肆拾漆話
大谷慶への解職請求が出されたその日、凪は浩明の部屋にいた。
「副会長、生徒会長に解職請求……アンタの言った通り動いたわね……」
ベッドにごろんと寝転がり、スナック菓子を片手に、携帯端末で解職請求の記事を見ている凪に、浩明は「動きましたねえ」と、パソコンを操作しながら相槌で返した。
康秀の再起不能寸前事件(命名凪)から数日、凪は自宅謹慎中の空いた時間の大半を星野家の、それも浩明の部屋で過ごしていた。
「闇雲に動いてどうこう出来るものでは有りません。誰がなんの目的でどう動くか、動くのはそれを見極めてからですよ」と、静観の態勢を決めて、編入試験の為の試験勉強を始める浩明を前に、熱心に情報収集をするのかと気合充分の凪はものの見事に肩透かしを食わされた形となった。
引っ込みのつかなくなった彼女は、「だ、だったら私もその状況が動くまでここに居るわ!」と、浩明のベッドを占拠して籠城を決め込んだ。
最初は気負う形でいたのだが、その気負いも数時間で薄れ、手持無沙汰を紛らわせようと部屋にあった本を読み始め、翌日には自分の部屋から持ち込んだスナック菓子と炭酸飲料を持ち込み、ベッドに寝転がり、横になりながらスナック菓子片手に漫画を読みふける。年頃の女の子にあるまじき引きこもり状態が完成してしまった。
「君、女性なのですから人並みの恥じらいは持つべきではありませんかねえ」と、浩明も一応はやんわりと注意をしたのであるが、「信頼している相棒なら、お互いの素の部分も見せれる位は出来て当然よ」と、とんだ暴論で返してきた。
どうも、凪の頭の中では「相棒」の意味を曲解しているようだ。
ちなみに、「そう言うのは、君が将来を誓った相手にしなさい」と注意をしたら、何故か夕から「もう少し言葉を選びなさい」と怒られた。全くもって理解不明な話である。
そんな訳で、部屋に入ってきた凪に対して、浩明はどんな格好でいても注意するのを止めている。ある程度の節度を守ってくれてれば問題ない。流石にバスタオル一枚とかはやらない筈だ。そう思っておきたい。
「でも、驚いたわぁ。まさか副会長が解職請求するなんて」
「おや、何故、驚くのですか?」
うつ伏せのまま、上半身だけを軽く起こして顔だけを、浩明に向けると、生徒会の事情を説明する。
「副会長って、前年度は生徒会の会計役員に所属してて、次の生徒会選挙では会長確実って噂だったのよ」
「というと、今の会長は……」
「天統先輩達に推されて立候補した大谷会長に敗れて落選しちゃったのよ」
大谷慶は今でこそ生徒会長として堂々と振るまっているが、元々は自己主張が苦手で流されやすく、お世辞にも自ら人前に出れるような人間ではなかった。そんな自分を変えたいと総一郎達に相談し、ボランティアや各部の手伝いを行っていた際、折しも生徒会選挙の時期というのも有り、それならばと、総一郎達に薦められて立候補した。
生徒会長は前期役員が就任するという通例の青海高校において、外部からの立候補は泡沫候補状態であり、落選覚悟で望んだ選挙活動であるが、奉仕活動で作った人脈は思いの外有り、更に学内でも人気の高い総一郎達が選挙活動を手伝う宣伝効果の結果、予想を裏切り見事に当選を果たし、生徒会長へと就任した。
ところが大谷慶は生徒会業務未経験、更に慶から生徒会入りを打診されていた総一郎達も同様で満足にこなせるわけがなかった。
「で、会長から「前年度役員としてアドバイスが欲しい」からって副会長の要請を受けて生徒会入りしたのよ」
「成程……他に続投した生徒会メンバーは?」
「いないわ。彼だけよ」
「成程、副会長だけが続投ですか……」
何かを考え込むように呟く。
「それで、どうするの?」
「はい?」
「事態が動くまでは静観って言ってたけど、事態は動いたわよ」
うつ伏せから上半身を起こして、凪はベッドの上に座り直した。彼女なりに臨戦態勢に入ったようだ。
「確かにそろそろ動かなければなりませんねえ」
腕をうえに伸ばして、固まった筋肉をほぐすように背伸びをしてから、首をゴキリと鳴らした。
「先ずは情報の整理からです」
「情報?」
「解職請求の内容と、現状の把握をする必要が有ります」
「把握……どうやって? 私達、自宅謹慎中よ」
自宅から一歩も出れない状況では、情報収集の手段は限られてくる。人と会うのも容易ではない。
「掟破りでも手柄さえ立ててしまえば罪にはならない、三国志でも言ってますよ」
「わお、デンジャラス!」
現状、問題起こして退学寸前の二人だ。
その位の逆転をしなければ後々に差し支える。このままいけば、いつの間にか主犯扱いされかねない。そんなのは勘弁だ。
「それに、まんまと利用されたままでは、納得いきません。売られた喧嘩は、高く買い取りますよ。そして必ず勝ちますよ」
喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売った。
同情は出来ないが、凪には犯人の哀れな末路が見えた気がした。




