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イレギュラーな魔術師  作者: 常高院於初


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拾参話

 ―あの馬鹿、言い過ぎよ

 凪は自分の笑み引き攣っているのを自覚した。

 犯罪者扱いのうえ、交際中の彼女まで罵倒すれば激昂して当然だ。暴力行為に発展してもおかしくない。

 剣道部員が振り下ろした竹刀は、浩明の制服を切り裂いていた。

 その竹刀には光によって形成された刃、魔法によって作られた真剣。威力によっては人体など軽く斬られてしまうものだが、今回は服だけで済んだようで、出血をしている様子はないみたいだ。

 怒りに感情を任せていたとはいえ、流石に、そこまで理性は捨てていなかったようで安堵のため息をもらした。

 -とは言え、状況は変わってないか

 当の本人は無表情で上段からの一閃により左胸から右脇腹を斜めに切り裂かれたブレザーを見ている。

 切られた端を掴んでみたかと思えば、裏を確認しようと、服をめくって切り口を確認しているが、その際に、浩明の上半身が軽く露になって、つい視線を反らしてしまったのはご愛敬だ。

 意図の読めない浩明の行動に全員の視線が注がれる。

 そのなかで凪だけは、彼が何をするつもりなのかは大体、察しがつく。

 星野浩明との付き合いはまだ短く分からない事だらけだが、確実に分かった事がある。

 星野浩明という男は、紫の着物を着た咄家並みの腹黒だという事だ。

 相手を敵と認識したら、どんな状況でも自分の立場を優位に持っていったうえで相手が手を出してくるように持っていかせ、自らが先に手を出す事がない。現に食堂の一件でも、相手が攻撃の意志表示をしてから反撃をして正当防衛を主張していたのがそれを証明している。

 絶対に敵にまわしたくない男、凪は浩明をそう見ている。

 主に剣道部員がどう対応するか、様子を見守る事を続けた。

 固唾を呑んで見守るなか、剣道部員は口を開いた。

「おい落ちこぼれ、最後のチャンスをくれてやる。大人しく教えろ」

 -あ、終わった

 目を血走らせながら浩明を脅す姿に、凪は悟った。

 人間というのは、時に感情に任せて行動を取る厄介な生き物と言うが、正しくその通りだ。剣道部員は激情に任せて、視野を狭め、自ら地獄に落ちようとしているようだ。 

 暴力行為にまで発展すれば、いくらなんでもやり過ぎたと気付き、謝罪の言葉と共に頭を下げるだろう。一旦、冷静になれば簡単な理屈だ。しかし、糾弾した相手が下級生となれば、上級生としての矜持が引っ掛かり、引くに引けない。むしろ、押しきって自分の正当性を認めさせる魂胆のようだ。

 そして、それこそが浩明の狙いだと、凪は見ている。

 相手の不義を指摘し、糾弾して思い通りに転がす。

 星野浩明の本領発揮である。


 

 剣道部員に切りつけられ尚も脅され続けている浩明だが、同情の視線は全体の半分程だった。

 大型新人の取り合いに参加した学生達を犯罪者扱い、自分達が分からない魔法術式を教えろと言えば、「そんな事も分からないの?」と見下されるように言われれば鬱憤が溜まっていて当然だ。

「おい、何黙ってるんだよ?」

「あれ、もしかして今更、怖くなって声も出ませんってか?」

 剣道部員の言葉に、拘束魔法を使った柔道部員が便乗して下品な笑顔で被せてくる。

 当の浩明は、その声が聞こえていないのか、斬られた服場所を軽く叩いて怪我がないかを確認したり、切り口を見たりを繰り返している。意図の読めない浩明の行動に全員の視線が注がる。

 そのなかには見えないように拳を握って小さくガッツポーズをしている人がちらほらと見える。

 ―あいつ、ここにいるみんなに何言ったのよ?

 野次馬に途中参加の凪は、浩明がここにいる人達を犯罪者呼ばわりした事を知らないので想像するしか出来ない。しかし、辛辣な言葉を浴びせたという事だけは分かる。明らかに被害者の浩明を見て溜飲をさげた顔をしているのだ。

 ―少しは隠しなさいよ

 心の中で苦笑する。

 その間に、斬られた場所を確認し終えた浩明は、ブレザーのポケットから携帯端末を取り出して操作を始めだした。

 何をするのかと、無言で見守っていると携帯端末を片手に構えて剣道部員と柔道部員に二、三度向けてから、全体を見まわすようにゆっくり一周、二周と携帯端末を向けている。

 その最中に、私にも気付いたようで携帯端末から視線を外して直に私の方を目視で確認してきた。

 ―ずっと見てたのがバレたかしら?

 瞬間、身を強ばらせるが浩明は気にする事なく携帯端末に視線を戻して、再び人だかりに向けて直してから満足したようでのか、別の操作を始めだした。

 なんだろうスッゴく嫌な予感がする。運の悪い事にこの手の嫌な予感は外れた事がない。

「ちょっと君、ひとつよろしいでしょうか」

 それまでずっと無言で奇妙な行動を取っていた浩明がようやく口を開いて、京極さんを見た。

「は、はい!」

 声をかけられた京極さんも驚いたようで素っ頓狂な返事を返した。

「パトカーを呼ぶ時は何番でしたかねえ」

 瞬間、空気が凍り付いた。

 このバカ、厄介事に巻き込んでくれたわね。とんでもない事を口にしちゃったよ。まぁ、大体察しは付いてたが。

「待て! テメェなんのつもりだ!」

 頭を抱え込んでいる凪とは対照的に、浩明の一言に過敏に反応したのは剣道部員の方だ。

「何するつもりって……殺人未遂の現行犯を逮捕してもらおうと思いまして」

 何を聞いてんだとばかりに答えている。完全に煽りの姿勢を取っている。

 ―この二人を徹底的に潰す気だ

 浩明に斬りかかった後の行動を誤ったと、凪は思う。

 彼女を罵倒され、怒りに感情を任せたとはいえ、今回の件はお互いやり過ぎた。素直に謝罪をすれば、浩明も言い過ぎを認め謝罪を返しただろう。第三者の凪の目から見ても、浩明の糾弾は過激だった。そこが、今回の落としどころだった筈だ。

 ところが、非を認めるどころか、最終警告と言って脅しに掛かる。それが何を意味するのか。彼等はまわしてはいけない人間を完全に敵にまわしたという事だ。

「おいそんな事したらどうなるか分かってんだろうな?」

 脅しが効いていない事に驚いた剣道部員が、今度は口と勢いで脅しにかかっている。

「どうなるか……そうですねぇ」

 飄々とした口調で浩明が続けた。

「まずは現行犯逮捕。証拠はこのなかに納めましたから、言い逃れは出来ませんよ」

 携帯端末を見せるように掲げて逃げ道ふさぎにかかった。えげつないわね。

「それに証人としてここにいる皆さんの動画も納めてありますので、目撃証言も充分取れるでしょうねえ

 トドメ刺したついでに私達に「嘘つくな」って釘さしてきた。

「誰がそんな事言えって言った!?」

「ご心配なく。前科持ちになるだけですから。

最も、少年犯罪とはいえ、十六歳ともなれば裁判所の判断で大人と同様に扱われる可能性もありますが、まぁ、数年後には少年鑑別所から出れるんじゃないでしょうか?」

 二人の顔がみるみるうちに赤くなっていっている。

「お前がどうなるかって聞いてんだよ!?」

 なおも続けた浩明の言葉を切り捨てて、虚勢を張ってなじるように言っている。

「私? 私がどうなるかって……」

 こめかみに右手の中指を当てながら思案している。

「哀れな被害者になりますかねぇ……。

あ、勿論、マスコミには真実を余すことなく説明しますのでご安心を。『強引な部員勧誘にかこつけて集団輪姦を止めようと注意したら、逆上した部員達に殺されかけた』ってね」

 切りかかった剣道部員の竹刀を握っている手が怒りを抑えるように震えている。柔道部員も同様に全身で襲いかかろうとしている衝動を抑えているようだ。

 ―これ以上煽るような事言わないでよ。

 凪の願いもむなしく、浩明は続ける。

「それに部活動も活動中止……最悪の場合、廃部でしょうねえ」

 古今東西、問題を起こした学校は大会への出場は余程の事がない限り自粛される事になるだろう。

「というわけだ。柔道部と剣道部の諸君、君達の汗と涙の青春はここにいる二人のおかげで全くの無駄になったわけだ。まぁ、術式欲しさに止めなかったのですから自業自得、同情するつもりは有りません。恨むなら彼等を恨んでください」

「こんの馬鹿野郎!」

「ぶっ殺す!!」

 最後の一言が口火となり二人が襲いかかってきた。

 悪いのはお前達二人だ、全ての責任を負わされた事が止めとなった。

「おや、殺人未遂に格上げですか。これ以上、罪を重ねるのはおすすめしませんよ」

 会話は録音してるぞ、携帯端末を見せながら、二人の攻撃を後ろにかわしながらも煽り続けている。どんだけ煽るつもりよ?

「この野郎! ちょろちょろと避けてんじゃねぇよ!!」

「おや、避けさせてくれてたのではなかったのですか? あまりに遅いから動かないと失礼かと思ったのですがねえ」

 掴みかかってくる柔道部員を右へ左へとかわしてから足をかけて転倒させてから言った。

 既に彼等のプライドはズタズタになっているのに更に傷付けいっている。何が目的なのか凪達は固唾をのんで見守るしかない。

「そうか、それでさっきは私の両手両足を拘束したわけですか。流石はエリート魔術師。弱い人間へ痛ぶり方をよく心得ておられる。あぁ、よもやと思いますが、エリート魔術師二人がかりじゃないと落ちこぼれの私に勝てないと言う事でしょうかねえ」

「き、貴様あああぁぁぁ!」

 剣道部員がコンバーターに腕を添えた。魔力粒子の変換プロセス。さっきの脅しとは違い、本気で潰しにかかっている。

 瞬間、浩明は腕を胸元で交差させてから、剣道部員に向かっていった。

 食堂のそれと同じ動き。浩明が飛び蹴りを放った時と同じと、剣道部員が気付いた時にはもう手遅れだった。

 その動きに意識を向けた刹那、浩明は足に炎を纏わせ跳躍、咄嗟に起動構築を中断し、竹刀から手を離して腕で自分を防御しようしたものの、時、既に遅く、炎を纏わせた飛び蹴りが剣道部員の胸元に勢い良くめり込んでいた。剣道部員はそのまま、地面に叩きつけられ、胸元に出来た靴底型の火傷を押さえて呻き声をあげて転げ回っている。

「恨まないで下さいね、先に手を出したのは他でもない先輩の方ですから」

 足に残った炎の残滓を払いながらの浩明の忠告に、全員言葉を失った。明らかな過剰防衛をしておいたうえで、先にやったのはそちらだと正当防衛を言ってのけたのだから、凄まじい話だ。

「ふざけるな! お前、なんて事を……」

「目の前で危害を加えようとしている相手を、そのままにしとくと思いますか?」

 納得がいかない柔道部員が咎めようするが、逆に浩明が聞き返した。

 やられる前にやり返す。単純明快な返しに柔道部員は言葉を失う。

「さて、次は先輩の番ですよ」

「な、何?」

 炎を払い終えた浩明は、柔道部員に対して向き直った。

「よもやと思いますが、殺人幇助をやっておいて許されると思いますか?」

「さ、殺人幇助って……」

「私の身動きを封じて拘束し、彼に手を下すようにした。立派な殺人幇助ではないのですか?」

「違う、お、俺は…」

 淡々と、問い詰められる言葉に柔道部員はたじろぎ、言い訳の言葉を述べようとする。

「ここまで言われて出るのが謝罪の言葉ではなく、言い訳ですか。成程……」

 それを浩明は、呆れの言葉と共にこれ以上、話をする価値の無い人間だと見限ると、左腕を引いて構えた。

 「お、おい何を」

 何をするつもりか、柔道部員が聞こうとする前で、浩明は引いた左腕の前に右手をかざして駆け出した。

 右手の後ろ、大気中に飛散した魔力粒子を集め、起動構築させながら距離を詰める。左腕の拳に術式変換させたプラズマエネルギーを纏わせた高エネルギー体。

 距離を詰められた柔道部員が浩明を掴もうと、手を伸ばすが、それを直前で膝をついてしゃがむ事でかわし、左腕の拳を正拳突きの要領で彼の腹に撃ち込んだ。

 打ち込まれた拳の痛みと共に柔道部員が見たのは浩明の左手に纏った塊が解放した瞬間だった。圧縮され行き場を塞がれていたされたプラズマエネルギーが、炎となり自分を覆い焼き尽くしていた。その衝撃で彼は意識を途切れされた。



 

 


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