肆拾鉢話
情報を整理すると言った浩明が取った行動は、里中絵里への接触だった。理由は彼女が新聞部部長でもあり、情報が集める事も容易だという事、何より浩明達と接点の有る新聞部員が彼女しかいなかった事もあったからだ。
「あなた達……謹慎中にこんな事やってて大丈夫なの?」
待ち合わせに選んだ喫茶店に少し遅れて到着した絵里は席に着くと同時に、待ち合わせ相手の浩明と凪にかけた懸念の言葉に対して、「まぁ、その……なんと言いますか……」と、言葉を濁らせてから答えた。
「我々も切羽詰まった状況でして、形振り構ってはいられませんからねえ」
「そう言ったようには見えないんだけど……」
苦笑を洩らしてはいるが、どう見ても切羽詰まったような感じが見られない。それどころか、退学寸前のこの状況を楽しんでいる節すら伺える姿に、絵里は呆れて言葉が出なかった。
「まぁ、良くて無期停学と言われてますから、間違ってはないんですよね……」
代わりに凪が補足しておく。実際に人生に傷が付くか付かないかの瀬戸際なのは確かなのだから、あながち間違ってはいない。
「それよりもお願いしていた資料の方を見せて頂きたいのですがねえ」
「分かってるわよ」と、鞄の中から取り出した記録媒体を浩明に渡す。
「全く……無茶な事をお願いするわね。いきなり連絡が来たと思ったら、生徒会に関するデータと、今回の解職請求に関する情報、全てを洗い出してくれなんて……」
「あぁ、それに関しては申し訳ないと思ってますよ」
携帯端末に記録媒体を接続しながら礼を返した。そして、そのまま、ひとつひとつ目を通し始める。
「でも、よく星野のお願いを聞いてくれましたね」
「それは……まぁ、あなた達には借りがあるし、真相を解明したいのは私も一緒だからよ。それに、利用されたままと言うのも癪だしね」
連絡を受けた絵里は、相手が浩明だった事も有り、驚きで戸惑っていたものの、「自らの無実を証明する為にも真実を明らかにしたい」という言葉を聞いて協力を約束した。無茶な要求だったが、連絡を受けてから一時間で全てを洗い出した。新聞部部長としての手腕をいかんなく発揮した結果だ。
「それで、星野君としては、この件をどう見てるのか教えてくれないかしら?」
「あぁ、すいません。ちょっと静かにしてもらえませんか。資料に目を通したいので」
「なっ!」
にべもない言葉に絵里は押し黙った。
自分は情報を提供した。その見返りに浩明の考えを聞く位の対価は当然の筈だ。それに絵里は上級者でもある。余りにも慇懃な対応に絵里は眉をひそめた。
「あなたねぇ……」と出た抗議の声を、「まぁまぁ……」と、凪が落ち着くようにと宥めに入る。
「今の星野には何言っても返事なんか返ってきませんよ。集中している星野に周りの声は雑音でしかないんですから」
空間投影された画面の文字を指でなぞり、何画面も展開して、生徒会役員のプロフィールを見回しているのを指して、邪魔にならないよう小声で説明すると、絵里は漸く納得する。
「こう言う場合は、気の済むまで放っておけばいいんですよ」
「気の済むまで……ってどれ位よ?」
「さぁ……、そんなに時間は掛かんないと思いますよ。コイツ、速読だし」
どれだけ掛かるかなど、当の本人にしか分かるわけがない。気休めの言葉を掛けられても困る話だ。
「ですから……」とテーブルに備え付け端末を操作してのメニューを開く。
「気が済むまで、なんか食べながら待ってましょ」
「別にいいわよ。そんなにお腹減ってないから」
折角の喫茶店だ。それも、モーニング発祥の名古屋に本店の有るチェーン店で、デザートには定評の有る店だ。これを逃すわけにはいかないと、促されるのを絵里は素っ気なく遠慮した。
「大丈夫ですよ。お金は星野に奢らせますから」
「はぁ!?」
思わず耳を疑った。
術式を教えろと迫った学生を、恥知らずと罵倒して返り討ちにしてきた星野相手に食事代を奢らせる。魔術専行科の学生が聞けば卒倒ものの提案を、奢って当然のように満面の笑みで言われれば、疑いたくなるのも当然だ。
「星野、待ってる間、なんか食べてていい?」
「どうぞ」
「奢ってくれる?」
「どうぞ」
「ほら、こう言ってますから、好きなの注文しちゃってくださいよ」
「ちょっと、そんな事やって大丈夫なの?」
資料に集中しており明らかに空返事、それをさも言質は取ったとばかりに注文を促す凪に、絵里は尚も心配の声を洩らした。後で文句を言われてはたまったものではない。
心配の声を他所に、凪は端末を操作してケーキやパフェといったデザートを注文していく。
近年、人件費削減目的で導入された備え付けの端末による注文から精算までの流れ。全国チェーン店ならではのシステム。流石に出来上がった料理は店員が持ってきてくれるが人に聞かれたくない密談にはちょうど良い。
「ちょっと、勝手に注文なんかして……」
「心配しなくても、この位で怒るほど星野の懐は狭くないですよ」
尚も続く絵里の言葉を、杞憂だと浩明の人柄を交えながら答えた。
その間にも先に頼んだアイスコーヒーが運ばれてきた。それも、頼んでいない絵里の分もだ。それから続けてケーキが運ばれてきた。
「まぁ、気長に待ちましょう。その間、私が代わりに先輩の質問に答えますから何でも聞いてください」
成程、そう言う事か。
浩明が一通り見ている間の相手役になるつもりだと。
満面の笑みで聞いてくる凪に、絵里は出された珈琲を口に含んで、舌を湿らせると、浩明にする予定だった質問を凪に始めた。




