肆拾壱話
「康秀め、なんて馬鹿な事を……」
広域型魔法防壁を解除すると、総一郎は座り込んで、膝を付き肩で息をしていた親友に毒づいた。
「天統君、大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと目眩はしますが、大したことないですから」
総一郎の後ろにいた慶が駆け寄ってくる。
康秀が起動トリガーを発した瞬間、総一郎は咄嗟に慶と明美と三人を囲うように広域型防壁防壁を展開した。
防壁魔法は、魔力粒子の変換量により、展開する範囲、防壁の厚さが大きく変わる。
総一郎は皆を守る為に、より強固な防壁を自分達の周りに展開した結果、魔力粒子を一気に消費してしまい目眩を起こしたのだ。
「天統、助かったぞ。あんな馬鹿魔力の魔法なんか、私では防げなかっただろうからな。だが」
明美が一呼吸おいた。
「不味い事になったみたいだな」
周囲を見渡して深刻な表情を浮かべた。
「う、うぅ……」と、痛みを訴える呻き声や、ぴくりとも動かず横たわる学生達が目に入った。
康秀が放ったのは広域型魔法は圧縮型魔法。自身の魔力粒子を圧縮させ、炎熱、氷雪など術式変換することにより一気に解放させた衝撃と共に放つことを目的とした魔法だ。康秀は炎熱変換した高圧力の炎熱魔法を浩明に放ったはずだった。しかし、現実は標的であった浩明には逃げられ、変わりに無関係の同級生達が巻き込めれる結果となった。
「ちょっと、なによこの地獄絵図」
「これはまた……、予想以上の惨事ですねえ」
爆発の余波で漂っている煙を払うように手をひらひらさせながら、どこか他人事のような口調の凪と、悲惨な光景に顔を顰めながら浩明と凪が戻ってきた。
「灯明寺、警察呼ぶ前に救急車呼んだほうが良さそうです」
「大丈夫よ。保険の稲木先生、治癒魔法の第一人者よ」
浩明の提案に、凪がそこまでする必要はないのではと聞く。
青海高校の保険医、稲木誠二は治癒魔法を専門とし、自らも多くの治癒魔法を開発した魔術師であり、後進育成を目的に授業を受け持っている人間の鑑と言うべき人だ。凪が聞くのも分かるが、浩明は呼ぶように指示した。
「では、呼ぶべきか指示を仰ぐべきでは有りませんかねえ。いくら治癒魔法の第一人者でも、この事態は人海戦術は必須ですよ」
指摘を受けて、凪は「あぁ、成程」と二、三回頷いてから携帯端末をポケットから取り出した。
「おい、浩明!」
「はい?」
怒鳴り付けて浩明を呼ぶ声が、携帯端末を操作する凪の指を止めさせた。声の主である康秀が二人を睨み付けている。
「お前等、何逃げてんだ!」
「え……この人、何言ってんの?」
「なんだと!?」
思わず素で返してしまった凪に、康秀は激昂した。
「いや、だって逃げるでしょ。あんな広域魔法使われたら。痛いの嫌だし」
「えぇ、わざわざ的になる馬鹿はいませんよ」
さも当然の言い分は康秀の神経を逆撫でる。その言葉が開き直りとして受け取った康秀は、怒りを込めて怒鳴り付ける。
「この卑怯者が、さっきから逃げ回ってばかりやがって……、もっと堂々と戦え!」
「うわ、結城先輩がそれ言っちゃう?」
苦笑を浮かべて凪が後ずさる。常識を疑うという露骨な態度がありありと見える。
「おい灯明寺、それはどういう意味だ!」
康秀の怒りの矛先が凪に向けられると、凪は「ヤバッ」と声を洩らして慌てて浩明の後ろに隠れる。浩明が顔を向けて見ると、彼女は自分をみつめて、片眼をつむり、口許で笑みを作った。
-後はよろしくね
意図を汲んだ浩明は無言で頷き康秀に向けた。
「結城の御嫡男殿、無防備な人間を背後から殴り付け、話をしている最中に魔力弾を放った先輩の口からよもや、我々を卑怯者と罵るとは、結城の御嫡男殿、貴方は素晴らしい馬鹿だ」
「!!」
嫌味を込めた拍手が響き渡る。聞き手になっていた総一郎達も口を挟めない。これは間違いなく康秀の失言だ。
「それも大馬鹿者だ」
「……っの野郎!」
康秀がコンバーターに手を添える。
「どうやら、口で言っても分かりませんか」
浩明が構える。
「くらえ!」
康秀が発動したのは氷結魔法
それも、ぶつける事が目的の物理ダメージではなく、接触と同時にその媒体を凍り付かせる腐蝕型だ。少しでも触れれば氷像が出来上がりだ。さすがの浩明でも受ければひとたまりもない筈だ。
形成された氷の塊を振りかぶって浩明に目掛けて投げる。
浩明は逃げる事なく構える。さっきと同様に片腕で打ちはたく算段のようだ。
浩明の振り上げた右腕が氷の塊に触れる。
触れた瞬間、間違いなく浩明は氷漬けになる。康秀の目論見通りの展開だ。氷漬けになった二人を想像して口許に笑みが浮かぶ。これで終わりだ。
しかし、康秀の期待は大きく裏切られた。
「なっ!?」
躊躇なく振り上げられた浩明の右腕は、康秀は放った氷結魔法に纏われる事なく砕け散らされ、魔力粒子へと還元されていった。
構え直した浩明は、腕を交差させて構え直すと、飛散した大気中の魔力粒子を集め、左足へと収束させ、康秀に向けて駆け出す。
浩明が発動させるのは炎を足に纏わせた飛び蹴り。修行中、師匠から見せてもらった前世紀の特撮番組のヒーローのオマージュを受けて術式構築した魔法。敬愛する師匠から初めて褒められた魔法であり、「炎熱蹴り」という安易な名前を付けてもらい、そして最も使い慣れた魔法。
だからこそ、目論見が外れ、目の前で起きた事態がのみ込めず、棒立ちのまま呆然と浩明を見ていた康秀には対処するすべなどなく、その胸部に直撃を受けた。
「やれやれ、攻撃を当てる事すら出来ず、まさか蹴り一発で倒れるとは、これが近接格闘戦負けなしが聞いて呆れる」
康秀に炎熱蹴りを入れた反動で距離を取ると、いつかの食堂の時と同様に左足の炎の残梓をはたく。
「さて……と」
康秀を見ると、壁際で、胸部を押さえて痛みにもがき苦しんでる。想像以上の苦しさなのか「う、うああぁ……」と呻き声が漏れている。
その姿を確認すると、浩明は無言で康秀に近付いて側にしゃがむ。
「星野、何をする気だ!」
「別にどうこうするつもりはありませんよ」
明美の警戒に答えながら、康秀のシャツの首もとを掴んで視線を自分に向けさせた。
「ひ、ひろあきいいぃぃぃ!」
視界に浩明の顔を確認した康秀は、憎悪を込めて睨み付けて、浩明の胸ぐらを掴み、殴りかかろうとしてくる。
それを軽く叩くと、胸元を押さえ付けて一気に組伏せる。胸部への一撃の後の追い打ちに康秀は抵抗出来ずに呻き声をあげた。
「結城の御嫡男殿、貴方がまず言うべき言葉は、私への呪詛の言葉しか有りませんか? 周りを見て他に言うべき言葉が有るのでは有りませんかねえ」
胸倉を掴んで無理矢理起こすと、廊下全部が見渡せるように放り投げた。
「この光景を見て、まだ気付きませんか。御嫡男殿の目には何も見えてはいないのですか?」
そこに広がっていた光景、それは惨劇の傷痕。康秀の広域型魔法に巻き込めれた生徒達が痛みに苦しむ姿だった。
「これだけのこれだけの事をしておいて、貴方からは私への理不尽な憎悪の言葉しかでないのでしょうかねえ」
その光景に、康秀の顔が青ざめ始めた。
「御嫡男殿がまずやるべき事は、自分勝手な憎悪を私に向ける事ではなく、無関係な彼等を巻き込んでしまった自分自身の行為を恥じて謝罪の言葉を述べるべきではないのでは有りませんか? 皆に対して後悔の念も起きませんでしたか?」
「ぅあ、あぁ……」
「それとも、昔の自分は悪くない、悪いのは自分の魔法を防げない彼等が悪いと言い切りますか?」
「ち、違う!」
浩明の言葉を康秀はかぶりを振って否定する。しかし、それを浩明が許す訳がない。
「違う? 違うなら、今この場で広げられている光景を見て、何故、謝罪の言葉が出てこないのですか!」
「あ、あぁ……」
「魔術師が己が感情に任せて、その力を行使すればどうなるのか分からなかったのですか! それとも、昔のように防ぐ事の出来ない皆が悪いと、先代の天統家当主と同じ事を言うつもりでしょうかねえ?」
「浩明、やめろ!」
総一郎が悲痛な声で止める。
「今の天統家では、結城家の御当主殿が代理となり、弱者を守る為にその力を振るうと教えられている。そう改革が推し進められていると、灯明寺から聞いていましたが、その指導の結果がこれだと言うのなら、成程成程、天統家と結城家の行く末がよう分かりましたよ」
「やめろ!」
総一郎を無視して、止めの一太刀を振るった。
「御身は誠に見上げた孝行息子。御父君が心血注いで再建し、取り戻そうとしたものの全てを踏み躙り唾を吐く。天晴れ見事な親孝行。立派な息子を持った果報者と御父君もさぞやお喜びになられてましょうや!」
「あ、あああぁぁぁぁぁぁ!」
叫びが学校中に響き渡った。




