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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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肆拾伍話

「おじさん、どうしてですか!」

 浩明が英二達に今後の事を話している頃、天統家では大論争が真っ最中であった。

 天統家当主代行である結城信康は、息子の康秀が再起不能寸前の事態と一報が入って直ぐに取った行動は、総一郎とこのみに対して帰宅命令を出したのは当然と言えば当然の話だった。詳しい情報が無かったとはいえ、浩明への報復行為に及べば、取り返しのつかない事態を起こしていただろう。

 そして、二人からの話と、学校内での情報をまとめて出た結論は、総一郎達の明らかな自業自得だった。

 大谷慶をかばっての隠蔽工作。挙げ句は公衆の面前で「犯人はお前だろう」と決めつけての自白の強要。それを糾弾されれば逆上して暴行を加える。浩明の糾弾が明らかに過激だったとはいえ、よくもここまで悪手を重ねれたものだ。

 名誉毀損で訴えてられても可笑しくない。

 呼び戻された二人に対して今後の事と、元信から出された今後の指示は「星野浩明への接触禁止」と「自宅謹慎」のふたつ。当然の措置であった。

 総一郎とこのみには納得が行くわけがなかった。

 向かいに座る二人を前に信康は深く溜め息を吐いた。

「冷静さを欠いたお前達が動いても事態を悪くするだけだ。先入観だけで動いた結果がどうなったのかまだ分からないのか?」

 正論をぶつけられ、「そ、それは……」と、二人は言葉を詰まらせる。

「だ、だったら康秀の事はどうするつもりですか!?」

「お兄ちゃん、部屋にこもったまま出てこないんだよ」

 ならばと、浩明に再起不能寸前にまで追い込まれた康秀を引き合いに出して、浩明への対応を求める。

 物理的にも精神的にも徹底的に潰された康秀は保健医の稲木先生や総一郎達に付き添われて、なんとか自宅に帰る事が出来たものの、以降、誰との接触をも拒むように押入れに籠り、後悔に苛まれ続け、駆けつけた元信にですら取り付くしまがなかったのだから、肉体的よりも精神的に重症なのは容易に分かった。

「康秀については、療養施設で治療に専念させる。治療についてはカウンセラーに一任する事になっている。明日、明後日中にも施設から迎えが来る予定だ。浩明の件についても手出しをする事を禁止する。反論は認めん。話は以上だ」

 お前達には手を出す必要は無い。

 もう取り付くしまがないのを悟ると、二人は納得の行かない顔のまま、不満を隠す事無く一瞥だけして居間から出て行った。



 感情のまま、力任せにドアが閉じられると、緊張の糸が切れた元信はソファーに背を預けて天を仰いだ。

「いつかはこんな日が来ると思っていたが、いざ直面すると堪えるものがあるな」

 思わず漏れたのはどこか達観したような呟きだった。

 ソファーの背もたれに体重を預けると感慨に耽る。

 思い起こせば、浮かんでくるのは後悔の言葉しか出てこない。

 魔法が世に普及してたかだか四十年、その短い年月の中でも、箔を付けるが為に名門を気取った事が浩明をあそこまで追い込んでしまった。その急速な改革は一族の人間に「魔法が使えない人間を見下す」という悪しき風潮を生み出してしまった。だからこそ、天統家の次男でありながら、ひたむきに努力すれど一向に魔術師として魔法が扱えなかった浩明は嘲笑と蔑みの的となり、ありとあらゆる中傷を受け続けていた。

 そんな彼を庇い、今のままでは天統家は駄目になると警鐘を鳴らしたのは、後に浩明の義兄となる星野英二と、他でもない元信自身であった。

 しかし、そんな警鐘は当主であった吉秀やその側近達に「おかしな事を」と一笑された。

 結城家に入り婿で入った元信には魔術師としての才能は有っても、発言力はほぼ皆無であり、英二にいたってはもともと権力に興味が無く、何度も言えど話を聞かない当主達に煙たがられ、遠方での仕事や、手の掛かる仕事を押し付けられ続けた事と、浩明の一件もあり愛想を付かして出て行き、あのような事態になってしまったのだ。

 あれから五年、当主代行として、没落した天統家の再建と意識改革に努めてきたが、それも今後どうなるか考えるだけでもぞっとする。

 ―こうなると恐るべきは浩明の変わりようか……

 負のスパイラルに陥りそうになるのを振り払うように頭を揺らしてから、額に手を当て天を仰ぐ。

 思考を切り替えて、一番の懸念材料となった浩明を思い浮かべる。

 ―とんだ狸を飼いならし始めたもんだ

 一連の報告を聞き、あまりの変貌振りに思わず身震いをしてしまう。

 かつて、天統浩明だった頃の彼は、自分が「大丈夫か」と声をかけると弱弱しい笑顔を向けてくる少年だった。今にも手折れてしまいそうな身体でありながら、皆に認められたくて血のにじむ努力を重ねていたのを覚えている。

 しかし、星野浩明となった今は、次世代トップクラスの魔術師である結城康秀を手玉に取れる実力を付け、周りの権力を利用して相手を追い詰め、敵と見なせば、その相手の自信と心を粉々に砕く冷徹さを持ち合わせ、物理的と社会的の両方から潰す徹底ぶり。

 もしも、天統家が敵と見なされたら、浩明は躊躇する事なく、敵意と共に魔法を振るうだろう。それも跡形も無くだ。

 その時、彼に対抗出来る魔術師が天統家に何人いるのだろうか……

 温度調整が効いた部屋の筈なのに言い知れない身震いを起こしてしまう。

 ―それだけは避けなければ

 総一郎達を康秀の二の舞にさせるわけにはいかない。

 親としては失格と言われるだろうが、当主としてこれ以上の被害を被るわけにはいかない。

 最悪の事態を回避させる為、元信はすっかり冷め切ってしまったコーヒーを口に含んで思考の海に身を落とした。

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