参拾伍話
駅前の今川焼屋(正式店名不明)は市民に愛される老舗である。
紫桜へ話を聞きにいった後、お互い授業があったので合流一旦別れた後、放課後に合流した二人は、浩明の糖分補給を兼ねて今川焼を買いに来ていた。
この今川焼屋、メニューは粒餡、白餡、クリーム、チョコ、カレーの5種類、なにより一個125円という安さでボリューム満点という、学校帰り、特に部活帰りの学生御用達となっている。
「お待たせしました。君が注文したのは粒餡、クリームにチョコでしたよね」
浩明が自分用に買ったクリーム入りとは、別に包んでもらった今川焼きを受け取ると、凪は「サンキュ」と満面の笑みで礼を言い、早速、包みを開けて今川焼に口をつけ始めた。
「やっぱり焼きたてはたまんないわよね。この縁のサクッとした食感とかさ」
「そうですねえ」
凪の食べているのを眺めながら相槌をうつ。
「どうしたの?」
浩明の視線に気付いた凪が今川焼を口に持っていきかけていた状態で首を傾げる。その仕草に思わず視線を反らした。
「いえ、粒餡入りでも良かったかな……と思いまして」
「あげないからね」
「いえ結構です」
今川焼の包みを浩明から守るように胸元に納める凪に突っ込む。交換を頼んでまで食べたい訳でもないし、かといって「一口ならいいわよ」と食べかけを口に持ってこられる、所謂「あ~ん」なんてされても逆に困る。年相応以上に落ち着いている浩明とはいえ、人通りの多い公衆の面前でそれに応える度胸は無い。
「そんなに食べて大丈夫ですか?」
「甘いものは別腹よ」
「カロリー的には別腹の範囲を越えてる気がするのですがねえ」
年頃の女子が甘いものを食する時に使われ続ける決まり文句に浩明は苦笑を漏らした。
甘いものに目がない凪だ、帰宅したら、試作した夕のケーキの味見も楽しみにしている筈だ。
「大丈夫、食べた分はちゃんと栄養分として消化されてるから」
「それは贅肉として身体についてる、の間違いでは無いのですか?」
「アンタ、なんて失礼な事言うのよ!」
女性に対する心配りの欠片も無い言葉に、凪は声を荒げた。
食べかけの今川焼を袋に戻し、浩明の前に立つと、背筋を伸ばし、胸元に手を当てて、浩明に見せつけるようにポーズを取った。
「さぁ星野君、私の身体のどこに無駄な贅肉があるのか、言ってもらいましょうか?」
言葉ではなく身体での反論に浩明は言葉を詰まらせる。
見馴れているので忘れがちだが、凪の容姿は「身長以外はプロのモデルが逃げ出したくなる」という言葉がしっくりと当てはまる。
スラリと伸びる手足は細長く、メリハリのついた容姿、唯一の欠点である身長は、未だ平均を下回っているが、それを補って余りある存在感を見せる胸は着ている服を上に押し上げている。
「何と言いますか。脂肪というのも上につくか、下につくかで見せたくも隠したくも変わるものですねえ」
「アンタ、重ね重ね失礼ねぇ……」
負け惜しみに出した言葉であるが、配慮が無視した言葉に凪はジト目で睨んでくる。
「参りました。君の容姿が一級品なのはよく分かっていますから、そう睨んでくるのは勘弁してもらえませんかねえ」
「うむ、よろしい」
素直な降伏の言葉に納得したといわんばかりに頷いて怒りを解いた。こういう時は素直に謝罪する。女は怒らせると後が怖い。万国共通の常識だ。
「はぁ……、後は身長さえ伸びれば完璧なのになぁ……」
再び並んで歩き出すと、隣を歩く凪は頭に手を当てながらぼやく。友人からも羨まれる体型の持ち主ではあるが、そこだけが足りないだけに気にしているのだ。
「天は二物を与えず……という事では有りませんかねえ」
慰めたつもりの言葉だが、凪は「ちゃんと努力はしているのよ」と返した。
「ちゃんと身長が伸びるように毎日、牛乳を飲んでるんだからね」
「成程、君の体型が年相応以上になった理由が良く分かりましたよ」
「あ~、それは言わないで。自分でも気にしてるんだから」
言いながら一気に落ち込んでゆく。
身長を伸ばすには牛乳
昔から言われてきた言葉であるが、それと同時にバストアップにも牛乳は効果的だ。
凪の場合、牛乳は後者に作用したようだ。
自覚があるだけに、落ち込み様も半端ではない。
背後には、漫画などで良く見られる縦線が見えた気がするのは、浩明だけではない筈だ。
「まぁいいわ。私はまだまだ成長期、成長期の真っ最中よ」
しかし、すぐに立ち直ると、拳を握りしめ、自分に同じ言葉を言い聞かせるように何度も繰り返した。
その痛々しい鼓舞を見た浩明が取れた行動は、痛々しい自己暗示を続ける凪から視線を反らす事だけだった。
「私はまだまだ成長期~」
十回目のその言葉に、浩明は「参りましたねえ」とこめかみに指を当てた。先に凪の容姿について切り出したのは自分であったが、身長に対する闇は思いの外、深かったようだ。
こればかりは、高校一年生の平均身長を少し上回っている浩明には分からない悩みであり、配慮が足りなかったのが原因だ。
かといって、これ以上、不気味な自己暗示を聞き続けるのも辛い話だ。
こういう時は早急に話題を切り替えるに限る。
「私はまだまだ成長……ひゃあっ!」
自己暗示中だった凪が奇声をあげた。不意に両脇をおそった感覚に敏感な反応で返した。
浩明が後ろにまわり、無防備だった背後から、凪の両脇に手を入れて、脇をくすぐったのだ。
思わぬ奇襲に反応してしまったが、腕の中の今川焼の袋を落とさなかったのは、自分の食い意地が見せた執念だ。
振り向いて、浩明を睨み付けた。
「な、何すんのよ!?」
「気は済みましたか?」
「うっさいわボケ!」
罵倒の言葉に対して、浩明の反応は柳に風。全然、申し訳なさそうな態度が無い。
それが、凪の心に火を付けた。
「女の子の脇の下に手を入れてくるなんて、どういうつもりよ!」
「充分な容姿に恵まれているのに、不気味な鼓舞にとらわれて意識が戻って来ない。ならば、他に意識を持っていけば止まるだろう、そう考えての緊急措置ですよ」
「この……」
人を煙に巻く浩明の理論に、凪は歯噛みするしかなかった。
「で、京極さんの前で何考えこんでたの?」
勝ち目の無い口論切り上げた凪は、漸く本題を切り出した。
「分かった事を頭の中で纏めていました」
「分かった事って……、京極さんは天統さんが襲われた理由は分からないって言ってたじゃない」
意味が分からず凪は聞き返した。紫桜は浩明の質問に『心当たりはない』と答えており、得る情報がなかったと考えていた筈だ。浩明に何が分かったのかが聞き返した。
「確かに『襲われる理由は分からない』と彼女は言っていましたが、理由が分からないという事と、襲った犯人が私に化けて犯行に及んだという行動からひとつだけ分かった事が有ります。犯人は襲う相手を天統家の御令嬢と最初から狙っていたという事です」
「はぁ!? あんた何言ってるか分かってんの?」
凪の声が驚きによって大きくなる。
「まぁ、正確には生徒会役員の誰でも良かった筈です。ですが犯人は、確実性を考えたうえで天統家の御令嬢に狙いを絞ったのでしょう」
「どういう事よ?」
内容が内容なだけに驚きを隠せず聞き直すと、浩明は淡々と話し出した。
「生徒会役員の魔術師としての実力は青海高校でも上から数えた方が早いでしょう。そんな集団に闇討ちしても、返り討ちの可能性は限りなく高い。より確実に成功させるにはどうすればいいか、相手が戸惑い反撃を躊躇させる事が必要です。だからこそ犯人は私に変装したんです。その理由は、役員のなかに私の姿ならば確実に動揺を与え、尚且つ反撃を躊躇する役員がいるいう事が分かっていたんですよ。だから、犯人は私に変装したんですよ」
「成程……」
「それに当てはまるのは天統家と結城家の四人、狙いやすさを考えれば男性よりも女性の方にいくでしょう。そう考えれば御当主二人は除外、残るは御令嬢二人、私と関係がより深かったのは天統家……そう行き着いたわけですよ」
「そうか……ん?」
そこで何かに気付いたように凪は怪訝な顔に変わった。
「星野、今さ、すっごくヤバい事、言わなかった?」
「はい? どこかおかしなところが有りましたか?」
凪は頭を抱えて項垂れた。
―この男は自分が何を言ったのか分かってないのか?
天統家と浩明との確執を確実に知っているのは凪本人と英二と夕、そして当事者である天統家一族の他にいるのは、彼らが浩明に対して言った席に同席した人物のみ。つまり、浩明は生徒会のメンバーを疑っているという事になる。
「星野、本当に何がヤバいか分かってて言ってんの?」
「場末の生徒会がどうなろうが知った事では有りません。せっかく私を犯人扱いしてくれたんですから、その事を地獄の苦しみの中で後悔させてやるだけですよ」
「こわっ」
意地悪い笑みを浮かべながら拳を作る浩明に凪がひいた。
どうやら、犯人は怒らせてはいけない人間を怒らせてしまったようだ。
「って、その口ぶりからすると、生徒会に犯人がいるって聞こえるんだけど」
「えぇ、確実にいるでしょうねえ。webニュースが配信されたタイミングから考えれば、生徒会役員のなかに確実にいるでしょうねえ。仮に天統家の御令嬢を襲ったのが別人だとしても、主犯は間違いなく生徒会役員の誰かですよ」
「あ……」
浩明の言葉にはっと気付く。
確かにレストランで食事をした直後に襲われたタイミングといい、辻褄が合いすぎている。
「それじゃ、星野はレストランの帰りに襲われた時から生徒会のみんなの事を疑ってたの?」
「最初は、脳内ラフレシアの四人が記事を配信させて、私の居場所を奪おうとしたのではと思いましたよ」
生徒会役員ともなれば学内での影響力は絶大だ。
それが、浩明を実の弟だと公の場で言えば、浩明本人が否定しようが、総一郎達の方を信用するだろう。
「それが、あんな事になったからおかしいって思ったわけだ」
浩昭の言わんとしてる事を凪は引き継ぐように続けた。
「さて、これからどうするべきでしょうかねえ……君の交遊関係の中に、あの生徒会役員と仲の良い友人っている?」
「いないわよ。残念だけど」
浩昭の意図を察して、口元に笑みを浮かべて凪は答えた。
「そうですか……となると、状況を静観する為に強行策に行きますか」
「何それ、意味分かんないんだけど?」
事態を静観する為に強行する。矛盾した言い渡しに凪が首を傾げた。
「まぁ、仮痴不癲という事ですよ」
腹黒い笑みでそう言ってくる浩明。
録でもない事を考えてるなと、凪はその笑みに頬を引きつらせた苦笑で返した。




