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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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36/83

参拾録話

 下級生にとって、上級生のいる教室は敷居が高い。特に学科が違う学生同士だと扉一枚が限りなく高くなるものである。

 浩明と凪はその壁を越えることなく、教室の近くの廊下で目当ての人物が出てくるのを待ち構える事にした。浩明としてはそんな敷居など関係なく授業終了と同時に乗り込む算段であったが、話す内容を聞いた凪が「被害は少ない方がいいでしょ」と、止めたのだ。

 もっとも、相手が生徒会役員という事もあり、騒動が起こる事前提でそう勧めるのだから、凪も浩明の扱いに慣れてきたようだ。

 閑話休題、授業終了のチャイムの数分後、生徒達に交じって教室から出てきた目的の人物達が出てくるのを確認すると、浩明と凪は顔はその前に歩み寄り立ち止まった。

「会長」

「ほ、星野君?」

 目的の相手の一人である大谷慶は思わぬ人物の登場に目を白黒させた。

「浩明!?」

「驚いた、君から話しかけてくるとは思わなかったよ」

 一緒にいた、総一郎、康秀、明美も同様に驚いた様子だ。先日、あそこまで関わる事を拒んだ浩明から声をかけてきたのだから無理もない。

「会長、天統家の御令嬢殿の件について聞きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

「御令嬢の件って……、雅ちゃんの?」

 四人の反応、特に総一郎と康秀の驚いている姿を無視して話を進めると、慶は確認するように聞き返してきた。

「そこの御当主殿の話によると、天統家の御令嬢殿は帰る途中、あなたの音楽プレイヤーが鞄の中に入っていた事に気付いて届けに行き、その途中で襲われた。そうですね」

「えぇ、私達が駆け付けた時にはもう……」

 その時の光景を思い出して苦い表情を浮かべた。あまり思い出したくない光景のはずだ。当然の反応だろう。

「ひとつ伺いたいのですが、何故、彼女は会長の音楽プレイヤーが鞄の中にあったのを下校中に気付けたんでしょうかね」

「何故って……鞄を開けたからでしょ?」

 質問の意味が分からず慶は聞き返すと、浩明は待っていたとばかりに口を開いた。

「確かに鞄を開けなければ分かりません。では、帰り道に何故鞄を開けたのでしょうか?」

 そこで総一郎に、視線を向けた。

「天統家の御当主殿、あの日はどこかに寄り道等はされましたか?」

「い、いや……、どこにも寄ってないけど」

「では、何故、鞄を開けたんのでしょうか。一緒にいた御当主殿なら分かりますよね?」

「おい、鞄を開けたかどうかなんて関係ないだろ。何が言いたいんだ?」

 鞄、鞄と何度も聞いてくる事に、うんざりしたように康秀が問うと、浩明は切り出した。

「帰宅途中に鞄を開けた行為に違和感を感じたんですよ。普通なら帰宅して鞄を開けてからはじめて気付くのではないかと思いまして。もし、開けたとしたら寄り道をして喫茶店やファミレスに入るか、買い物をして買った商品を鞄に入れる、もしくは…」

 一旦、言葉を区切ると慶を見据えた。

「私物を入れた本人から連絡があった、例えば……そう、「音楽プレーヤーが見つからない。間違えて入れたかもしれないから、ちょっと確認してくれないか」と促した場合です。ですから、何故、鞄を開けたのか聞いてるんですよ」

 三人の表情が途端に強張った。

「それで、御令嬢殿は何故、鞄を開けたのでしょうか?」

 意図を説明したうえでの質問に、慶達は言葉を詰まらせた。

「そ、それは……」

「あの~先輩、はやめに答えた方がいいですよ。コイツ、答えなかったら自白剤位、簡単に使いますよ」

 はぐらかそうとした慶の言葉を一蹴するように、凪が浩明の援護、それもかなり過激な援護をするのだから始末が悪い。

「君、私がそんな事をすると思ってるのですか?」

「違うの?」

「そんな足の付くものを使うよりも、精神干渉型魔法を使って聞き出した方が有効ですよ。まぁ、他にも色々と聞き出させてもらいますがねえ」

 何を自白させるなんだ。

 「かなり」を遥かに越えた内容に、まわりにいた学生達の何人かが思わず身震いをした。

「まぁ、今回はそんな事をしなくても大丈夫でしょう。証拠ならまだ会長達が持ってるはずですよ」

 「この中に……」と、ブレザーのポケットから携帯端末を取り出して四人に見せるようにそれを指差すと、「あ、そうか履歴だ」と浩明が言わんとしている事を凪は言葉にして口に出した。

「履歴なんて簡単に削除出来るんじゃないのか?」

 しかし、浩明の仮説の問題点を明美が気付いて指摘すると、康秀も加わる。

「確かに、そんなものいくらでも弄くれるぞ」

「あれ、履歴を削除する事情でも有ったんですか?」

「何だと?」

 わざとらしく驚く凪に、康秀が眉をひそめると、凪の発言に補足を始めた。

「確かに、ブラウザの履歴ならともかく、日常生活において携帯端末の履歴、それも着信履歴と発信履歴を削除する必要など有るのでしょうかねえ」

 無意味だと指摘した事が思わぬ墓穴を掘っていた事に気付いた康秀は思わず「うっ……」と声を洩らした。

「そんな事するのは浮気してなきゃやんないわよねえ」

「或いは、犯罪者の隠蔽工作でしょうかねえ」

「おい待て、誰が犯罪者だ!」

 失礼極まりない扱いに康秀が反論するが、それを浩明は無視した。

「違うと言うのならこのファイルを携帯端末に入れてもらえませんか」

 携帯端末を操作して、全員に見せるように空間ディスプレイ上にファイルを表示する。

「端末内の履歴を取り出すファイルです。表面上で削除していても端末内の記録は残されているものです。プライバシーの面で問題視されてますが、先輩方が何もやっていない、あの日、天統家の御令嬢殿は意味も無く突然、鞄を開けた。自分達は天地神明に誓って何もしていないと言うなら問題ないですよね?」

「身の潔白を証明するためにもやった方がいいですよ。でないと本当にプライバシー暴露コースですよ」 

 浩明と凪による詰問に総一郎達は折れた。

「あぁ、その通りだよ。あの日、会長の方から電話があって雅は会長に届けに行ったんだ」

 事件当日、帰宅が遅くなった慶は、夕食を手早く済ませようと、総一郎達と別れてすぐにコンビニに寄り、会計を済ませて、ポケットに携帯端末を戻した際に、いつも一緒に入れていた音楽プレイヤーが無い事に気付いて、総一郎達に連絡したそうだ。

「そこで間違えて入れていた天統家の御令嬢殿が、会長に届けに行こうとしてその最中に襲われたと言う事ですか……」

「ごめんなさい、私のせいで雅ちゃんがあんな事になってしまって、気が動転してしまって」

「あぁ、私に謝罪は結構です。その言葉は天統家の御令嬢殿に言うべきですよ」

 浩明に頭を下げようとするのを止める。

「それで、会長のせいでは無いから「雅はたまたま気付いて届けにいった事にしよう」って決めたんだよ」

「成程、よく分かりました」 

「分かってくれたか?」

 浩明の納得の声に総一郎が安堵の声を漏らす。捻くれ者の星野浩明だ、自分に敵意を持った受け取り方をしないでくれたのだから。しかし、それは浩明の次の言葉で呆気なく裏切られた。

「そういう事なら来週の生徒総会で解職請求しても、良心を痛めずに済みそうです」

「か、解職請求!?」

 にやりと笑みを浮かべていった言葉に明美が声を上げた。

「こう見えて私は喧嘩の仕返しがえげつないとよく言われるんですよ」

「だよね~」

 凪が意味もなく同意する。

「自らの過失に対して非を認めず、あまつさえ隠蔽工作まで行い、私に冤罪まで被せようとした極悪非道。解職請求には充分な材料は揃ってますよ」

「おいおい、そんなことして本当に会長を辞めさせれると思っているのか?」

 周りで聞いていた他の学生達も「そうだ、そうだ」と同意の声をあげてくる。中には「ふざけた事ぬかすとぶっ飛ばすぞ」と脅しをかけてくるのもちろほら聞こえてくる。

 現生徒会長の大谷慶や所属している総一郎達の人気はかなり高く、解職請求をしても反対多数で請求が通る可能性は限りなく低い。浩明の行動は限りなく無駄な行動に近いと言っても過言ではない。

「無駄かどうかは、やってみなければ分かりませんよ。仮に反対多数でも、話の内容を聞いた先生方がどのような対応をしますかねえ」

「何?」

「どういう意味だ?」

 裏を含んだ言い回しに、総一郎と康秀が聞き返すと、浩明は淡々と、ギャラリーにも聞こえるように話し出した。

「生徒会のトップが起こした不祥事を隠蔽するだけでなく、無関係の赤の他人を犯人扱い、それも、妄信的に先輩方を慕う取り巻き達の前で目立つように尋問し名誉を著しく傷つけた。教育者が聞いたらどう思いますか?」

 総一郎達の顔に動揺が走った。ここにきて星野浩明の目的が解職請求ではなく、この事件を公表する事によって自分達の処分を教師に求めるつもりだと。それも求めるのは口頭による注意等という温情措置ではない、厳しい措置だと。

「隠蔽に冤罪に名誉毀損、まさか無罪放免ではすまないよね~」

 凪の言葉が総一郎達の動揺を煽る。

「灯明寺、そんなに煽るものではありませんよ」

 お前が言うな!

 そう言われてもおかしくない浩明の言葉に誰からもツッコミが入らなかったのはギャラリーにも動揺していたからだろう。

「では、言いたい事はそれだけですので失礼します」

「ちょっと待て、君達はなんて事を考えてるんだ!」

 一瞥だけして去ろうといち浩明と凪を、いち早く平静を取り戻した明美が止めにかかる。事件の当事者ではなく、傍観者だった事が誰よりも早く落ち着きを取り戻させたからだろう。

「風紀委員長、今度は頭を下げてもムダですよ」

「…ッ!」

 振り返り、冷徹に説得に応じるつもりはないと釘を刺す。

「浩明、そんな事をしてどうするつもりだ?」

「どうするつもりと言われましても、犯罪者扱いされて黙ってられるほど、私は聖人君子じゃ有りませんよ。やられた事にはきっちり報復させてもらいますよ」

 明美にかわってロを開いた総一郎に答える。それに対して康秀がまくし立てるようにわめいた。

「報復ってそれがなんで会長の解職請求につながるんだよ!? 提案したのは俺達なんだから俺達にあたればいいだろ!?」

「だからこその解職請求ですよ。事実を隠蔽し、人に罪を擦り付けてまで庇った会長だからこそ効果は絶大だと思いましてね」

 その姿を冷やかに蔑むように言いはなった。

「何を言ってるんだ! あの時、俺達は間違いなくお前を見たんだ。倒れている雅の傍に立っていたお前を!」

「だったら事件が起きたその時間、現場から数キロ離れたレストランで私と一緒に居た事はどう説明するんですか? どんな加速魔法や身体強化魔法を使っても現場に駆け付けるなんて不可能ですよ」

 断言した康秀の言い分に凪が言い返した。あの時、一緒にいた凪だからこその反論だ。

「そんなのレストランの人間と口裏を合わせれば偽装できるんじゃないのか? アリバイをでっち上げて雅を襲う事だって可能だろうが」

 それに負けじと総一郎が凪に指摘する。しかし、これが彼等にとって更に墓穴を掘ることとなった。

「たまたま行ったレストランの、それも見ず知らずのお客さんもいた目の前で、そんな事出来ると思ってるんですか。それにブログの写真だってその場で撮ってるんですよ」

「そんなの合成すればいくらだって作れるだろ。そうすれば口裏を合わせる事だって可能だろうが」

「うわ、それマジで言ってんの?」

「どうやら、本当にそう言ってるみたいですねえ」

 総一郎に加わった康秀の暴論に凪が肩を引きつった顔で返すと、浩明も呆れた様子で答える。

「おい、何が言いたいんだ!?」

 二人の露骨な態度に、康秀が声を荒げる。周囲にいる総一郎達のクラスメイトも黙って浩明と凪を睨み付けている。その視線から、康秀と同様の感情を見せている。

「結城の御当主殿は、私が店にいた人間と口裏を合わせて、天統家の御令嬢殿を襲った、つまり、『彼女が襲われていたであろう時間に店に居なかった』と言ってるんですね?」

「だから何が言いたいんだ!?」

 再度、声を荒げた康秀を、明美が「落ち着け」と宥める。

「灯明寺、あのブログの写真ってなにで撮影してましたか?」

「店長さんのデジカメよ。撮った後、すぐに写真をプリントアウトして、私にくれたもの」

「あぁ、確かにそうでしたねえ。せっかくの記念ですのでと言って彼女さんにも入ってほしいと変に気を使われて、君、困ってましたからねえ」

「ちょ、それは今関係無いでしょ」

 当時の事を思い出して、凪は頬を赤くしながら答えた。

「失礼、確かにそうでした」

 指摘されて、浩明は素直に謝罪した。確かにこの場合は余計な話である。

「まさか、その店の店長の撮った写真がアリバイの証明になるとでも思ってるのか?」

「えぇ、なると思ってますよ」

「そんなもの、事前に用意していれば「ちょっと失礼」おい!」

 言いかけて浩明に遮られる。突然、携帯端末で写真を撮ったからだ。

「いきなり何するんだ」

「いや、言っても分からなそうなので、目で見せた方が早いと思いまして」

 抗議の言葉を受け流しながら、端末を操作して、空間ディスプレイを立ち上げて見せるようにする。

「今、撮影した写真の情報です。今はデジカメが無いので携帯端末で撮影した写真ですが、サイズ、写真の種類、そして、撮影した日時と時間が記録されているんです。これはデジカメにも当てはまるのでは無いのですかねえ」

「つまり、その写真のデータが店長のデジカメの中に残っていれば、いつ撮影されたか。つまりその時間に店にいた証明になるって事ですよね」

 二人は押し黙る。自分達が言った仮設を容易く否定されて言葉が出てこない。

「だからってその写真が……「あ、さっき店に電話をかけて確認したんだけど、店長さん、まだ写真消してないから保存を頼んでありますよ」っ!?」

 代わりに明美が僅かに残った反論の余地を突くものの、言い終わる前に凪によって遮られる。

「あ、そうだ。これもありましたか」

 何かを思い出したように携帯端末を操作すると、ある画像を表示する。顔に擦り傷を付けている男性三人組の写真だ

「これは?」

「レストランからの帰りに会った御当主殿達の取り巻きです」

「取り巻き?」

 浩明が見せたのは、あの時、挑発目的で撮影したストーカーこと、雅の取り巻き達の写真だった。

「「お前が雅様の兄妹だなんて認めない」と意味不明な事を喚いて、広域炎熱魔法を放ってきましたから、怖くなってすぐ逃げましたがねえ」

「おいおい、そんな事があったのか?」

 明美が頬を引きつらせる。

「ま、無実の証言を求めても素直に応じるとは思いませんけどね」

 はき捨てるように呟いてから、画像を閉じる。

「さて、冤罪を証明する証拠も確保しましたので、あとは現生徒会を徹底的に糾弾する内容の書類を作成しとかないといけませんかね」

「あぁ、追い討ちってやつね」

「おいおい、この場合は『念には念を……』だろ」

 そう言って凪のおでこを軽くつつくと、「あ、そうだった」と笑みをこぼした。

「では、言いたい事はそれだけですので、失礼しますよ」

「待って、星野君!」

「不祥事を隠蔽するような卑怯者と話すことなどこれ以上ありません。次は生徒総会で会いましょう。どうぞ悪徳政治家よろしく金をばらまき、隠蔽工作をなさっていて下さい」

 これ以上ない批判を込めて、慶の言葉を遮り、凪を連れて立ち去ろうとすると、代わりに総一郎と康秀が前に出た。

「おい浩明、今のは言い過ぎだろ」

「提案したのは俺達なんだ、会長は関係ないだろ!」

 悪徳政治家扱いの一言で、彼等の我慢が限界に達したらしく、浩明を睨み付けて怒鳴りつけた。

「言い過ぎ? 本来ならば、隠蔽を提案された時点で、提案者を叱咤するべきを、我が身可愛さに提案に応じた事が今回の騒動の原因ですよ。そのような行為を取る人間が人に立つ資格などありませんよ!」

 浩明から勢いよく発せられた怒号はギャラリーの口を一気にふさいだ。

「ひ、浩明、お前が疑われやすい行動を取っているからこうなったの間違いだろうが!」

 しかし、くぐった修羅場の違いか、多少たじろぎながらも、総一郎は反撃に言い返すと、「ほぅ……」と浩明は腕を組んで構えた。改めて周りをみると、総一郎の意見に同意しているのがありありとみえる。生意気な普通科の浩明より、皆から慕われる生徒会役員の総一郎達の言葉とでは、信頼度が格段にちがうようだ。しかし、浩明はその雰囲気に呑まれる事なく堂々と構えていた。

「成程、確かに一理あります。最近多いんですよねえ。妄信的なあなた方の信者の皆さんがやれ「雅様の敵」だの「落ちこぼれのくせに」だのと一方的に暴行を振るってくるものですからね。私もやむを得ず応戦していますが……、そうか、そう言う事か」

 言いながら、何か納得したように自己完結で締めた。

「どうかしたの?」

 凪が眉をひそめて聞いた。

「いえ、御当主殿と御嫡男殿が朝の校門の前で尋問するという、目立つ行動を取ったのか、ずっと気になっていたんですよ。なぜお二人は校門の前で待っていたんでしょうかねえ?」

「そ、それは……、いつ来るか分からなかったから、確実に通る校門の前で待っていただけだ」

 いきなり質問を振られた康秀は、訳が分からないと言った感じで答えた。

「確かに、一理ありますが、今までのやり取りから本当の目的は別にあった。そう思えてきましてね」

「本当の目的?」

 明美が聞き返すと、浩明が続けた。

「えぇ、あなた方が自分達の取り巻きを先導し、全員で嘘の自白を作るためだったんですよ」

「嘘の自白?」

「えぇ、実際にあった話ですが、『お前が犯人だろう』という先入観で責め立て、精神的苦痛を与え続け、嘘の自白をさせて、冤罪を認めさせる。それをやろうとしてたんですよね」

「うわ、何それ最低!」

 浩明の持論に凪が被せて、総一郎達に侮蔑の目を向ける。

「お前、本気でそんな事を言ってるのか?」

 軽蔑と哀れみを込めた目で総一郎達に睨み付けられる。

「貴方方の信者の前で『天統雅が星野浩明に襲われた』と言って糾弾させ、否定する余地を与えないようにして追い詰める、更に取り巻き達にも糾弾させるようにもっていかせ、精神的に追い込んでから救いの手、恐らく「やったのはお前だ分かっている。天統家の御令嬢殿も許してくれる筈だ」と自己満足の反省をしてを恩を売る。そう描いたんでしょう」

「だけど星野は私と一緒にいたという鉄壁のアリバイが有って、しかと証人としてあの場に出てきちゃって台無しになった訳だ」

「馬鹿馬鹿しい。大体……」

 反論しようとした康秀だが、名前が分からず言い淀むので、察した凪が「灯明寺凪です」と名乗った。

「そうだ、灯明寺、なんでお前が浩明と一緒にいるんだ。お前こそ浩明とはどんな関係なんだよ!」

「私と星野の関係……そうですねえ」

 聞かれた凪は腕を組んで、考え込む事一拍、不敵な笑みを康秀に向けた。

「私は星野君の相棒ですよ」

「相棒?」

「この学校で一番信頼できるのは君だけです。もし手を貸してくれたら何でもお願い聞いてくれるって言ってくれたんですよ」

 その時の言葉を思い出し、赤くなった頬に手を当てて身体をくねらせる姿、それは正しく恋する乙女の姿の凪に、浩明は頭を抱えてつつ訂正を求める。

「君、その言い回しがおかしいですよ。確かに信頼はしてますが君の言い方は誤解を生みかねませんよ」

「何よ、あの時、私に言ってくれた言葉は嘘なの!?」

「そう言う話では有りませんよ」

 確かに間違ってはいない話だが、どうも凪の中では変な解釈のされかたをされているようだ。

「ふざけるな!」

 思わず形成されかけた桃色空間を払拭するような怒号に、凪の動きが止まる。

「おや、どうなされましたか。天統家の御当主殿?」

 声の主、総一郎に対して浩明はきわめて冷静に問う。

「お前な、なんだその態度は!?」

「態度と言われましても、ここできちんと言っておかないと後々が大変でして」

「そんな事より今は会長や雅の事の方が先だろ!」

「そんな問題など女性とのトラブルに比べれば、そこまで優先すべき大した問題では有りませんよ」

「何だと、どういう意味だ!?」

 会長の問題も自らの妹の件についても大した事ではない。

 そう言われて総一郎は激昂する。

「会長の件は証拠を書類にまとめて糾弾するだけですし、天統家の御令嬢殿の件で今、気にするべきは最悪の事態が起きた時に包む香典の金額位ですよ」

「なっ!」

 切って捨てた浩明の言い分に、全員、言葉を失う。浩明の口から出たのは余りにも最低な物言い。特に雅の件については、未だに目の覚めぬ事を心配する総一郎達に対して、辛辣過ぎる言葉であった。

「まぁ、そんな些細な問題はともかく、言いたいことは言わせてもらったので失礼します。灯明寺、今日は君としっかり話し合う必要があるようです。覚悟してもらいますよ」

「上等よ。徹底的に話し合いましょ!」

 唖然としているのを尻目に、痴話喧嘩を繰り広げながらその場を後にしようと総一郎達に背を向け歩き始めた。

「大体、君はもう少し恥じらいを身に付けるべきですよ。昨日の昼食の時にも言ったはずですよ」

「うっさいボケ!」

「……れ」

 直後、ぽつりと声が漏れたが、痴話喧嘩を繰り広げている浩明と凪の耳には入るわけもない。

「……がれ」

「……はい」

 二度目の声の声に気付いた浩明が、振り向いた瞬間、

「いい加減にしやがれえええ!」

 浩明の左頬に康秀の拳がめり込まれた。

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