弐拾弐話
「いやはや、なんとも凄い物を見せてもらったよ」
浩明が去った後、沈黙を破ったのは明美だった。
「すいません、俺達のせいで」
「かまわんさ、しかし……、よくもまぁ、あそこまで罵れたものだな」
「明美ちゃん」
思わず感嘆する明美を慶が窘めた。
「会長、いいんです。悪いのは私達なんですから」
雅が呟くようにぽつりと言った。
「まぁ、そんなに自分を攻めるな。会長、お茶のおかわりを、四人分も追加してな」
荷物を持ったまま立ちっぱなしだった四人に座るように促して、自分も座り直した。
「星野が…その……今の家に引き取られたのが五年前だったか?」
「はい……」
「もしかして、五年前の天統家内での傷害事件の原因って……」
「はい、俺達のせいなんです」
総一郎はぽつりぽつりと語り始めた。
星野英二が浩明を引き取り出ていった直後、使用人達が浩明の帰還を求めたのだ。
一族に冷遇されていた浩明だが、それを見かねた使用人達は、浩明が怪我をすれば、見つからぬように手当てをし、家族と食事をとる事が許されなかった為に、一緒に食事をし、浩明の心の拠りどころとなった。だからこそ、当主吉秀が浩明をゴミ扱いして追い出した時には、同じ血を分けた家族ではないかと、その行いを糾弾した。
ところが、魔術至上主義の吉秀は、「天統家に生まれながら、魔法が扱えない浩明が悪い」と一蹴。
むしろ、「自分のやり方に文句があるなら出ていけ」と言って突き放した。
絶対君主であった吉秀としては、ここまで言えば、引き下がると高を括っていたのだが、使用人一堂は「分かりました」と暇乞いを申し出たのだ。
元より、目上の人間に対して自分の立場を掛けての諫言である。受け入れてくれなければ出ていく覚悟が使用人達には有った。吉秀はそれを見誤ったのだ。
まさかの展開に吉秀は、
「今までの恩を仇で返す気か!」と、激昂したが、見限った使用人達も開き直り
「主が正しくなければ、臣は国を見捨てる事が出来る。これは不忠にあらず」と、言い返した。何より「人ならともかく、鬼に仕えるなど真っ平御免だ」と、胸のすく啖呵を言ってのけた。
これが吉秀は怒りに火を付けた。怒りに狂った吉秀は、弟子と共に使用人に半死半生の暴行を加えて着の身着のままで放り出す暴挙に出たのだ。それも、裏から手をまわして揉み消しを行ったのだから恐ろしい話だ。
しかし、人の口に戸板は立てられず。隠蔽工作は、正義感の強いジャーナリストにより、明るみに出た事により、一連のやり取りが日の目に曝け出された。
当然のようにマスコミに取り上げられ、名門魔術師一族の一大スキャンダルとして世間からの非難を浴びる事となったのだ。
結果、吉秀と弟子達は実刑判決を受けて、今なお服役中、残っていた弟子もひとりふたりといなくなり天統家は孤立した。皮肉にも自分達が浩明に行っていた事がそのまま自分達に返ってくる事となったのだ。
「クラスメートからは避けられ、助けを求めたくても味方がいない。雅はずっと後悔して泣いていましたよ」
「まさに因果応報というか、情報としては知っていたが、実際に聞いてみるとリアルさが違うな」
「明美ちゃん!」
橘の言葉を慶が遮る。
「会長、いいんです。俺達も許されるなんて思ってないですから」
それまでの行いが行いだ。
いつか、浩明に再会したら謝りたい。例え許されなくても、自己満足だと罵られても謝罪をしたい。そう思っていたのだが、いざ再会したら本人からは拒否どころか、人扱いすらせず、あまつさえ拷問器具扱いだ。
なまじ、魔法が扱えない浩明に対して、暴行紛いの鍛練から始まり、虐待の限りを尽くしていたのだから否定のしようがない。
「食堂での動画を見て、もしかしてとは思っていたんですが、まさか、本当に浩明だったとは思いませんでしたよ」
こうして、直に話して漸く、星野浩明が自分達の知っている天統浩明と同一人物だと、認めざるを得ないと理解したのだ。
何よりも四人を驚かせたのが、浩明の変貌振りだ。
五年前の弱気な態度を微塵も感じさせない傲岸不遜な態度。
喧嘩を売った相手には、被害者として立ち回り、加害者に仕立て、尚且つ魔術師としての尊厳を徹底的に踏み躙り尽くし、自滅するように追い詰めたうえで、社会的に潰すように持っていく。
自分達の顔色を伺い、謝ってばかりのあの頃の姿で止まっていた彼等には想像付かないやり方だ。
最初、話を聞いても、浩明がかつての兄弟だと分からなかったのもその為だ。
こうして、直に話して漸く、星野浩明が自分達の知っている天統浩明と同一人物だと、認めざるを得ないと理解したのだ。
「しかし、まぁ、おかげであの男の性格があそこまで歪んだ理由がよく分かったよ」
「ちょっと明美ちゃん!?」
腕を組んでしみじみと漏らすと、四人の表情が動揺した。雅とこのみの瞳には涙が浮かび始めている。
感想が四人への非難にしか聞こえない。浩明の言葉が事実ならば、どう取り繕っても批判にしかならない。橘はあえて気にせず切り出した。
「これ……、不味くないか?」
「不味いって……どういう事?」
慶が聞き返すと、明美は。
「五年前、棄てられた弟が再び目の前に現れた。それも魔術師となってだ。目的は何だ?」
「まさか……復讐?」
四人は息を吞んだ。自分達の置かれている立場、このタイミングで目の前に現れたかつての弟、容易に行き着く結論だ。
何より浩明には、動機が充分過ぎる程に有る。
「それは……違うんじゃないかな?」
それに水を差したのは慶だ。
「復讐目的なら、あんなに目立つ行動を取るとは思えないんだけどな……」
「敢えて、目立つ行動を取って、天統達が動くように仕向けている可能性も有るだろ。魔術専攻科の学生全員を敵にまわしてるような男だぞ!」
「まぁ、それはそうだけど……」
明美の意見に、慶は言葉を濁してごまかした。
どうしても、復讐目的とは慶には考えられなかったからだ。
本当に復讐したいなら、その対象である総一郎達の顔を忘れてなどいないだろう。
言われて始めて気付くのは可笑しいと思うし、魔術専攻科とのトラブルだってそうだ。
目立ってはいるが、先に問題を起こしているのは魔術専攻科の学生の方で、星野浩明の方から手を出したという話は一度も聞いた事が無い。
やられたから応戦した正当防衛だ。
ただ、やり返すその行為が過激過ぎる為に目立ってしまっているだけだ。
本当に嫌っているならば、自分のお願いに素直に応じるだろうか?
それも、自分の送ったメールの確認を怠った事を、謝ったうえでだ。魔術専攻科全員を敵にまわしてるつもりならば、きっぱりと断る筈だ。
何か可笑しい。
自分は、否、自分達は、根本的な勘違いをしているのではないか。
お互い結論の出ない堂々巡りは、副会長、小早川が業務開始を告げるまで続いた。




