弐拾伍話
先に店から出て携帯端末を操作してニュースをチェックしつつ、凪は浩明の会計を済ませるのを待っていると
「ありがとうございました~」
店員の挨拶に送られて浩明は店から出てきた。
「お待たせしました」
「別に。早くいきましょ」
二人で並んで足早に店から離れた。というのも
「店員さん、笑ってたわね」
「まぁ、飲食店は接客業ですからねえ、笑顔で接客は基本では有りませんか」
「いや、そうじゃなくてさぁ……」
あの後、「おめでとうございます」と完食した事を祝福しに来た店員に対して、素直に礼を返してから、デザートの注文をしたら見事にドン引きされた。
心中察するに「え、まだ食べるの!?」という事だったのだろう。
軽いシャーベットとホットコーヒーをと頼んだのであるが、それが口直しの為だと気付くのに数十秒かかっていた。
「あの店、今頃は私達の話で持ちきりよ」
「まぁ、注目を集めていたようですからねえ」
完食した時には店中の人から拍手が起こっていた。あれだけの量を苦しい顔ひとつぜず、綺麗に食べていた事への称賛の拍手になんとも気恥ずかしく、浩明は苦笑しながら応えた。店的には、歴史的瞬間に立ち会ったと言える。話題になるには十分な話だ。
「アンタ、あんだけ食べて、よく平然としてるわね」
「今日は気の済むまで食べるつもりでしたから、まぁ一件目で済んだのは僥倖ですよ」
おまけに、本人は苦しむ素振りもなく平然としており、尚且つはしごをする予定だったのだから恐ろしい話だ。
…無謀な大食いチャレンジをしていた店に凪は心の中で感謝の言葉を述べておいた。
そんな談笑しながら歩いていると、浩明が「あぁ、そういえば」と切り出した。
「君、今、現在進行形でストーカーの被害に遭っていたりしませんかねえ?」
「はぁ?」
急な話題転換に凪は、思わず素っ頓狂に答えた。
「そんなの有るわけ無いでしょ」
「おや、そうでしたか。君は顔はいいし、スタイルも身長以外は相当なものですし、性格も素直です。好意的な異性がいると思ったのですがねえ」
「ちょっ! い、いきなり何言ってんのよ!?」
誉められて凪の頬が一気に紅くなる。
同年代平均から少し上の身長の浩明と、頭ひとつ低いながらも、凹凸のはっきりしたメリハリの有る体つき。肩まで伸びた髪を両側で纏めた姿は、確かに異性の目を引く容姿。特に年相応以上に成長している胸元は異性どころか、同年代には羨望の的だ。着替え中に隣で着替える友人から胸揉ませろ」などと迫られるのも一回や二回ではない。
しかし、凪のそんな反応を無視して浩明は続ける。
「いや、実は店を出たところから後を付けられているみたいですからねえ。それが君のストーカーで、私に逆恨みをして襲うつもりなら、君に弁護をしてもらおうと思ったものですからねえ」
「えぇ!」
紅くなっていた顔が一瞬で青く変わった。
「振り向かないでください。気付かれますよ」
反射的に振り向こうとしたのを浩明の制止によって止めた。
「しかし参りましたねぇ。君のストーカーでないとするなら狙われているのは私と言う事になりますかねえ」
「まぁ、十中八九そうなるわよね」
「確かに会長に呼ばれたその日と考えれば、変な逆恨みを買われてもおかしくありませんからねえ」
「そりゃ、魔術専攻科の学生、敵にまわしてるような男が実は天統兄妹の兄弟でしたなんて言われて納得出来る話じゃないわよ」
「いやはや、傍迷惑な話ですねえ」
眉間に皺を寄せて答える。
「で、どうするつもり?」
「そうですねえ……」
歩調を早めてはや歩きになりながら、この後の段取りを聞いた。
「とりあえず私の合図でその先の角まで全力疾走して様子を見ましょうか」
「その後は?」
「諦めれば放っておきますし、追いかけてきたら相応のお返しをしようじゃないですか」
「うわぁ~、えげつな~い」
内容を聞いて凪は苦笑する。この男の事だ。洒落にならない事をするはずだ。相手に同情してしまう。
「行くぞ」
「りょ~かい」
短く言った合図と同時に、二人は勢いよく走り出した。
「ヤバい、気付かれたぞ!」
「なんて野郎だ」
「追いかけるぞ」
困惑して慌てている様子が声で分かる。
撹乱するように何度か角を曲がり、数百メートルを全力疾走した先の角を曲がって直ぐに足を止めて壁に背中を預けて様子をうかがう。
「向こう、やる気満々みたいよ」
「弱りましたねえ……食後直ぐにハードな運動は身体に悪いんですがねえ。」
走ってきた道を見て、様子を伺いながら、茶化してくる凪に苦笑して返した。
声から察するに最低三人はいるようだ。振り向いて、凪を見た。
―巻き込むわけには……いかないな
相手の狙いが浩明にあるなら凪は無関係だ。巻き込むわけにはいかない。
「? どうしたの」
ずっと見続けていたので、気になったのか凪が聞いてきた。
「君、巻き込まれたくなかったら今すぐ逃げた方がいいですよ」
「何言ってんのよ。もう巻き込まれてんじゃん」
浩明の言葉に笑みを溢して返してきた。逃げるよう促したが余計なお世話だったようだ。
「……怪我でもされると困るのですがねえ」
「あら、心配してくれるの?」
「えぇ、君に怪我されると英二兄さん達に何を言われるか分かったものでは有りませんからねえ」
足音のする方を見ながら答えた。
「だったらしっかりと私を守る事ね」
「君、プレッシャーかけないでくれませんか」
「あら、襲われそうな女の子を毅然と守る男の子ってかっこよくない?」
「……君、少女漫画の読み過ぎですよ」
「いいじゃない。なんなら「俺の女に何をする!」って言ってもいいわよ」
「私は特撮好きなんですがねえ」
少しは緊張感をもってほしい。
自分達を追い掛けてくる不審者の様子を伺いながら、浩明は呆れの溜め息を洩らした。




