表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/83

第五話

「おい、今なんて言った!?」

 青海高校の食堂は一瞬で静寂に包まれた。

 全員の視線が浩明達に注がれる。喧騒の中とはいえ、いきなり怒号が聞こえれば否が応でも注目を浴びて当然だろう。それも、上級者二人組に一人が責め立てられているのも注目に拍車をかけた。

 食堂にいるのは殆どが魔術専攻科の学生だ。怒鳴られている相手が普通科の学生だと分かると、何が起きたのか大体の予想が付く。怒鳴り付けた学生が席を譲れと迫り、それを断って怒らせたのだろうと。しかし、彼等はそこで違和感を抱いた。

 怒鳴られている光景が繰り広げられる事だ。

 普通科の学生は、厄介事を起こさないように直ぐに席を譲る。良く言えば従順、悪く言えば卑屈な応対をする。

 確かに、浩明の向かい側に座っていた学生は慌てて食事を終えて、トレイを抱え逃げるようにその場を去ったのが証拠だ。

 しかし、もう一方の浩明は全く動揺している様子がない。それどころか飄々とした態度で相手を見定めているようにしか見えない。

 食堂中の注目を一身に浴びた浩明は、食事を中断し見ていた携帯端末を閉じて席を立ち、相対するように構える。

「これは失礼、食事中というのが分からないのですから、言葉が理解出来てる筈が有りませんよねえ」

「なっ!」

 謝るどころか、怯む事無く更に煽るように罵声を浴びせられて言葉を失う。無様に許しを乞うのでは無く更に辱しめる。頭に血が上った彼等はより冷静さを失う。

 あの男は何を考えているんだ?

 普通科の学生が、魔術専攻科の学生に喧嘩を売る。端から見れば自殺行為にしか見えない。

 魔術専攻科の学生は、有事以外での魔法の行使は当然、禁止だ。しかし、冷静さを欠いた状況ではどうなるか。洒落では済まされない事態となる。

「貴様、俺達が誰か分かっててやってるのか?」

 周囲の空気が緊張する。二人の学生の雰囲気が殺気に満ち始めている。普通の学生ならば、土下座して許しを乞う筈だ。ただし、普通の学生であるならという前提が付く。彼等は知らない。目の前の学生がそれに当てはまらない名うての狸だと言う事を。

 そして、相手が望んだ展開を自ら行っている事にもだ。

「入学初日の私に誰かなど分かると思いますか。少なくとも私に分かるのは、人間の常識も言葉も理解出来ていない、人間の形をしただけの何かという事だけですよ」

「き、貴っ様ぁぁぁ」

「よっぽと俺達を怒らせたいようだな!」

 男子生徒の片割れが胸ぐらを掴もうとしてくるのを後ろに下がる事でかわして距離を取る。

 明らかな殺気を放つ相手に対しても、浩明はあくまで冷静。事態を見守る学生達は、この男に恐怖という感情はないのかと疑ってしまう。

「お気に障られたのでしたら申し訳ございません。ならば、あなた方は何をどうしたいのか教えては頂けませんかねえ」

 謝っている積もりで全く反省の素振りのない態度。挑発的な態度で二人に要求を求める。

「だったら言ってやる。魔術師嘗めてんのか!」

「普通科の分際で出しゃばった真似してんじゃねえぞ」

 感情に任せた罵声の言葉。しかし、それは最悪の命取り。

 二人を煽り続けた浩明が待っていた言葉だ。

「成程、成程、そうでしたか」

 不敵に笑みを浮かべ、浩明は腕を組む。待ちに待った言質を得た事で次の段階への移動だ。

「おい、アイツ馬鹿か?」「ヤバくない?」と、学生達が小声で囁きあっているのが聞こえてくる。

「な、なんだ?」

 あれだけ怒鳴り付けられているのに、笑みさえ浮かべる姿にたじろぐが、次に浩明は気にする事無く続ける。

「どうやら、あなた方はたかが魔法が使える事を誇りにという建前で選ばれた人間気取りの、哀れな道化者でしたか」

「な!?」

 冷めた、それも人として軽蔑を込めた眼差しを向けられて、学生二人は言葉を失う。

「て、てめえ……」

「も、もう一度言ってみろ!!」

「言えというなら言って差し上げます。魔法が使える事、ただそれだけで選ばれた人間を気取っている哀れな道化者、それがあなた方ですよ」

 憐れみと蔑みを込めた言葉、見下していた普通科学生から軽蔑を向けられた事も拍車をかけられ、二人は完全にキレた。

「貴様、何処までも虚仮にしやがって!」

「ただですむと思うなよ……」

 二人がコンバーターを構え、起動構築に入る。

 食堂の空気が、一瞬で緊張に包まれる。

 三人に注目を向けていた学生達も敏感にそれを感じたようで「おい、ヤバいぞ」とか「誰か先生呼んで来たほうがいんじゃないの」と囁き合っている。

 何人か事態を収拾しようと動こうとしたが、最初に動いたのは他でもない浩明だった。


「おわ!」

 一瞬、何が起きたのか誰にも分からなかった。

 コンバーターを構えた学生の片割れが突如、頓狂な悲鳴を上げて仰け反って座り込んだのだから。

「おや、惜しい」

 浩明がわざとらしく残念がる。

 ゴンと壁にぶつかって床に転がった醤油差し、浩明が投げつけた物だ。

「お前、なんて事を……」

「わざわざ、構築を済ませるまで待って差し上げる程、私は優しく有りませんよ。それとも、これから攻撃しますからちょっと待っててくださいと言って相手にで待っててもらっているんですか?」

 無防備に構えていた事への揶揄の言葉。

「野郎……調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「別に調子に乗ってるつもりはないのですがねえ」

 もう片割れの学生が素早くコンバーターを構えると、今度は塩の入った瓶を投げつけた。

「当たるかよ!」

 しかし、同じ手は二度は通じる事なく簡単に避けられる。その間に起動構築を終えると、浩明に向けて魔法を発動させる。

「やれやれ、目立つのは勘弁してほしいのですがねえ」

 向けられる数発の火球、それを軽く避ける。二つ、三つと自分に向けられてくる火球を、浩明はぎりぎりで避けていく。

「どうした、あれだけの事を言っといて避けるので精一杯か?」

 反撃してこない事に、反撃の手立てがないと判断して学生はニヤニヤと下品な笑みで見下すように聞いてくるのを無視して浩明は、自分に向かってくる火球を避ける事に徹する。

 浩明の態度が、反撃すら出来ず逃げ惑うように見えた学生は気をよくして更に火球を放つ。

 次々と放たれる火球、それを表情を変える事なく時折、「よっ」、「ほっ」と声を漏らしながらギリギリでかわしていく浩明。

 最初は、余裕を持って火球を放っていた学生だが、余りにも当たらない事に次第に焦り始める。

「この、いい加減に当たりやがれ!」

「おや、当てる事が出来ないからって当たってくれとお願いですか?」

 そこにきて、挑発的な返しをされて、学生は冷静さを一気に失い、単純で直線的な避けやすい火球を浩明に向ける。

 当然、そのような攻撃が当たるわけがない。浩明の思惑通りの展開だ。

「野郎……、おい、お前もやれ!」

「お、応!」

 思い通りに行かない事に業を煮やした学生はもう一人の学生にも、攻撃に加わるように促した。

「一人では勝てないから二人がかり、それも魔術科の学生二人で普通科の私にですか。やれやれ、魔術専攻科のエリートが聞いて呆れますねえ」

「五月蠅い!」

「普通科の分際で!!」

 浩明の批判を差別的に黙らせる。なりふり構わない態度。通常ならば圧倒的不利な事態。

 しかし、浩明はあくまで冷静に対応する。

 次の一手で一気に逆転する算段だからだ。

「お前達、何をしている!!」

 その手筈も整ったようだ。

 浩明は内心で次の一手をどう切り出すか、思案に入った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ