参拾鉢話
「何!?」
身体強化を掛けて放った康秀の一撃を、浩明は再度、両手を交差させて防ぐと、康秀から声が小さく洩れる。
「今のを防ぐとは、なかなかやるじゃないか」
「そんな軽くつつかれた程度を防いだ位で褒められても、嬉しくもなんともないのですがねえ。今のが師匠なら一撃で壁ごと吹き飛ばされて瓦礫の山の中に頭を突っ込んでましたよ」
賞賛の言葉を一蹴して、手をひらひらと振る仕草は小馬鹿にしていると思われても仕方がない。しかも、身体強化魔法で底上げされた一撃を軽くつついたと言ってのけるのだから、聞いてる方は呆れる話だ。凪達とは基準が余りにも違う。
「あぁ、もしかして今のが全力……いえ、そんな筈は有りませんか。もしそうならば全国屈指の青海高校の程度は四流魔術師の私以下となりますからねえ」
「なんだと……」
「おや、違ったのですか?」
「うるさい!」
「違う? 成程、そういえば皆の前でじわじわといたぶり愉悦に浸る、昔から好きでしたよね?」
「違う!」
「違う? でしたら全力でかかってきてくれませんか。まさか、今のが全力だという事は有りませんよねえ」
「どこまでも馬鹿にしやがって……」
「あれ、まだ気付いてなかったんですか?」
「何だと!?」
その言葉に、康秀は呆気に取られる。
こいつ最低だ……
聞いていた周りの学生達も意見が一致する。
馬鹿にしていると、堂々と言われれば当然。しかも相手は散々、無能と揶揄していた浩明だ。
「野郎……、だったら俺の本気を見せてやる!」
「どうぞ、ただし……今度は簡単に当たるつもりは有りませんよ」
当てれるものなら当ててみろ
あからさまな挑発に康秀が動いた。無防備な浩明に対して、一気に距離を詰めて拳を入れる。それを浩明は横に逃げる事で、康秀の拳を風を切らせた。
ならばと康秀は二度、三度と浩明に拳と蹴りを入れていくが、その全てが空振りに終わる。
康秀から繰り出される一撃をことごとくかわし、時に打ち払っていなして決定打を与えさせない。
「この! ちょこまかと!」
「なんですか、止まった的にしか当てれませんか? それとも、いつも手合わせをしている相手には余裕で当たっていた筈だとかおっしゃるつもりですか?」
「違う!」
「今、御嫡男殿自ら行っている行動それを証明していると思うのですが?」
「黙れ!」
何度目かの顔に来る拳を顔を右に傾ける事でかわすと挑発的な問いかけで康秀の頭に更に血を昇らせる。
結果、その挑発に乗せられ躍起になって浩明に襲い掛かる。それを浩明は紙一重でかわしてゆく。
―格が違う
口に出さないが凪は思わず心の中で漏らした。
星野浩明の魔術師としての実力は殆ど分からないが、康秀の実力はよく知っている。成績は魔術科でもトップクラス、特に実技での模擬戦では上級生相手にも引けを取らない優等生と専らの評価を得ている。
散々、辛酸を味わった魔術専攻科の学生にとって、康秀ならば星野浩明に勝てる。魔術師でありながら同じ魔術師である自分達を目の敵にする星野浩明に鉄槌を下してくれる。それを願い、康秀達ならそうしてくれると信じていた。
しかし、目の前で繰り広げられている光景は予想を裏切る展開となっていた。近接格闘を得意とする康秀の攻撃が決定的な一打に至っていない。むしろ煽られて冷静さを欠き、感情のままに浩明に向かっていく姿は幼稚さを通り越して哀れさすら漂ってくる。
「結城の御嫡男殿……」
康秀のな一撃をかわしながら切り出した。
「もうやめませんか? 私としましても、これ以上、良心を痛め続けるのは堪えるものですからねえ」
「どういう意味だ!?」
康秀をいたぶる様な言い回しに怒鳴り返す。
「いや、まぁ、なんと言いますか。私も魔術師の端くれですが、どこかの名門魔術師一族と違いまして、弱いものいじめは嗜んでおりませんからねえ」
「野郎、なめた事言いやがって!」
「さっきから全然当たってないのが結城の御嫡男殿と私との実力を証明していると思いますがねえ」
結城家の次期当主を「格下」扱い、それも上から目線で良心を痛めるなどと、その実力を哀れむような言葉が、限界寸前の康秀の理性に止めを刺した。
「だったら、これでどうだ!」
康秀がコンバーターに手を添えて発動プロセスに入る。
「ちょっと!」
「康秀、待て!」
凪と総一郎が同時に声をあげる。康秀が放とうとしているのは恐らく広域魔法。攻撃を避けられ続けた結果、避けられるなら避けられないようにするのが目的だろうが場所が悪過ぎる。明らかにやり過ぎだ。
狭い廊下でそんな魔法を起動すればどうなるか。最悪の事態が簡単に想像できる。学生達が慌ててその場から逃げ出し始めた。
しかし、頭に血の昇った康秀には気付く事なく、魔力粒子を変換し終えた康秀は後は起動トリガーを切った。
「術式起動!」
康秀が発動するその瞬間、浩明が動いた。
康秀が起動トリガーを発した瞬間、浩明は魔力粒子をプラズマへと変換、左腕に纏わせてエネルギーを溜め込む。その拳を凪の真横の壁に向けて正拳突きを放つ。部員勧誘の際に使った「零距離カウンター」だ。
解放されたプラズマエネルギーを受けた壁は耐久力を意図も容易く失い、轟音と共に吹き飛ばされ、人が通れる程の穴を作る。
予想外の行動に、誰かから呆気に取られる声が聞こえる。
「いきますよ」
「へ……ちょっとここさん……」
同様に呆気に取られていた凪の腰に手を回すと抱き寄せて、空けた穴から飛び降りる。
「うわあああぁぁぁ」
悲鳴をあげる凪と共に地上に着地した瞬間、二人が飛び降りた穴から曝炎が吹き出た。




