肆拾肆話Ⅰ
「戻りました」
「おじゃましま~す」
「お、おかえりなさい。ヒロ君、凪ちゃん」
帰宅した浩明と凪を、英二と夕がなんとも言いがたい顔で迎えた。連絡が有ったのが火を見るより明らかだった。
「お前、またトラブルに首を突っ込んだな……」
「失礼ですねえ。突っ込まざるをえなかっただけですよ」
「またそれか……相変わらずの不幸体質だなぁ」
「え、何その反応!?」
二人の「あぁ、またか……」と言わんばかりのやり取りに、凪は英二と浩明を交互に見て反応を伺った。
どう見ても日常茶飯事のやり取りとしか見えず、どう言葉を掛ければよいのか判断に詰まったのだ。
それに気付いた英二が苦笑を浮かべながら疑問に返した。
「ヒロは昔からトラブルに巻き込まれやすくてな……それでいて巻き込まれると率先して首を突っ込んでいく悪癖持ちなんだよ」
「そこに事件が起こると気になってしまいまして、つい放っておけないだけですよ」
「うわ、それ一番ダメなヤツじゃん」
それに、浩明がフォローにならないフォローを入れる。
自らトラブルに巻き込まれやすいと言っている浩明だが、いざ動くと周りの上をいく行動力の浩明も大概だ。それで壊滅した
「それで、この件に対して、退学処分でも構わないって言ってると聞いたんだが、本気でそんな事考えてるのか?」
「えぇ、本気ですよ。明日にでも退学届けを提出して編入試験の願書を出す予定ですから」
あっさりと、とんでもない事をやろうとする浩明を夕が「待ちなさい」と止めに入った。
「話は聞いたけど、話し合いする前に退学するのは可笑しいでしょ」
せっかく入学する事が出来た学校を僅か一ヶ月足らずで退学、それも話し合いの席に着く事無くでは保護者としては納得いくわけがない。
「犯人を動かさせる為にはその位する必要が有るからですよ」
「動かさせる?」
それに対して、夕に変わって英二が反応したのを見て、浩明は続けた。
「犯人は、今回の件を短期間で終わらせたかった筈です」
「なんでそう考えるんだ?」
「天統家との関係が発覚して直ぐに情報が広められた事とその直後の事件が起きた事から考えれば、犯人は直ぐに事態が動いてほしかった。それも私が居る事が計画の邪魔になる。排除したい。そう思っていたと思います。ですから、その思惑に乗って煽りに行ったんですよ」
「だからあそこまでやったわけだ」
「まぁ、やったのは向こうですが、概ねその通りです」
煽って暴走させておきながら、平然とそう言い切る浩明に反省の色は全く無かった。
「それが退学とどう関係有るのよ」
夕の疑問に、浩明は続ける。
「犯人にとって私と天統家との全面戦争はあくまで目的の過程です。本来の目的は、全面戦争の先に有るという事です。全面戦争ともなれば、どちらが勝とうがどちらにも責任問題が起こります。それも暴行問題にまで発展すれば停学、退学まで発展しても可笑しくない事態になるでしょう。犯人はそこを狙っていたんですよ」
「だから、先んじて退学でも構わないって言ったのね」
「だからって、自分から退学届けを出すのは泣寝入りじゃない?」
漸く納得した夕が納得の言葉を漏らした。そこへ凪が水を差す形で割って入った。
処分が出る前に退学、潔いと言えば聞こえが良いが、全て自分の非だと認めるようなものだ。
やられたら物理的に潰し、社会的に殺すを座右の銘にしている浩明のやり方としては、違和感があった。
「犯人の警戒を解くためですよ」
「警戒?」
「魔術専攻科ほぼ全てを敵にまわしている八方破れ、喧嘩を売った相手を、合法的に手を下してから社会的制裁に及ぼうとする腹黒、それが今回はあっさりと身を引く。いなくなってほしいとはいえ、今までの言動を考えれば、犯人は私に相当な警戒を抱いているでしょう。だからこそ、星野浩明は今回の件で青海高校に対して愛想を尽かして退学すると思わせる必要が有るんですよ。こんな学校、こちらがごめんだと退学届けを提出し、編入先の学校に願書を出す姿を見せた時、犯人は初めて警戒を解き、動いてくれるでしょう」
「そ、そこまでやるの!?」
「欺くにはこの位やらなければ欺いたうちには入りませんよ」
事を起こすには下準備こそが重要と言うが、聞いている自分達でさえ引くほどの用意周到振りに凪と夕は頬を引きつらせ、英二はため息を洩らした。余りにも老練極まりないやり方、とてもじゃないが、つい先日まで中学生だった男の考えるやり方ではない。
「誰がどういった目的で動き、誰が敵になり味方になるのか、状況を見極め、真実を明らかにしてやりますよ」
不敵な笑みが、これ程恐ろしく感じるものなのか……
凪はそれを初めて知った。
この数日後、生徒会長、大谷慶の解職請求が小早川英俊によって出された。




