第三話
浩明が英二の提案を受け入れてから、四月までの間、目まぐるしい日々が続いた。
それまで、希望していた学校から、地元への志望校変更により、資料請求の一からやり直し、試験内容の傾向と対策、受験勉強の見直しと、運び屋の仕事、その合間を縫って新居探しの為の下見と、新生活への買い出しと、忙しなく動いていた。
そんななかで、私立青海高校への受験を決めた時には英二と夕の二人は本当に大丈夫かと聞いた程だ。
私立青海高校
元は普通科のみの高校であったが、魔術の存在が広まり始めた時(通称、魔術創世記)に、当時の理事長が、他の教育機関に先駆けて魔術師の育成を目的とした魔術専攻科を設立、先見の明も有り、以来、数多くの有名魔術師を輩出した全国屈指の名門校である。
尤も、浩明の受けた学科は魔術専攻科ではなく、普通科の受験だと聞いた時には思わず耳を疑った。
魔術師、星野浩明の実力はその年にして裏では知る人ぞ知るである。
その浩明が魔術専攻科への受験ではなく、普通科を志望したのだから当然だ。
その志望動機も家から近いからと言うのと、青海高校が単位制の授業を採用しており、仕事時間の確保に有利だからと言った時には、善くも悪くも浩明は自分と同類だと英二は苦笑した。
そして、魔術専攻科を受けない最大の理由、それは浩明が魔法について、師事を受けてた師匠から全て叩き込まれており、その魔法構築からして魔術専攻科では学ぶべき事が無いと判断したからだ。
そんな訳で普通科への受験を決めた浩明は、無事に合格をし、新生活を迎えた入学式の翌日、浩明は職員室で眉間にシワを寄せ頭を抱えた教師の前に立っていた。
「星野君だったか、もう一度聞かせてくれないか」
「はい?」
キャリアウーマンを印象付ける、スーツを着こなしている女性教師は橘と名乗った。
笑顔を向けられれば、同性でも顔を赤く染めるであろう彼女は、今はその顔を頭痛でも起こしたのか苦い顔を浩明に向けていた。
「昨日の入学式に連絡も無く休んだ理由、もう一回聞かせてくれないか?」
「ですから、東京で限定三百本の羊羮を買うために徹夜行列に並んでいました」
聞き間違いでは無かった事に頭を机に突っ伏した。しかし、すぐに頭を上げると浩明を見据え直した。
「あのな、体調を悪くしてとか、身内に不幸が有ってとか、やむを得ない事情なら分かる。だがな、そんな理由で入学式を無断欠席した新入生など初めて見たわ!」
「すいません、一生に一度、食べれるかどうかと思ったらつい並んでいました」
「高校の入学式こそ一生に一度だろうが!」
入学式二日前、飛び込みで入った仕事で東京まで行き、翌日の夜、引き渡しを終えた浩明は、偶然、見つけた行列が一度行ってみたいと思っていた和菓子屋の行列だと聞き、迷うこと無くその行列の最後尾に並んだ。
星野浩明は筋金入りの甘党だ。入学式か数量限定の羊羮、どちらを選ぶかなど言わずもがな。翌日が入学式という考えは忘却の彼方に消し去った。
形式化した挨拶を座って聞いてるだけのイベントなど時間のムダとしか見ない。浩明はそんな男である。
余談であるが浩明がその羊羮(一人限定二本)を手に入れた時には午前八時を既に経過、物理的に出席出来るような時間ではなく、秋葉原をまわって買い物を堪能し、夕方に帰ってきた時には家族二人に苦笑された。
「そもそも、入学式は出る事に意義が……」
「一生に一度と言われますが、魔術科でもない学生が、魔術専攻科主席入学の「先輩方に恥じないよう努力します」なんて画一化な意味の無い念仏を聞かされる位なら、有意義に時間を過ごせたと思いますがね」
全国でも最高峰と名高い魔術専攻科を設けている青海高校では、普通科に比べて魔術専攻科にどうして比率が傾く。普通科自体も県ではそれなりの偏差値の高さを誇るがどうしても霞んでしまっているのが現状だ。
その為、新入生の答辞や、生徒会役員など主要な役員には魔術専攻科の学生が名を連ねており、学生間でも普通科に対する差別意識が少なからず存在している。普通科の浩明が魔術専攻科の学生の挨拶を念仏と言ってのけるのはそうした意趣返しも含まれていた。
「……オリエンテーションの説明も有ったんだがね」
新入生から、学校が抱える問題の核心を躊躇なく抉られる。それも、反論し辛い事を出されて、橘が強引に話題を変えた。
実際、入学式の後、選択科目を選ぶ為に一週間の期間が設けられており、新入生は希望、若しくは興味の有る授業が受ける事が出来る。
浩明一人の為にもう一度、同じ事を説明するのは二度手間だろう。それも理由が理由なだけに橘に同情を禁じ得ない。
「提出する書類、選択する科目は一週間以内に提出だ。記入する書類は端末に送っておいたから、記入を済ませたらはやめに出すように。分かったな」
「分かりました」
近年、環境問題の点からも書類の記載はデータ化されており、提出もデータによる送信で済ませている。職員室に呼び出しての説明する必要が無かったのではと思ったが、敢えて口には出さず浩明は、「失礼します」と一礼して職員室を出た。