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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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伍拾弐話

 灯りを向けられた慶は、向けられていた灯りの眩しさに視線を反らしたので、浩明も灯りを下に向ける。

 ふらりとした足取りで此方に向かってくる慶に、凪と絵里が恐怖にかられて後退りした。

「あ、あなた達、な、何を……!?」

 していると聞こうとする前に背中に走る衝撃と、口元を抑えられた事で言葉を詰まらせた。

 浩明が一気に距離を詰め、右手でブレザーを掴み、その勢いのままに壁に押し付け、左手で口を塞いでいたからだ。

「騒がないで下さい。此方から危害を加えるつもりは有りません。どうか静かにしてもらえませんか」

 押さえ付けてる事による密着状態、お互いの顔が至近距離に詰められた状態に、目を大きく見開き、首を僅かに上下させて首肯する慶に淡々とした口調で諭すように続ける。

「我々としても穏便に事を進めたいものでして。もし、騒がれると相応の対応をせざるを得ません。見たいものだけ見させて頂ければ、直ぐに退散いたします。ここはお互いの為、見なかった事にして頂けませんかねえ」

「何やってんのよこの馬鹿!」

 平静を取り戻した凪が、浩明のブレザーの襟を掴んで慶から引き剥がした。

 解放された慶は、その安堵感からか、その場に崩れるように座り込んだ。問答無用で押さえ込まれた恐怖感は相当だったようだ。

「アンタねぇ……何やってんのよ羨ましい!」

「灯明寺さん落ち着いて! 怒るのはそこじゃないから!」

 見当違いの事を言い出す凪を絵里が止めに入る。

「女性に対して申し訳ないのは分かっていましたが、万が一、声をあげられると、誰かが来てしまう可能性がある。それを想定してのやむを得ない緊急措置です。それにしても君、今のが羨ましいとは、随分と斬新な願望の持ち主ですねえ」

「うっさいわボケ!」

「星野君、話が拗れるからちょっと黙っててくれるかな~」

 尚も罵倒する凪を後ろから羽交い締めにして宥めながら、絵里が有無を言わさぬ笑顔で浩明を黙らせた。

 端から見たら女性が一度はやってもらいたいと羨む壁ドンだが、言ってる内容は完全に脅しだ。

 行為自体を羨む凪と、言動をひとまとめにした脅迫願望と捉えた浩明。どちらに問題が有るかと聞かれれば……絵里は言い様のない頭痛を生じさせる話だ。

「里中先輩、離してください! あのバカ、殴れないじゃないですか!」 

「灯明寺さん、気持ちは分かるけど落ち着いて」

 喫茶店での凪の反応を見てれば、凪の怒る気持ちもよく分かる。とはいえ、今、暴れさせる訳にはいかない。騒ぎになって人が来れば、もう終わりなのだ。

「この鈍感、押し入れの中のアレとか、クローゼットの中のコレとか本棚のソレとか集めてるんなら少し位、それ見て学習しなさいよ!」

「君、人の部屋を詮索し過ぎですよ。それに押入れのアレの勉強をやるのはまだ数年程早いのではありませんかねえ」

「そっちの勉強じゃないわよ。てか、そんなのやったら私の身体が保たないわよ!」

「あなた達いい加減にしなさい!」

 絵里の腕の中で激しく抵抗していた凪が、耳もとでの一喝にびくりと大きく震え、動きを止めた。

「とりあえず、押入れのアレだコレとか、灯明寺さんの身体が保たない勉強とか色々と突っ込んて聞きたい事が山程あるけど……」

 ここで一区切りしてため息をひとつ吐く。

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ」

 状況を見ろと切々と言われて、凪は思わず視線を反らす。

「確かに、部長の仰る通りですよ」

「星野君、あなたもよ」

 続けて注意しようとした浩明にも、絵里は矛先を向けた。

「咄嗟に動いたのは分かるけど、やり方ってのが有るでしょ。もう少し穏便に事を運びなさい」

「すいません。次は間髪入れずに意識を刈り、口を塞ぎ、身柄を拘束してから話すようにします」

「……貴方はもう少し、常識を勉強した方がいいみたいね」

 返ってきたのは二の句も告げない回答だった。


 


「それにしても君、中には誰もいないと言ってませんでしたかねえ」

「いや、だって暗かったし、机の前、色々と積んであったじゃん」

 指差す先の会長の机には高く積まれた大量の書類、そしてカーテンを閉めきられていた事での暗闇、最悪の条件が揃っていた。僅かに覗いただけで直ぐに気付くのは困難だろう。

「どうすんのよ。こっそり入った意味が無いじゃない……」

「まぁ、起こってしまった事を責めていても時間の無駄です。むしろ、聞きたい事を聞きに行く手間が省けたと思っておくべきでしょう」

 見つかった事を臨機応変だと促すと、浩明は未だに呆気に取られている慶の前にしゃがみ、目線を慶に合わせた。

「会長、単刀直入に聞きます。生徒会予算の横領をされていましたか?」

「お、横領!?」

「現在、会長には横領の疑いが掛けられています。本当にされていたのか詳しい話を聞かせてもらえませんかねえ」

「ど、どど、どういう事よ!?」

 身に覚えの無いのだろう、慶は声をあらげて聞き返すと、凪が空間投影された解職請求書を見せる。

「星野への冤罪……結城先輩の広域魔法暴発、それによる学校側への騒乱並びに校舎の損壊責任……、クラブ活動の一方的な休部、廃部措置、それに横領……何か言う事有ります?」

「そ、そんな……」

 箇条書きで書かれた解職請求理由を凪が順に述べる度に慶の顔から血の気が引いて青ざめていった。

「な、何でこんな事になってるのよ……」

 浩明と康秀の件はともかくも、横領という身に覚えの無い罪状に慶は困惑の言葉しか出せない。

「浮いた予算を着服して遊興費に使っていたというのは本当だったのでしょうか?」

「そ、そんな事するわけないでしょ!」

「一回の食事代以上の店で食事してたという噂ですが?」

「差額は自分達で出してたわよ!」

「声高に違うと言ったとしても、店側で記録されてる金額と、その金額より低く書かれた領収書を見せられ、その差額がそれが浮いた予算によってまかなわれていると疑われても仕方がないのではありませんかねえ」

「本当に横領なんかやってないわよ!」

「星野、やっぱり違うみたいよ」

 浩明の詰問と、便乗した凪の煽りを受けて、慶が声を上げて否定の言葉を返すと、「どうやらそのようです」と、それまで後ろにいた凪の言葉に応じるように、慶の言葉を認めて立ち上がる。

 あっさりと自分の言葉を信用され毒気を抜かれた慶が「え?」と間抜けな声をあげた。

「二人共、あ、あっさりと認めるのね?」

「逃げ道を塞ぎ、徹底的に追い詰めれば、大概、本当の事を喋るものです。食事に関しては先程、喫茶店で話していた通りだと思います。その確認をしただけですよ」

「と、灯明寺さんも分かってたの?」

「そりゃまぁ、私は星野君の相棒ですから」

 ふふんと、胸を張って答える。暗闇の中、表情が見え辛いが自慢気な笑顔になっているのが容易に想像のつく口調だ。

 これ以上は何を言っても無駄だと諦め、慶の方へ話を振った。

「そ、それで会長はここで何をしていたんですか?」

「な、何をって……」

「何もしていなかったと思いますよ」

 慶が答えようとするよりも前に浩明が答えた。

「信頼していた副会長に裏切られて絶望し、どうしていいか分からず、悲嘆に泣き崩れ、そのまま寝入ってしまったのではありませんかねえ」

「そ、そうなんですか?」

 浩明の言った事が事実なのかと、絵里に問われると、慶は伏し目がちに僅かに首を縦に振って首肯した。

「星野、なんで分かったのよ?」

「至近距離で見た時に見えた瞳が赤く、口元を押さえた時に指先に感じた頬には不自然な凹凸が有りました。これは机の上に腕を置き、そこに頭を乗せていた為についた袖の跡、そんな跡が付くほど長時間その態勢でいたという事です。何故、そんな態勢でいたのか、考え付くのは、泣き崩れて突っ伏した状態のまま、そのまま寝入ってしまったからでは有りませんかねえ」

 途端に、慶は慌てて頬を押さえてから口元を拭う。

「あぁ、ご心配なく。涎は垂れてる様子は有りませんでしたよ」

「余計な事は言わんでいい!」

 口元を押さえていた右手をひらひらと振って濡れていなかったとしようとすると、凪から叱咤の言葉が返されたので、「これは失礼」と軽く頭を下げる。

「星野君、あなたはもう少し、女性に対する言葉を選ぶべきね」

 同じく絵里からも出される叱咤の言葉。

 浩明の観察眼は、女性への配慮を大きく欠落させてしまっているようだ。

 これは彼女も大変だなと、浩明に説教を始めた凪を見て心の中で合掌した。


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