ」
「我々は現状をなんとかしようと動いています。どこが同じ境遇だと言うのですか?」
「五年前のアンタとよ」
「はい?」
訳も分からず、空返事で返す。
「信頼していた相手に裏切られて絶望している、それって、五年前のアンタと同じじゃない。だったら、今の会長の気持ちも良く分かってるんじゃないの? なのに見捨てようとするわけ? アンタ、英二さんの義弟でしょ!?」
思わぬ言葉に、浩明は珍しく動揺する。
「あの時、全てに絶望して死を選ぼうとしたアンタに英二さんはどうしたの? 弱りきって衰弱していたアンタを見捨てた?」
思い出したくもないかつての忌まわしい記憶、絶望のどん底。
「英二さんは、そこからアンタを助けてくれたんでしょ。そのアンタが英二さんと正反対の事してんじゃないわよ! それじゃ天統先輩達と同じなんじゃないの?」
自分が心底、軽蔑し、人間と見なしていないモノと同じと指摘されて、浩明は眉を顰める。
「まぁ、私は星野が師匠って人から、何を教わり、どんな事やってそんな腹黒の臍曲がりになったか分かんないんだけどさ、そんなんじゃみんな離れていくわよ。そう言う生き方を英二さんや夕さんが望んでると思ってんの?」
本当に自分を心配しているのが真摯に分かる言葉を凪は紡いでゆく。
絵里と慶は、何も言えず、戦々恐々と黙って二人を見ている。魔術専攻科の学生を手玉に取っている浩明に対してそこまで言ってのける凪に驚きで声が出せない。
「それとも、天統先輩の口車にのせられて、犯人扱いした会長が許せませんとでも言うつもり? その程度で許せなくて見捨てるなんて、懐が小さいわねぇ……、どうせならここにいるみんなまとめて助ける位の事、やってみなさいよ」
挑発的な物言いに、ずっと聞き手にまわっていた浩明が口を開いた。
「君、言いたい放題に言いますねえ」
「アンタ程じゃ無いわよ」
批判の言葉を手をひらひらと振って返すと、「それに……」と腕を組んで続ける。
「間違いを指摘するのも相棒として当然でしょ?」
「……生憎と、やられた事にはやり返すのが私の流儀です。やられた以上、そのままというのは納得いきません」
「アンタ、人の話、聞いてた!?」
という訳で……と、声を荒げる凪を無視して慶を見据える。
おもむろに右手を挙げると、慶は「ッ!」と身を強張らせ、目を瞑る。
叩かれる。
息を呑んで、襲いくるであろう痛みに身構える。
「痛っ」
しかし、襲った痛みは拍子抜けするほど軽く、おでこに軽く指が触れる程度だった。
「へ?」
恐る恐る目を開けると、そこには親指と人差し指が伸ばされた形、所謂デコピンをされたのだと、漸く理解した。
「今回はこれで手打ちという事にしておきましょう」
呆気に取られている慶を、そのままに浩明は領収書の。並べた机の方に戻る。
「ちょ、ちょっと、アンタ……」
「やられた事にはやり返しました。ならば本来の作業に戻るべきでは有りませんかねえ」
未だに呆気に取られている慶と絵里を尻目に、作業を再開しようとする浩明に、凪は止めに入る。
「生徒総会は再来週、会長の立場を考えれば、それまでに真実を明らかにしなければ我々の負けです。ここからは時間との勝負です」
「負けってどういう事よ?」
凪の抗議の言葉を遮って返された内容に、話が繋がらず聞き返す。
「解職請求理由に横領とある以上、それを証明する証拠が用意されている筈です。それを出されてしまえばどれだけ違うと言っても、誰にも信じてもらえないのでは有りませんかねえ」
何を大袈裟な事をと、どこか楽観的な凪だが、浩明の言葉を聞いて、返す言葉を無くした。
「さて、状況が分かったのなら、早く手伝ってくれませんか。人手が四人に増えたとはいえ、時間が無いのは変わり無いんですよ」
いつの間にか、慶も戦力として加えられている事に、どうすればいいか分からない慶と絵里。
最初は見捨てようとしながら、凪の説得には恐ろしいほどあっさりと応じる。
腹黒く、魔術専攻科の学生を手玉に取って遊んでいるような男だが、自ら納得するとあっさりと応じる。
単純なのか馬鹿なのか、全然分からない。
余りの手の平返しに、凪は呆れながらも、自分の声が届いた事に安堵の声を息を洩らす。
状況が把握出来ない慶は、凪と絵里を交互に見て答えを求める。それを察した凪が「つまり…」と切り出した。
「これからは、会長も私達も一緒に事件解決して無実を証明する仲間って事です」
「仲間……」
「ちょっと、私はあなた達の監視役だからね!」
「いいじゃないですか~、真実を明らかにしたいのは同じなんですから、みんな仲間って事で」
慌てて否定する絵里を宥める。
「三人とも、早く手伝ってもらえませんかねえ。よもやと思いますが、自分の起こした問題の丸投げは勘弁してほしいのですがねえ」
手伝うように促す声に、慶がへたり込んだ。
突然の行動に、三人の思考が止まる。
「あ、あの……会長?」
反応を伺おうと、絵里が声をかけると、慶の肩が大きく震えた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
出てくる言葉は謝罪の言葉。瞳から涙を零し、手で顔を覆いながらながら、ひたすらに謝罪の言葉を続ける。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい、ありがとう、ごめんなさい…」
張りつめていた肩の力が一気に抜けたようだ。慌てて凪と絵里が、宥めるように慶の肩をさすり
さしもの浩明も、この反応にはかける言葉が無く、結局、分担してやる予定だった領収書の撮影は、浩明一人の仕事となった。




