拾肆話
「参りましたねえ、これでも手加減をしたつもりでしたが、まさか、意識を失うとは、もう少し鍛え直した方が良くありませんか?」
全身、火炙りにしといてどの口が言うか、言われておかしくない事を言いながら、浩明は正拳突きをした感覚を払うように左手をひらひら振りながら、崩れ落ちた柔道部員を見て言った。
浩明が使った魔法は、術式変換したプラズマエネルギーを拳に溜め、正拳突きの要領で打ち込むと同時に解放させ、二重の攻撃を与える「零距離カウンター」。頭よりも身体で覚えろと師匠から師事を受け、三回見せて貰った後は、すぐに師匠との模擬戦で使えという三遍稽古を行い、それこそ実戦で十全に扱えるまでと、行った師匠との模擬戦において、血反吐を吐き、地に身体を何度も打ちつけ、文字通り身体で教わり極めた魔法だ。
だからこそ、加減の仕方も心得ており、プラズマエネルギーが覆った見た目の衝撃よりも威力は大分落として、柔道着が軽く焦げる程度で済んでいる。まぁ、打撃によるダメージは相当なものであるが、「手加減した」と言った浩明の主張も満更、嘘ではない。
「さてと……」
二人が動きを起き上がる事が出来ないのを確認すると、胸の前で腕を交差させて魔力粒子を集める。
逃げないとは思うが(相手はどう見ても逃げれるような状態ではないなのだが)一応の処置として、集めた魔力粒子を鎖状に形成し、二人を拘束した。
ただ、切り裂かれたブレザーへの意趣返しを込めて、鎖は首から下を足まで隙間なく縛り付けておいた。もちろん見せしめも込みだ。人のモノに手を出せばこうなるぞ。十分過ぎる脅しだ。
「お、おい、そんな事したらお前だってどうなるか分かってんのか!?」
「もとより覚悟のうえです。別に言ってもらっても構いませんよ。他人の術式を脅して奪おうと暴行に及んだら、返り討ちにされたと言って、同情してくれる方がいればの話ですがねえ」
全身の痛みに身体を動かせない剣道部員が、浩明の行いを逆手に取って迫るも、浩明に先にやったのはそちら、此方は正当防衛だと返されて言葉を失う。それが間違っていないだけに、喚けば喚くほど恥の上塗りをさせていく。
「まぁ、私は、この動画を見せてから、殺人未遂に対する正当防衛を主張しますよ」
しかも、保存済みの携帯端末を見せつけ、逃げ道を塞ぎ、追い詰めてゆくのだから、質が悪い。
「お、おい、まさか本気でやる気じゃ無いだろうな!?」
「黙っててくれませんか。電話の向こうの相手に迷惑ですよ」
「おい、やめろって言ってんだろうが!」
携帯端末を操作している横で喚き声が聞こえるが無視だ。
同情の余地はない。自業自得だ。
そう結論付けて携帯端末の通話モードにして電話番号を打ち込む。
「その位にしてくれないかな?」
「はい?」
通話ボタンを押す直前、呼び止められた声に操作を中断し、携帯端末をポケットにしまって答えた。
呼びかけた声の主は風紀委員長の橘明美だった。
「風紀委員の橘だが、これはどういう状況だ? 入ってきていた話と全然違うんだが、一体どうなってるんだ?」
左腕に付けた腕章を見せ、全体に向けて声をかける。
―今頃の御到着ですか
遅い登場に呆れて思わず溜め息がこぼれた。
「ふ、風紀委員長……、た、助けてくれ、あいつだ、あいつが先に手を出してきたんだ!」
明美の登場に渡りに船と、ここぞとばかりに剣道部員が明美に助けを求めだした。「自分達は悪くない」と被害者を装った身勝手極まりない主張を喚いている。ここまでくると哀れを通り越して同情すら覚えてくる。
「そこの君、悪いがちょっと黙っててくれないかな?」
橘が睨み付けると、喚いていた剣道部員は顔を恐怖にひきつらせて黙り込んだ。
「星野、彼はこう言っているが間違いないか?」
「その質問、答える必要が有るのでしょうかねえ」
浩明の投げやりな回答に橘は目を引くつかせた。野次馬達は剣呑な二人の雰囲気に当てられ、お互いの顔色を伺っている。
「どういう意味か説明してもらおうかな?」
「説明しろと言われましても、一部始終を見ていた方に説明は不要かと思うのですが?」
「何?」
思わぬ返しに、虚を突かれたと同時に、明美は警戒を解いた。
「なんだ、バレていたのか」
「あの、なんで見ていたって分かるんですか?」
浩明の後ろに隠れていた女子生徒の問いに、浩明は答えた。
「首から下を隙間なく縛られ拘束されて許しを請う二人の側で電話をかける途中の私に、風紀委員長は『その位にしてくれないか?』って声をかけてきましたよね?」
「はい」
「明らかに異常な光景、そんな異常な光景を見れば、普通なら『何をやっている』と声をかけ、仲裁に入り事情を聞く筈です。ところが、ところが、彼女から出たのは『その位にしてくれないか』と止めに入ってきただけに留めた。それが、一部始終を見ていたかのような対応に思えたんですよ」
「成程……、君は性格以上に、頭もキレるようだな」
「ただの推理小説マニアなだけですよ」
賞賛に、浩明はおどけて返した。
「つまり、風紀委員長は、君が輪姦されかけてたところから、私がこの二人を締め上げるまでの一部始終を見ていたんですよ。だからこそ、彼女の質問に意味が有るのかと聞いたんですよ」
「えぇっ、そうだったんですか」
浩明の説明に納得がいった女子生徒は声を挙げて納得した。。
一方、最後の望みが絶たれ、完全に追い詰められた剣道部員は顔を真っ青にしている。哀れな事だ。
「おいおい、誤解してもらっては困るな。私が見てたのは、君がそこにいる京極紫桜を助け出したところからだよ」
「それはまた、私がそこの殺人未遂犯に殺されかけていたのに助ける気は無かった。つまり、天下の青海高校の風紀委員会は殺人を黙認して隠蔽を計る予定だったと言う事ですか?」
「そ、それに関してはその……。どう応対するのか見ていたかったんだけど、まさかあんな行為に及ぶとは思わなかったんだ」
「あぁ、想定外の事態という訳ですか」
露骨な責任者の逃げ口上への揶揄に気付いたようで、明美はばつが悪そうに視線をそらした。
「で、その風紀委員長が、何の用でしょう?
私は今からこの殺人未遂犯を警察に通報するところなんですけど」
茶化し終えたところで用件を切り出した。と言っても大体は予想がつく。形式儀礼のようなものだ。
「それだ、今回の一件、この場で納めてくれないかな?」
「それはまた……、虫の良い要求ですねえ」
予想していた通りの要求に呆れと苦笑を洩らした。
「虫がいいのは分かっている。彼らには風紀委員会から厳罰な処分を下すから、事件沙汰にするのだけはやめてくれないか?」
「人の魔法術式を教えろと脅され、断れば殺されかけ、謝るからそれで納得しろと? 私はそんな聖人君子では有りませんよ」
大きく切り裂かれた制服を見せる。ネクタイ、シャツなど、上半身に着ていたものは全てに被害が行き渡って素肌が晒され、風通しが良くなり過ぎて肌寒いくらいだ。
「確かに彼等がやった事は許される事ではない。だが事件沙汰になると他の部員、いや、みんなに迷惑がかかるんだ。頼む、この通りだ」
取りつく島もない浩明の答えに、明美は頭を下げると、人だかりからざわめきが起こった。下級生相手に頭をさげたのが衝撃的だったようだ。
「風紀委員長、学生達の将来を思う気持ちは痛いほど良く分かりました。ですが、その対応は私以外の聖人君子を相手にやってください」
明確な拒否の言葉を述べると携帯端末を出して、再度、操作を再開した。
「待ってくれ! この流れでその行動は無いだろ。頼む、巻き込まれたみんなの為にも、この場で納めてくれ」
「生憎、私は犯罪者は地獄に落ちてもらいたいもなんだけどのですからねえ。それに、術式欲しさに、そこの二人を止めるどころか煽った方々です。自分達は関係無いとでも言って逃げるような人でなしはいないでしょう」
将来がどうなろうが知った事かと、切り捨てられて言葉を失う。止めようともしなかったのだから同罪だ。暴論では有るが、ある意味正論だ。
「頼む、このとおりだ」
「それは断るといいましたが」
再度、頭を下げるも、取りつく島もない物言いに明美は執拗に喰い下がる。それを止めたのは、「あの……」と、浩明に恐る恐る声を掛ける京極紫桜の言葉だった。
「通報の最中です。後に……」
「ごめんなさい!」
謝罪の言葉は遮りを止めようとした浩明を止めるのに十分だった。それも上半身を九十度近くまで倒しての行為だったのだから効果は絶大、さしもの星野浩明も思わず言葉を詰まらせてしまった。
「わ、私が悪いんです。ちゃんと自分の意見を言っていればこんな事にはならなかったんです。ですから、悪いのは私です。だから、だから、みんなを許してあげてください」
浩明への恐怖か、感情の高まりなのか、健気に身体を震わせ、もう一度頭を下げて、懸命に許しを乞う姿に、浩明はいたたまれない感情を抱いた。確かに彼女が明確な意思を示して応じていればこのような事態に発展する事は無かっただろう。しかし、多勢に無勢の状況だったのを考えみれば、彼女は被害者だと位置付けていた。
その彼女が、全ての責任は自分に有るからと頭を下げて、明美達を庇われてこられては、浩明に反論の言葉が出るわけがない。
「分かりました。君の意を汲んで、この場はここで収めましょう」
「ほ、本当ですか?」
「まぁ、これ以上ない謝罪の言葉は頂きましたので」
恐る恐る聞いてくる紫桜を安心させるように答えてから、「ただし」と、明美達に向き直り続けた。
「今後、このような事が無いように毅然とした対応の約束と、そこの殺人未遂犯が斬ってくれた制服、弁償していただければの話ですがね」
浩明の提案に、明美は目を白黒させる。一種の賠償金請求だ。「そ、それもそうだな。わ、分かった。制服に関しては彼等の部活の部費から折半で出すようにする。それでいいな」
二人の部の部長と思わしき部員に提案すると、部長とおぼしき二人が無言で頷いた。一種のペナルティである。豆柄で豆を煮る対応だが、二人を止めなかった事を考えれば妥当といえば妥当と言える。
「では。この件はこれで終わりだ。誰か担架を持ってきてくれないか」
明美の言葉に何人かがその場から抜けていった。一人は意識を失っており、もう一人は意識は有るものの上半身を火傷しておりまともに動けないのが一目瞭然の状態だ。
用意された担架に担がれて二人は保健室へと搬送されていった。




