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第拾弐話

「何よこれ?」

 凪は思わず言葉を洩らした。校舎から出てくると、部員勧誘している所で出来ていた人だかり。遠目から様子を伺うと、当然のように星野浩明の姿が有った。そこは、想像が付いたが、それよりも凪が驚いたのは、浩明の後ろに寄り添うようにいる女子生徒の存在だ。

「なんで京極さんが一緒にいるのよ」

 京極さんこと京極紫桜きょうごくしおうは、理事長のはとこで魔術専攻科では知る人ぞ知る有名人だ。性格は控えめで真面目を絵に描いたような少女である。

 けれど、なぜ彼女があんな所にいて、星野浩明と一緒にいるのだろう?

「入りたいクラブは決めている」と喋っていたのを遠巻きに聞いた事がある。

 -あいつ、一体なにやってんのよ

 凪は心の中でぼやいた。

 最近の青海高校での騒動の中心は星野浩明にあると言っても過言ではない。

 状況から察するに、「強引な勧誘に辟易している」とぼやいていた浩明が、たまたま同じ境遇で困っていた彼女を助けるつもりで首を突っ込んだら、いつの間にか……という所だろう。まぁ、「それでは失礼します」の所からしか見ていなかった凪だが、周りの人だかりから浩明に注ぐ視線に憤怒の眼差しを向け、殺気立っているのがそう納得させるに充分だった。

 -また、食堂の時みたいにやったわね

 相変わらずの腹黒ぶりに凪は、相手の上級生達に腹のなかで「御愁傷様」と合掌をする。

 理不尽な振るまいを詰問し、正論とともに罵詈雑言を浴びせる。

 なまじ的を得ているので、反論させずに逆上させ、感情に任せて手を出させるよう動かし手玉に取る。

 敵にまわせばこれ程、厄介な男は存在しないだろう。最もまわす気もないし、まわるつもりも凪には無いのであるが。

 -何か有ったら止めに入れば十分でしょ

 まぁ、浩明に限って、それは無いだろうと思いつつ彼女は戦況を見守る事にした。



 諫言と良薬は苦いもの。

 間違いを咎められれば、誰しもが苦い思いをするものだ。

 最も諌めるのが年長者ならば、咎められた方も素直に頭を下げて詫びれたものの、年下から咎められれば、年長者は尊厳を損ない、憤慨するのが常である。そこで冷静に非を認め、怒りの矛を納める胆力が有れば大物であるが、世の中そのような人物は往々にして数える程しかいない。

 今回、浩明の咎め立てに笑って許せる程の度量を持ち合わせられる大物は、その場にいなかったようだ。

 一触即発の空気のなか、浩明が呼び止められた相手に返した一言は、「まだ何か用がお有りでしょうか」と尋ねた。

「星野、さんざん好き勝手言って、はいさようならは虫が好すぎだろ」

 自分達の行いを輪姦と言い、広告塔目当てと揶揄され、後はさよならでは怒りの溜飲が収まらない。

 犯罪者扱いに近かった浩明の糾弾は、そこにいた当事者の怒りを買うには十二分、おまけに、熱心に勧誘していた複数指名の大型新人から逆指名の入部拒否をされた事が彼らの怒りの火に油を注いだ。

「まぁ、確かに行き過ぎていたのは認めてやる。だが、あそこまで言われる筋合いは無いよなぁ?」

「確かに、名誉毀損だねえ」

 奪い合いに参加していた学生達も、そうだと言わんばかりの視線を浩明にむけてくる。

「先輩方は何が言いたいのでしょうか?」

 二人のやり取りに、意図が分からず浩明は怪訝に眉を顰めた。

「このまま訴えてもいいんだが、それじゃお前も困るだろ。そこでだ」

 思案に暮れる振りなのか、剣道部員はニヤニヤと下品な笑みを浩明に向けてきた。

「お前が食堂で見せた魔法、あれを教えろ。それでチャラにしてやる」

「あぁ、それは名案だ」

 その場に居合わせた魔術関係のクラブの関係者から賛成の声があがった。

 大型新人を獲得出来ないなら、それに替わる対価を。魔法術式を解除させた浩明の魔法は、まさしくそれであった。浩明を勧誘する部員達の目的はまさにそれ。なまじ、問題を起こしかねない浩明からそれを得られるならまさしく願ったりだ。

「ちょうど、俺の彼女が、魔法科学部にいるんだが、お前の魔法術式を再現しようとしても分からず、その術式が知りたいと言っててな。どうだ悪い話じゃ……」

「お断りします」

「あ?」

 言い終える前に返された返事に、剣道部員の表情が変わる。

「おい、今なんて言った?」

「お断りしますと言いましたが」

 再度の問いに浩明は、毅然と言い返して続けた。

「そもそも、自分で輪姦紛いの行為をして、断られた事を棚に上げておいて、それを咎められれば名誉毀損、手打ちにしてやる代わりに、私の使う魔法を教えろ。師匠から、血反吐を吐く想いで学んだ魔法を、彼女が知りたいから教えろ。そんな要求、聞けると思いますか」

 容赦なく切り捨てて、その場を去ろうとした浩明だったが、四肢に違和感を覚えた。

 手足が動かない。とっさに足元を見ると自身の両足を絡みつくように魔力粒子の渦が出来ている。腕にも同様の状態だ。

 ―重力干渉!? いやピンポイントの拘束魔法?

 周囲を見回すと、さっき絡んできた柔道部員がニヤニヤと見下した笑みを浮かべて浩明を見ている。

 失念した。目の前の剣道部員に意識を向けてて周囲に気を配れてなかった。

 拘束魔法は補助魔法に分類され、その名の通り対象の人物や動物の動きを止める時に使われる。拘束時間も、使われた魔力粒子の量による時限式と、魔力粒子供給中は拘束し続ける永続式に分けられる。

 拘束魔法のキャンセル方法は術者の魔力粒子よりも同量以上の魔力粒子で拘束魔法自体を相殺する強行策か、術者の魔力粒子切れによる術式解除が起こるのを待つ持久策がふたつがあげられる。前者の策は、一対多数の際に使用される方法で、短時間での解除が可能だが、術者が変換された魔力粒子の量を見誤ると、無駄に魔力粒子を使い、最悪魔力粒子切れをはやめる恐れがある。後者の策は身柄の拘束時に使われる。

「俺は教えろと言ってんだよ」

 最後通告、見下すようにして冷酷な声で言ってくる。

「心配すんな。お前如きで使える術式だ。俺達が有りがたく使ってやるよ」

「成程、諸先輩方も同じ意見ですか」

 周囲からは「ちょっと、あれはやり過ぎじゃないの」、「誰か止めろよ」という声がちらほらと聞こえてくる。

 答えないなら多少痛い目を、大型新人獲得の補償を得るためとは言え余りにも露骨な強硬策に多少の非難の声があがっている。

 それを見届けた浩明は、笑いだした。

「おい、何がおかしい!」

 怯えるどころか笑い出す。脅している筈なのに、全く正反対の反応に、剣道部員が憤慨した。

「貴方の恋人、それに魔術専攻科の名誉の為に断ったつもりでしたが、このような手を取ってまで私の術式を求めようとは、貴方には落胆しましたよ」

「おい、どういう意味だ!?」

 名誉の為に断る、その意味が分からず感情的に聞き返した。

「さて、魔術専攻科で私の評判はいかがなものでしょうか。食堂での一件はまぐれ、普通科にしか入れない落ちこぼれ。魔術専攻科のおこぼれ狙いの三流魔術師、そういった悪評ばかりなのでしょう」

 浩明の言葉に、周囲の学生は目を背ける事で答える。

 食堂での一件を端に、魔術専攻科での浩明の評判はかなり悪い。魔術師で有る事を隠しての不意討ち、それも自分は無傷での返り討ちは、卑怯と言われても仕方がない。正面から対峙すれば負けるから、そんなやり方をしたという認識をされている。故に、魔術師としての星野浩明の評判は最底辺の扱いを受けている。

 最も、それこそが浩明が望んだ評価であるが、それを知るのは凪だけだろう。

 思った通りの反応を確認してから、浩明は続ける。

「まぁ、否定はしません。未だに師匠から未熟者と窘められてますから」

 さて、と一拍置いてから切り出した。

「魔術師で有る事に誇りを持つエリート魔術師が、魔術専攻科に入れない落ちこぼれ魔術師の私の使う術式が分からない、だから教えろと脅かす。それが何を意味するか分かってますか?」

「何が言いたい?」

「落ちこぼれ魔術師の私が扱える魔法が扱えない、それどころか術式すら分からないから教えろと迫る。それはあなたが自分の彼女、そして、ここにいる全魔術師が落ちこぼれの私よりも劣る四流魔術師だと言ったんですよ」

「なっ!?」

「愛する彼女が為、私を拘束して脅して奪い取ろうとする。それがあなたの恋人が望む行為ですか?

あぁ、先程、貴方の意見に同意の声をあげたのが貴方の恋人だったのでしょうかねえ。そうまでして知りたいとは、貴方の恋人は他人の功績を奪う事で自らが地位を得ようとする。誠に研究熱心な方だ」

「貴様、早紀を愚弄する気か……」

「愚弄しているのは貴方自身ですよ」

 言いかけた言葉を浩明は切り捨てて続ける。

「愚弄していないと言うならこの行いは一体なんですか? あぁ、愛しの彼女に頼まれたのでしょうか。自分の知的好奇心を満たすために手を汚してくれとでも言われましたか?」

「違う!」

「違う? と言うなら、貴方の独断という訳ですか。そのような恥知らずをして、貴方は堂々と顔を顔を合わせる事が出来るのですか?」

「黙れ!」

「自分の愛する彼女の為なら躊躇無く手を汚してでもその欲望を叶える。これこそ見事な彼氏の姿。心底、軽蔑に値する行為、口から反吐を吐きそうですよ」

「お前えええぇぇぇ!」 

 ここまで言われては流石に我慢の限界だったようだ。

 浩明に勢いよく竹刀が振り下ろされた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] スパスパとよくキレる言葉で相手を切り刻むシーンはかなりスカッとする
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