参拾弐話
四時間目の授業時間中、新聞部に来た凪は部長である里中絵里に睨まれた。単位制の青海高校では受ける授業を学生が選ぶ事が出来るので、その時間の授業を取得していない部員がいる筈、と訪れたのだが、責任者がいたのはある意味、僥倖だった。
「あなたは……」
「どうも、星野浩明の代理の灯明寺凪です。星野本人がちょっと外せない用事があって来れないので代わりに私が来ました」
浩明直筆の委任状を見せてから、凪がここに来た理由を察した里中はうんざりしたように座り込んだ。
「ちょっと勘弁してよ! 朝から苦情が殺到しててやっと落ち着いたところなのよ」
どうやら午前中の授業を全て休んで彼女一人で対応していたようだ。疲労の色が見てとれた。
「それはお疲れ様です。私は苦情を言いに来たんじゃないんで安心してください」
凪の言葉に、里中は安堵のため息を漏らすが、続けて出てきた言葉に表情が凍った。
「今回、星野が受けた精神的苦痛に対する慰謝料だけ頂ければすぐに引き上げますから」
「慰謝料? どういう事よ」
里中は冷静を装った口調で応対した。
「彼、事実無根の記事が原因で天統さん達の取り巻きに襲われかけて、更に冤罪を掛けられたんですよ。当然の請求ですよね?」
「ふざけないでよ。こんな金額払えるワケないでしょ!」
相場の慰謝料が書かれた資料を見せてから同等の金額を要求すると、里中は声を荒げて詰め寄った。
「じゃあ、学校側に請求する事になりますよ。学生の不始末は学校側が責任を負う義務がありますから。まぁ、先輩は慰謝料代りに内申点と進学を諦めるだけで済むと思い入れ」
「何ですって……」
「それも断られたらこの記事と一部始終をマスコミに話して徹底的に報道してもらうって言ってましたから、ここは示談にするべきじゃないですか?」
「待ちなさいよ」
「要求に従ったほうがいいですよ。昨日の今日で事件として動いてない理由って、天統先輩達が星野の事を犯人だと思い込んで庇ったからで、犯人が星野じゃないと分かったら被害届を出すはずですよ。それに、星野って敵相手には正真正銘の外道鬼畜ですから、何しでかすか分かりませんよ」
不敵な笑みで凪が畳み掛けた。
生意気だ、でしゃばるなと出る杭を打とうとする魔術専攻科の学生を手玉に取り、合法的に加害者に仕立てあげて正当防衛を楯に報復してくる男だ。十分すぎる脅しに里中は感情を露にして猛反発した。
「冗談じゃないわよ! 私だってこんな記事なんか書きたくなかったわよ」
「へぇ、やっぱりそうだったんだ」
「な、何よ?」
不敵だった凪の態度が弛んだ事に、里中が眉をひそめて警戒する。
「だそうよ」
入口に向かい、声を掛けるとドアが開かれた
「やはり、そう言う事でしたか」
促される形で入ってきた浩明に、里中は「え?」と呆気に取られた。
「部長さん、灯明寺の事を悪く思わないください。わざと怒らせるように言うように指示していましてねえ」
「どういう事よ?」
「記事を見れば脅されていたのは分かります。もし、口止めされてたら素直に応じてくれそうにないと思いまして」
「成程ね……、まんまとはめられたわけね」
意図を察した里中は力無く溜め息を漏らして、椅子に座り込んだ。
「ひとつ聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「どうして脅されてたって分かったのよ?」
「そう言えばなんでよ」
里中の疑問に、凪も同調して聞いてくる。
「ここ最近の新聞部の配信したニュースを一通り目を通したのですが、内容は、学校行事の写真、各部活動の取材、表彰された学生へのインタビュー、OBの活躍の切り抜きと、まぁ、学校新聞らしい記事ばかりが目に行きます」
新聞部が配信したWebニュースを次々と空間ディスプレイに表示していく。
「配信するニュースを決めているのはあなたですよね」
「えぇ」
「その中に、このような三流ゴシップ記事の配信を新聞部の人間が自ら決めたとは思えなかったものですからねえ」
「それで脅されてるって思ったわけだ」
浩明が言おうとしている事を凪がまとめた。
「私に恨みを持ち、尚且つ、天統家に喧嘩を売ろうとする事が出来る命知らずが都合よく新聞部にいた……と考えるよりも説明に合点がいきませんかねえ」
「冗談じゃないわよ。新聞部にそんな人間なんかいるわけないでしょ」
「では、詳しい事情を説明してもらえませんか。誰に脅されて書いたか、あの情報はどこから手に入れたのか、この記事に関わる全てを」
問題の記事を見せて、里中に本題を切り出した。
「そ、それは……」
しかし、里中は何故か、浩明達から目をそらして、躊躇するように歯切れの悪い口調で答えた。
「なんか問題でもありますか?」
「いや、その……」
「里中さん、脅されていた内容は話さなくていいから、情報をどこから手に入れただけ教えてくれないかな」
脅されていたなら話しても大丈夫な筈なのに何故、躊躇する必要があるのか、浩明がもう一度促すと、横から凪が口を挟んだ。
「君、何勝手に口を挟んで」
「必要なのは情報だけでしょ。彼女の弱みは関係ないわ」
「あぁ、成程。これは失礼、そこはいいですから」
凪に指摘されて、言い淀む理由を察した浩明は凪の言葉に納得した。
「それなら、話してくれるわよね?」
「それなら……」
凪の折衷案に里中は応じて話し始めた。
事の経緯は単純なものだった。
大会前の取材中、彼女の携帯端末に「お前の秘密を握っている。バラされたくなければこちらの指示に従え」という内容の電話がきたそうで、当初は「こんな不確定な記事は書けない」と拒んだものの、脅しに屈して泣く泣くその指示に従って記事を書いたのだそうだ。
「なんと言うか……、あまりにもベタな手口ね」
「こんな事になってしまってごめんなさい。全ては私の責任よ」
凪が苦笑してボヤくと、里中は浩明に頭を下げて謝った。
「最後にひとつだけ聞きたいんですが、記事の配信の決定権が君にある事を知っている人はどの位おりますか?」
「部員と友人はみんな知ってるわ。あと、顧問の橘先生かな」
「分かりました。ありがとうございます」
里中の言葉を聞き終えると浩明と凪は新聞部を出た。




