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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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弐拾捌話

 炎が放たれた瞬間、浩明はくるりとUターンして、後ろにいた凪を抱え、走ってきた道を全力で逆走っていた。

「え、えぇ!?」

 浩明の腕の中に収まった形、所謂、お姫様抱っこ状態の凪が素っ頓狂な声を上げているが全部無視で全力疾走だ。

 今は気にしている余裕が無い。 

 襲われたのは住宅地のど真ん中。そう簡単に隠れられそうな所はなさそうだ。

 仕方ないと一瞬の躊躇の後、電気の着いていない民家を見つけたらそこに隠れさせてもらおうと決め込んだ。

 不法侵入だが非常事態だ。もし誰かいても事情を話せば分かってくれるはずだ。

 決断してからの行動は迅速に。

 運良く明かりの灯っていない平屋建ての家が目に入った浩明は、悪いと思いつつもその家の門をくぐり、塀に隠れて様子をうかがった。

 ―うまく撒いたか

 追いかけてくる様子が無い事に、安堵して凪を抱えたまま片膝をついてしゃがみ込むと安堵の溜息を吐いた。

「ねぇ」浩明の緊張が解けたのを察してから、凪が口を開いた。

「なんで逃げたのよ?」

 凪の質問はもっともな疑問だった。

「君、どうして知ってたんですか?」

「は?」

 凪の疑問に答える前に、質問で聞き返した。

「尾行犯が私を狙った理由が「天統兄妹の元兄弟だったから」だとどうして知っていたんですか?」

「あぁ、それならコレよ」

 抱えられたままの身体を起こして、立ち上がると携帯端末を取り出し、ローカルネットワークに接続して、ある記事を見せた。

「さっき、星野が会計中に見てたら出てきたのよ」

 そこには、「噂の転校生、天統家の隠し子か!?」とゴシップ記事さながらの見出しで、実は浩明は天統家の次男で、五年前の天統家の事件の発端の張本人だという事実が詳細に書かれたwebニュースのページが開かれていた。

「これは……」

「こんなん見れば襲いかかりたくも……もしかして情報を流したのが私だと思ってんの?」

 あらぬ疑いを掛けられたと思い、浩明を睨み付ける。

 星野浩明が元天統家だと知っているのは一族を除いて数えるほどしかいない。それが周知の事実として広まっていた事は奇妙な話だ。英二と夕から話を聞いていた凪が疑われても可笑しくない。

「君、そんな事やったんですか?」

「するわけないでしょ!」

「だったら、余計な事を言うんじゃ有りません。時間の無駄です」

「なっ!?」

 否定の言葉に、にべもない一言で一蹴して、何かを思案するように、webニュースに何度も目を通し続ける。

「妙ですねえ?」

「何が?」

 浩明が見ていた所を凪も目を通した。

「このニュース、五時に配信されてますねえ」

「まぁ……見れば分かるわよ」

 それのどこがおかしいのだろうと、凪は配信時間を見ながら思案する。

「生徒会室に行ったのは四時過ぎ、鉢合わせして拷問器具が「兄弟」だって言ったのが四時半、いくらなんでもニュースとして配信されるのが早過ぎませんかねえ」

「確かにそうだけど、それがどうかしたの?」

 執筆速度が速い人なら不可能ではない筈だ。凪は聞き返した。

「こんな記事、配信したらどうなるでしょうかねえ?」

「そりゃ、彼等のファンは何をやらかすか……まぁ、さっきみたいな展開になるわよね。それで逃げたわけだ」

「まるで彼等を煽るのが目的としか思えない記事、そんなものを読めば衝突するのは明らかです。こんな露骨な情報をリークした人、そして、この記事を書いた人間は私を出汁にして何をしようとしているのか。分からない以上は引くべきだと判断しただけですよ」

「はぁ……深読みしすぎじゃないの?」

 逃げた理由に対して楽観的に返した。

「確かに、深読みし過ぎかもしれませんが、報復ならいつでも出来ます。それ以上に利用されるのは業腹ですからねえ」

「うわぁ……」

 この一言に、凪も浩明が逃げた理由に納得した。

 やろうと思えばいつでも出来る。それよりも何か意図が有るのか様子を見る方が優先。

「そうですねえ……、当分は様子見ですかねえ」

「こっちから動けばいいじゃない?」

「誰がどう動くが状況を見極めるのも大切な事ですよ」

 積極論を唱える凪を諭す。

 やり方は過激であるが、不確定要素の見極めに対しては徹底して慎重に動く。それが浩明のやり方だ。

「まぁ、今は尾行犯に気付かれないように帰宅するのが先ですよ」

「それもそうね。行きましょ」

 もっともな浩明の提案に応じた凪だったが「あぁ、そういえば」と浩明が声をあげたので足を止めた。

「ひとつだけ気になったのですが……」

「何よ?」

「先程、あの尾行犯三人で遊んでいた時なのですがね」

 何か大事な事を思い出したのかと、凪は身構える。

「私が「同性愛については、人それぞれと思っております。ですが、自分にその気は有りませんし、そのような感情を求められるのはごめん被りたいのですよ」と言った時に君は「私だって困る」と答えてましたよね」

「そ、それが何よ?」

「私が同性愛者だったら、何故、君が困るのでしょうか。そこが気になったのですがねえ」

「!?」

 ―しまった!

 凪の顔が赤く染まった。

 質の悪い浩明の遊びは思わぬ形で凪にも飛び火したようだ。

 あの時、冗談と受け取れなかった浩明との行動に、無意識に口にしていた言葉。

 あの場においては尾行犯を手玉に取る事を優先していた為に二の次にしていたようだが、浩明の好奇心には引っ掛かったままだったようだ。

「そ、それは、その……」

 どう答えていいのか分からず、凪は浩明から視線を反らした。

 理由は決まっている。しかし、面と向かって言える程、凪にそこまでの度胸も自信も無かった。

「君、何か言えない理由でも有るのですか?」

 おまけに浩明は至って真面目な顔で聞いてくるのだからキツい話だ。うっかり口を滑らせたとはいえ、凪にとっては居たたまれない展開だ。

 しかし、ここで凪に救いの手が差し伸べられた。

 ガサッと言う音に二人は身を強張らせた。

 不味い見つかった!?

 そう思った瞬間、

「あの……どちら様でしょうか?」

 二人は密談に夢中になっていて忘れていた。

 逃げ込んだのが他人の民家であることを。そして、電気が灯いていないからといって、その家に住人が居ないのは自分たちの思い込みである事を。

 その家の住人であろう老夫婦に声を掛けられた二人は、「ど、どうも……」と同時に愛想笑いで返した。

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