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第拾壱話

「どうにかなりませんかねえ」

「無理だな」

 浩明の頼みを橘はにべもなく言い捨てた。しかし、そう返されるのを予想していた浩明は落胆する様子も無く続けた。

「迷惑してるんですがねえ」

「気持ちは分かるが、止めるように強制は出来ないよ」

 浩明が橘を頼った理由、それは食堂での騒動の翌日から始まった部活動の部員勧誘が原因だった。




 凪の予想は見事に的中した。

「あ~、星野君、魔法工学部に興味は有るかな?」

「いやいや、魔法研究会は君を歓迎するよ」

「うちの部なら君の可能性を最大に引き出せるよ」

 食堂での騒動の翌日から、魔術関係のクラブの顧問や上級生が浩明のもとに集まるようになった。

 食事中、放課後に始まったスカウト行脚に対して浩明はやんわりとだがきっぱりと断った。

「お誘いは嬉しいのですが、私のような落ちこぼれには分不相応に思えます。なにより魔術専攻科に在籍する事を誇りとする方々に対して、普通科に在籍する私が入部すれば不協和音の元ですよ」

 遜り、魔術専攻科に蔓延る選民意識を揶揄したうえで騒動を仄めかして断れば、それ以上、踏み込む事は出来ないだろうとの目論見だったが今回はものの見事に外れた。

 一旦は引き下がった数日後に、「考えてくれたか」と再び来られ、再び丁重に断ると、また数日後にと繰り返し続けば、誰でも辟易するもので、浩明は担任の橘に対応を求めに行ったのだが、にべもなく断られたわけだ。

 理由は単純、迷惑という理由だけで止める事は出来ない、仮にやれば贔屓と取られ、後々しこりを残すだろうといった配慮からだ。何より、浩明に人間関係を広める事をすすめてといった意味も有った。

「そんな無下に断るよりも、どこかのクラブに入ったらどうだ?」

 その提案を、浩明はにべもなく断った。

「あからさまな魔法術式狙いに応じるほど、私は馬鹿では有りませんよ」

「そんな極端な、期待されているとは思わないのか?」

 あくまで、勧誘側の立場で応じる橘に浩明は畳み掛ける。

「食堂での一件で、私が魔術専攻科の学生に良い印象を持っていないのは周知の筈です。断る人間の意思を無視してあけすけに勧誘する人間の意図など、術式狙いの人でなしだけですよ」

「お前なぁ……、そこまで言うか」

 辛辣な評価に橘は頭を抱えた。上級生相手になんて事をと言いたいが、確かに浩明の言い分にも一理ある。

 食堂で浩明の使った魔法、術式の解除魔法など魔術専攻科の学生どころか教師達にも相当、魅力的なものだったようだ。

 相手の魔法を相殺するのに、同等の魔法を起動させる方法はある。しかし、浩明の行った行為は叩き落とすと同時に術式を解除していた。他人の起動構築させた魔法に干渉できる解除魔法の理論は未だ研究の最中である。そんな術式解除魔法を平然とやってのけた浩明、否、その術式解除魔法は、その性格を差し引いても喉から手が出るほど存在だった。

「お前がどこの部にも入る気が無いのは良く分かった。私からは毅然とした態度で応じろとしか言えないな」

「毅然とした態度ですか……」

「まぁ、各クラブの顧問の教師達には伝えておくが、勧誘してくる生徒達には自分の意思をはっきりと伝えろ。やんわりと断るから期待を持たせるんだ。本当に嫌なら毅然とした態度で応じろ。そうすれば相手も分かってくれるだろ」

「そうですか、分かりました。今後は毅然とした態度で応じさせて頂きます」

 不敵な笑みと共に納得した表情で浩明は、橘に一礼してその場を後にした。

 数日後、橘の忠告通り、浩明は毅然とした態度で答えた。それも浩明流の方法でだ。

 事の発端は放課後、一人の女子生徒を庇った事から始まった。

 



 青海高校における各クラブの部員勧誘は、例年、校門から校舎までの通りで二週間行われている。新入生は、ここで上級生から話を聞き、興味の有るクラブの見学を行い、その後の仮入部期間を経て正式に入部となる。

 その為、中学時代、優秀な成績を納めた学生や、名家出身の魔術師という大型新人には勧誘目的の黒山の人集りが形成される。それも当の本人の意思を無視してなのだから始末が悪い。

 何より、この日は、一人の女子生徒を巡り、各クラブの部員達は激しい奪い合いを展開しており、周囲への迷惑を考えず、通路を塞ぎ自己中心的な行為が繰り広げられられていた。

 渦中の女子生徒は「やめてください」と何度も言っているのだが、収拾が付かず、遠巻きに眺めていた学生もどうすればよいのか、手が出せない事態。誰か止めろと目配せをしていた時だった。携帯端末を片手に、その集団の周りをゆっくりと一周してから、辺りに響く程の大きな声が響いた。

「これは珍しい。教育現場で一人の女子生徒を相手に集団で輪姦行為とは、道徳知らずの顔が揃うておりますなぁ」

 突然、自分達に向けられた罵倒の言葉に、彼等は争奪戦を中断して声のした方を向く。

 そこにいたのは、青海高校で今一番の話題をさらっている有名人、普通科の星野浩明だった。



 動きが止まったのを確認して、浩明は彼等へと足を踏み出した。歩く先にいた部員達は、浩明を避けるように周囲にそれていった。

 先日の食堂の件を思い出して、手を出すべきではないとの判断だったのだろう。

 人間というのは自分に向けられた罵詈雑言に対かしては地獄耳だ。一瞬にして出来た静寂がそれを物語っている。

 それまで、ドラフト強行指名の掴み合いをしていた人達は動きを止めて、声の主である浩明に視線を向けた。

 その視線を浴びながら、浩明は止まった集団の間を縫うように割って入っていく。

 人だかりのなかから、

「おい、あいつ普通科の星野だろ?」

「何しに来たんだよ?」

 件の女子生徒と同様に多くの部から勧誘を受けている人物の振るまいに注目が集まる。

 聞こえてくる声と好機の視線を無視して、人だかりの中心にいた指名相手の女子生徒の前で足を止める。

「行きますよ」

「え、あ、あの?」

 意図が分からない女子生徒は、どう声をかけていいのか分からずにいると、

「ここに居たいのでしたら構いませんよ」

 遠まわしに困っていたのだろうと問うと、意図を察した女子生徒は浩明の言葉に頷き、浩明はその腕を掴んでその場を離れようと歩き始めた。

「ちょっと待てや」

 しかし、すぐに呼び止められた。

 浩明の行動に対して、人だかりのなかのひとりが声をかけてきた。

「何勝手に連れていこうとしてんの?」

「部員勧誘の邪魔すんな!」

 第一声をきっかけに人だかりから、浩明に向けて非難を浴びせ始めた。

 しかし、その言葉こそ、浩明が待ち構えていた言葉だ。

「部員勧誘、あれを部員勧誘と言いますか?」

「!!」

 思わぬ切り返しに全員が黙り込んだ。

「なかなか珍しい見せ物でしたよ。嫌がる彼女の体を集団で撫でまわし、服を引っ張り、脱がしにかかろうとする。教育の現場でそんなモノが見れるとは思いませんでしたよ……あぁ、もっとも」

 浩明が言葉を区切って、後ろにいる女子生徒を視線を向けて、全員の意識を女子生徒へと向けさせた。

「実は、彼女が公衆の面前で辱めを受ける事に性的興奮する体質だと言うなら野暮な真似でしたか?」

 浩明の後ろに寄り添っている彼女の方を向いて目線で確認すると、顔を真っ赤にして全力で首を振って否定した。

「という事は……あぁ、ここにいる方々は、腐女子向け小説に出てくる片思いの女の子を権力を傘に束縛し監禁して苛め倒しておきながら、「自分は本当は弱い人間なんだ。君がいないと駄目なんだ」と弱いところを見せて騙し、正気を奪い籠絡する頭の腐った鬼畜という事ですか。それ、典型的なガスライテイング、犯罪ですよ」

「テメェ、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」

 それまで言われるがままだった人だかりの中の一人、柔道着を着ているのだから柔道部の部員が浩明の胸ぐらを掴んできた。誰も彼を止めないのは、全員が浩明に対して、彼と同じ思いを抱いてるに違いない。

「お気に障られたのでしたらご勘弁を」

 謝る言葉とは正反対に、浩明は動揺する事なく柔道部員の腕を掴んで力を込める。

「あだだだ!!」

 途端に柔道部員の顔が苦悶に歪み、思わず掴んでいた手が離れた。

「ならば私と彼女を納得させる説明をして頂けませんか?」

「説明?」

 今度は女子サッカー部員が声を上げた。……部員勧誘の為とはいえみんなユニフォームを着ているのは分かりやすいものだ。

「えぇ、嫌がる彼女の意志を無視して、輪姦紛いの行為をしてまで自分達の部に引き入れようとする目的を説明をしてもらえませんかねえ?」

「!!」

 途端に困惑の視線が浩明に注がれる。なかには「ウソでしょ?」という声まで聞こえてきた。どうやらかなりの有名人のようだ。

「お前……、彼女が誰か知らないのかよ?」

「新入生で面識のない人間の顔を知ってると……あぁ、なるほど」

 そこで彼女が、学内でも知る人ぞ知る有名人だと気付き、納得の声をあげる。

「つまり、部の広告塔に仕立て上げるつもりだったわけですか。確かに見た目は人を惹き付ける容姿をしてますからねえ。中身は分かりませんが」

 見定めるようにしてその女子生徒を見る。セミロングの髪型、幼さの残る風貌で、おどおどとしながらも事態を見守る姿は、保護欲を掻き立てる要素を過分にふくんでいる。最も、上級生達の引っ張り合いにされていたので、制服が乱れていた為、直ぐに目を逸らしたが。

「彼女を餌にして部員確保、なおかつ戦力として上手くいけば一石二鳥、いや、部費も引き出せれば一石三鳥、彼女の商品価値を最大限に利用した戦略ですねえ」

 どうやら図星だったようで、みんな口を噤んだままで浩明から視線をそらしている。

「ちょうどいい、せっかくですから彼女の意見を聞くべきでしょう」

 後ろにいた女子生徒にみんなの視線を向けさせた。

「あ、あの……」

 急に、話を振られた女子生徒は戸惑いの声を挙げる。

「さて、君はどのクラブに入るつもりだったのか、ここにいる全員に聞こえるように大きな声で言ってくれませんか」

「え、ええぇ!」

「はっきり宣言されたほうが貴女の為ですよ。それとも、入りたくもないクラブに無理矢理入れさせられた挙げ句、利用されるだけされたいなら話は別ですが?」

 おどおどしていた女子生徒だったが、浩明の言葉に周囲を一度見渡すと、

「ごめんなさい。私、魔法工学部に入るつもりなんです!」

 勧誘をしていた、上級生達に向かって上半身を90度に折り曲げて謝った。

「どうやら答えは出たようですね」

 「我が意を得たり」と肩を竦めて言った。

「これでこの一件は解決しました。それでは失礼します」

 浩明としては問題は解決したから帰ろう。そのつもりであったが、

「おい待て!」

 どうやら簡単に帰してはくれないようだ。


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