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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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肆拾玖話

「君、頼むにも限度というのが有るのも知りませんかねえ……」

 一通り資料を見終えた浩明は顔をあげて目に入った光景を見て、凪にそうぼやいた。というのも、凪と絵里の横には数枚の皿が重ねられており、更に空いた珈琲の容器も一緒に置かれている。確かこの店は二杯目は割安になるというサービスを行ってはいなかった筈だ。

「ゴチんなってま~す」

「あ、あはは……、いただいてます……」

 器用にフォークで切ったケーキを口に入れた凪に、浩明は呆れてため息をついた。

 一方の絵里は、申し訳なさを自覚しているようで苦笑いで軽く頭を下げた。

「あ、追加頼むんだけど星野もいる?」

 そんな彼女を前に、凪はメニューを手に取って更に注文をしようとする遠慮の欠片もない態度。それでも、浩明の分も聞くのが愛嬌かはたまた、ただの図々しさか。いずれにせよ浩明の言葉は暖簾に腕押しだったようだ。

「君、まだ頼むんですか?」

「なんか問題有る?」

「いえ、君の辞書には遠慮という言葉は書いていないようですねえ」

「いや、そこは、ほら……、私が色々とサービスするから。なんなら抱き枕でもする?」

「暑苦しいから結構です」

「いいじゃんいいじゃん、一緒のベッド使ってる仲じゃん」

「一緒のベッド!?」

 聞捨てならない言葉に絵里が反応した。ベッドの使用方法などえてして決まっている。若い男女が同じベッドを利用しているという時点であらぬ疑念を抱いて当然だ。

「あぁ、念のために言っておきますが、先輩が想像しているような事は有りませんので、誤解されるのだけは勘弁してもらえませんかねえ」

「え、だって一緒のベッド使ってるって、そう言う事じゃ……」

「私の部屋には椅子がひとつだけでして、灯明寺にはベットに座ってもらってるだけですよ」

「あ、そ、そうなんだ……」

「最も、最近は私物化されてる節も有りましてねえ。堂々と寝転がって、携帯端末片手にスナック菓子を食べるものですから、迷惑してるんですよ」

 困ったとばかりに、溜息を洩らすと、凪がそれに反論した。

「しょうがないでしょ。アンタの部屋、家具少なすぎんのよ。座卓とクッション位、置きなさいよ」

「必要有りません。それに君に部屋の事を文句言う筋合いは有りませんよ」

「大有りよ。私が台所で用意したお茶、置くのに困るじゃない」

「……成程、確かにそれは困りますねえ」

 指摘されて浩明は納得するが、このやり取りを見ている絵里は頭に?マークを浮かべた。

  あれ、それで納得しちゃうの? いや、星野の部屋なのに用意するのは彼女なのかと。 

 出かけた言葉を絵里は遮るように、凪が浩明に畳み掛けにはいった。

「でしょ? 今度、一緒に買いに行きましょ。座卓とクッション。欲しかったのがあんのよ」

「君が欲しいものを置いてどうするんですか?」

「だって~、使うの殆ど私じゃん? だったら、私が欲しいのでいいでしょ?」

 今後も入り浸る気満々の物言い。浩明が呆れているのも良く分かる。おかしいだろうと突っ込みたいが、二人の交渉は更に続いていく。

「でしたら、自分で買って持ってきなさい。それなら置いても構いませんよ」

「やだ、星野ったら鬼畜~」

 部屋の一部割譲という大幅な譲歩に、凪は納得いかないと抗議する。

「そこはほら……、今回の事を手伝ってるんだからサービスしてくれてもいいじゃん。アンタ、結構稼いでるんでしょ?」

 彼の懐事情まで把握してるの!?

 絵里は知らないが、裏で有名な運び屋をやってる浩明の口座はかなり潤沢だと、凪は英二と夕からきいている。家具一式、買い替えても痛くも痒くもないのを凪は知っていた。

「それに、今後も必要なんだから、買っちゃおうよ?」

「駄目です。諦めなさい」

「えぇ~、いいじゃんケチ。買ってくれたら膝枕してあげるからさ」

「いつも膝枕させてと、私の膝に頭を乗せといて、その言葉、よく出てきますねえ」

「いいじゃんいいじゃん、固さと柔らかさがちょうどいいんだから」

 膝枕ってそれは交渉材料としてどうなの?

 しかも膝枕してるのは灯明寺さんの方なの!?

 やっている光景を想像して、絵里は頬をひきつらせた。 

「どうせ押し入れの中に隠してるコレクション、また増やすだけでしょ。身の回りのものに使わなきゃ」

「大きなお世話です。それよりも人の部屋の押し入れを勝手に覗くんじゃありません」

「ちょっと隙間が空いてたから見えただけよ。それにもうあれ、隠してるって言うより専用スペースになってるじゃない。平積みにしたら、私の首の所までいったわよ」

「……並び順が変わっていると思ったらそんな事してたんですか?」

「あれって、もう少し薄くならないかしら。スペース取りすぎてるわよねぇ」

「あ、あなた達、ちょ、ちょっといいかしら?」

 ここにきて、絵里が二人の会話を止めに入った。

 膝枕だの、押し入れに隠してる大量のコレクションだの聞きたい事は山程あるが、まず聞きたい事はひとつだ。

「あ、あなた達、付き合ってるの?」

「はい?」

 当然のように出た疑問に、浩明は「いいえ」と答えてから続ける。

「私のような性格破綻者に灯明寺は不釣り合いですよ」

 自分には不相応と、自らを卑下する言葉に凪は苦笑を浮かべる。

 そのやり取りだけで、大体の事情を把握した絵里は、「あ、そ、そうなんだ……」と、辛うじて返すだけだった。

「灯明寺には、今回の冤罪を晴らす手伝いをしてもらっているだけでして、彼女にはもっと相応しい相手を選ぶ……おや?」

 言いかけてる言葉を止めて、浩明は携帯端末を見やった。誰かから着信があったようで立ち上がった。

「すいません。ちょっと席を離れます。灯明寺、何か注文するのでしたら、私の分も適当に注文しておいてください」

 急いで外へと出ていくのを確認すると、凪は「あの、唐変木め……」と、溜息を洩らすと同時にテーブルに突っ伏した。

「灯明寺さん、あなた……」

「あぁ~、言わないでください。言いたい事は分かってますから」

 どれだけ好意を寄せられても好意として認識しない。鈍いにも程がある。

 敵意に対しては日本刀や剃刀並みに頭がキレるくせして、自分への好意に対してはまるで鈍刀。凪の苦労が偲ばれる話だ。

「……いつもああなの?」

「えぇ……」と、腹の底から出すような低い声で、絵里の疑問に答える。

 その悲壮感を隠しきれない答えに、絵里は「そ、そうなんだ……」としか返せない。

「こうなったら押し倒すしかないですかね?」

「そ、それは……」

 既成事実に踏み切ろうとする後輩の質問に、絵里は返す言葉が有るわけ無く、言葉を濁すしかなかった。


 

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