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第拾漆話

 青海高校の生徒会室では生徒会長の大谷慶が、悪態をついている橘明美を宥めていた。

「全く……」

「まぁまぁ、明美ちゃん、落ち着いて」

 生徒会長と風紀委員長、お互いに生徒会役員であり、会議では顔を合わせる機会が多い二人は、生徒会室で食事を摂る事が多く、一緒に食事を摂る位には良好な関係だ。

 しかし、それなりの礼節は弁えている彼女がここまで不快感を露にして悪態をついているのは慶が知っている範囲だけでも初めてだ。

「全くあの男は……」

「珍しいわね。明美ちゃんがそこまで荒れるなんて」

 椅子に座って足を組み、背もたれに身体を預けて腕を組み、足で床をコツコツと叩き続け、不快感を隠すことなく振る舞っている明美に、気分を落ち着かせる意味も兼ねて紅茶を出すと聞き手として向かいの席に座った。

「あ、あぁすまない。迷惑だったかな」

 慶に指摘されて、我に返ると慌てて姿勢を正した。余り人に見せるべきでない姿だという自覚はあったようだ。

「別に、そんなつもりで言ったわけじゃないから」

 その慌てた姿に苦笑を洩らしながら返すと、明美はばつが悪そうに視線を反らした。

「まぁ、話は聞いたけど、明美ちゃんがそこまで追い詰められるなんて珍しいわね」

「全く、あの男は……」

 彼女が荒れる原因は容易に想像できる。

 それは部活動勧誘の件だ。

 事の次第を聞けば「自業自得」の一言に尽きる。

 京極紫桜に対して行き過ぎた勧誘行為を行った学生に対して、常識知らずを咎めたうえ、理不尽な要求をした学生を罵り倒して逆上させ、手を出させたうえで返り討ち。そして、堂々と社会的制裁を下そうとし、穏便に済ませようと仲裁に入った明美に対しても、対応が自分に不平等とみると、共犯者扱いで糾弾されるという、結果的には最低極まりない対応としか言い様がない。

 紫桜が頭を下げた事で、漸く怒りの矛を納めたものの、本来ならば、頭を下げる必要の無い人間にそうさせた事もまた問題であった。それも下げさせた相手は理事長の親戚、第三者が聞けば、遠回しに学校側が非を認めたとも取られかねない事態だ。

 当然、理事長も相当に立腹したようで、事態収集の為に部活動の勧誘期間の打ち切りと同時に、部員勧誘の禁止が鶴の一声で決められた。それと教師には後日、指導も兼ねて全員参加の臨時会議が行われるそうだ。正しく踏んだり蹴ったりだろつ。

 結果、各クラブの部室では顧問による厳しい説教が行われたのは言うまでもなく、正しく自業自得と言われても否定の出来ない話だ。

 因みに、明美自身も騒動を見ていて止めなかった事を厳しく指導された一人であり、頭では分かっているものの、共犯者扱いされた事には納得いかず、感情では納得いかないと荒れていたのだ。

 それが分かっているからこそ、慶はやんわりとした口調で切り出した。

「それで、明美ちゃんはどうするつもりなの?」

「どうするって……?」

 不機嫌な口調を隠す事なく聞き返した。

 今一番、触れられたくない話題に躊躇なく踏み込んでこられたのだから仕方ないだろう。

「その星野君の事、このまま放っておくわけにはいかないんじゃないかな?」

「そ、それは……」

 直球で問題を言ってこられては、返す言葉もない。

 魔術師でありながら普通科に在籍、その理由が魔術専攻科に入る理由が無いと、突き放した物言い。

 食堂、及び部員勧誘での道徳の無さを咎め、返り討ちまで行った振舞いは、間違いなく魔術専攻科の学生を敵にまわしたと言っても過言ではない。

 問題が起こる前に何らかの措置を取らないと、今回以上の騒動が起こるのは必至だ。

 実際、食堂の一件に対する魔術専攻科の学生による星野浩明への細々とした報復が行われかけており、その度に浩明に返り討ちされている。

 曰く、生意気だと複数で喧嘩を吹っ掛けるのであるが、その度に返り討ちにされ、保健室送りにされている。その報復を咎めようとすると、「複数で襲われたので無我夢中で応戦しただけです」としれっと答えた挙げ句、集団暴行犯を庇うのかと返されれば、返す言葉が有るわけがなく、結果的に浩明には軽い注意、魔術専攻科側の学生には厳罰処分という怪我までしたうえに、処分を受けるという感情論では納得いかない処遇を受けている。

 今回の部員勧誘の件はその積もり積もった不満の爆発と言っても過言ではない。

 最も、それも浩明に手玉に取られた結果になったが、今後も、何か問題が起こり(起こし)でもすれば風紀委員会の責任も問われる。彼女には責任重大の案件だ。収集が付けられなければ今度は説教どころの騒ぎではない。信用が地に墜ちる。

「ねえ、一度、ちゃんと話をしてみたら?」

 重苦しい様子に見るに見かねた慶の提案に、明美は頭を上げた。

「話って、今更うまくいくわけないだろ」

 散々、糾弾され、謝罪の言葉も拒否し、今後、一切関わるなと言った人間だ、明美がそう返すのも無理はない。

「そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ」

 しかし、慶は力強く力説する。

「星野君だって同じ学校の仲間なんだから話して人となりが分かれば、分かりあえるよ。勿論、私も間に入って上手くいくよう取り計らうから」

 生徒会長、大谷慶、押しが強くお節介なのが彼女の長所であり、時に周りを巻き込む短所である。

 明美が、「ちょっと待て」と言う前に、慶は携帯端末を取り出し、操作を始める。勿論、浩明に連絡を取る為だ。

 青海高校には学内ローカルネットワークが存在しており、それを介して、学生同士の連絡のやり取りが可能だ。部活の連絡や、生徒会の連絡にも使われ、重宝されている。つまり、連絡先の知らない浩明に、メールを送る事も可能なわけだ。

「おい待て!」

 騒動を起こしたその日に、和解の段取りをされては、心の準備がままならない。慌てて、慶の手から携帯端末を奪おうとするが、そこは慶が一歩うえ、その手を交わしながら浩明へのメールを打ち込み、送信してしまったのだ。

「送信完了。これで、逃げられないわよ」

 送った事でもう後には引けない。

 高をくくれと、慶は覚悟を決めさせるように言ったのだった。

 しかし、慶の提案にはひとつ誤算が有った。

 相手が彼女の手に負えるような学生ではなく、自他共に認めるへそ曲がりの性格破綻者だった事だ。

 そして、この提案が、彼女をも巻き込む大騒動に発展する事を、この時の慶は、まだ知る由も無かった。




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